エピローグ(三十二)
「首謀者はおまえか? ルウファ」
セツナがルウファに尋ねたのは、ひとしきりエリナたちとの再会を喜び合った後のことだ。
エリナが師匠であるミリュウや姉のように慕うファリアを含む女性陣と喜びを分かち合う光景を傍らに、セツナはルウファ、エスク、そしてラグナの三人と一緒だった。
「首謀者だなんて、そんな人聞きの悪いこといわないでくださいよ」
「十分過ぎるほどの悪行だろうが」
庭に置かれた椅子に腰掛けたセツナは、ラグナの胸の重みを頭頂部に感じつつ、ルウファを軽く睨んでいた。
「もし万が一にでもこの光景が神々に知られでもしたらどうなると思ってんだ。エリナの人生、めちゃくちゃになるぞ」
「心配するのはエリナちゃんだけっすか」
「そーだそーだ」
どこか楽しげなエスクとルウファの反応は、わかりきったものではあった。セツナは、そんなふたりの反応を受けて、目を細める。
「おまえらは大人だろ。それくらいのこと、理解していないわけないよな」
「そりゃあ、まあ」
「ま、返す言葉もありませんわな」
ルウファとエスクが互いの顔を見つめ合い、肩を竦めたのは、ふたりがそれなりに責任感を覚えていることの証左だろう。
「エリナを子供扱いするのも、よくないことだと想うがのう」
「……ああ。それもそうだな。いまの発言は俺の認識不足だ。撤回する」
ラグナの意見には、セツナも素直に応じるほかなかった。
エリナは、外見のみならず、内面においても健やかに成長していることが、先程までの会話や触れ合いではっきりとわかった。
彼女は、もう子供などではない。
一人前の武装召喚師であり、みずからの足で立つ大人の女性なのだ。
その事実をにわかには認められないから、子供扱いしてしまっていたのかもしれない。
なにせ、エリナとは彼女が十一歳のときからの付き合いなのだ。セツナの頭の中では、いつまでも小さな妹のような存在だった。
「おや、めずらしい」
「そうか? 間違いは認められる男だぜ、俺は」
「つまり、魔王に成り果てたのは間違いではない、と」
「なんでそうなる」
エスクの冗談半分本気半分のひやかしにセツナは、なんともいいようのない顔になるのを認めた。
「……ま、そうだがな」
間違いは認め、是正する必要があればその通りにするが、魔王に変わり果てたことそのものは否定しないし、是正する必要もないことだと、セツナは信じていた。
必要があったからそうなった。
それだけのことであり、それ以上でもそれ以下でもない。
イルス・ヴァレが、この世界の住民たちが、セツナを魔王と定め、唯一にして最大最悪の敵対者というのであれば、それもいいだろう。
否定する必要性も、是正する意味もない。
傲岸不遜に魔王で在ろう。
そうすることが世界の安定に繋がるということも、知っている。
「一応、いっておきますけれども」
ルウファが釈明するように口を開いた。
「ん?」
「もちろん、完璧に安全が保証されているからこそ、エスクやエリナちゃんを誘ったんですからね」
「完璧な安全の保証……ねえ」
「ミドガルドさんですよ、ミドガルドさん」
そういうと、彼は、ウルクと話し込んでいるミドガルドを見遣った。親しげに、そして愛おしげにウルクを見つめていたミドガルドだったが、ルウファの視線を感じたのか、発言を聞いたからなのか、こちらに顔を向けた。
「そもそも、ですよ。ミドガルドさんが秘密裏に魔王陛下に拝謁願うという話を聞きましてね。それも終戦記念式典が催される日という、これ以上ないくらいに素晴らしい日に、ね。この機会を逃す手はない、と、ミドガルドさんに話を持ちかけたわけです」
すると、ミドガルドがこちらに歩み寄ってきた。軽快な足取りは、最新型の魔晶人形の性能を見せつけるかのようだ。
「まず……ルウファ殿ならば、と、わたしがここを尋ねる予定を話したのです。そうすると、ルウファ殿が皆様方と逢いたがっているひとたちがいるので一緒に連れて行って欲しい、といわれまして。それで、急遽計画を変更し、エリナ殿とエスク殿もお連れした次第なのですよ」
「俺は、そのついで、ですよ」
「いつでも来れるもんな」
「いつでも、じゃないですってば。休む暇もないくらい忙しい中に見出したわずかばかりの間隙を縫って、いつも様子を見に来てるんじゃないですか。そのために俺がどれだけ苦心しているか、わかりますか?」
「わからん」
「なんでですか! わかってくださいよ! 俺の苦労!」
「いや、別に苦労してまで会いに来なくてもいいんだぞ? おまえにだって大切な家族がいるんだし、普段の生活もある。なにより、おまえにはリョハンでの立場というものがあるんだからな」
もし、ルウファが度々ヴァーシュ島を尋ね、魔王たちと親しくしている、などという事実が露見すれば、その瞬間、彼はリョハンでの立場を失い、英雄の、聖皇使徒の座を追われることになるだろう。無論、ルウファ個人にしてみれば、聖皇使徒の称号などどうでもいいに違いなく、聖魔大戦の英雄としての栄光もいらないと考えているのかもしれないが、しかし、彼には愛する妻がいる。
彼の妻エミルは、イルス・ヴァレの全住民同様、ミエンディアによる認識改竄の影響下にある。つまり、セツナを史上最悪の裏切り者と認識し、聖皇ミエンディアこそがこの世界を救うべく立ち上がった勇者であると記憶しているのだ。そして、ルウファが聖皇使徒であることを誇らしく想っているだろう。
なにせ、あの魔王セツナを討滅するべく、ミエンディアとともに戦った英雄のひとりなのだから。
そんなルウファが魔王と繋がっていることが発覚すれば、エミルの心はどれほど深く傷つくのか、想像すらできない。
先程も言及したように、それはエリナもエスクも同じなのだ。
魔王一派と親交を持つなど、この世界を生きるものにとってあってはならないことだ。
「ですから、ミドガルドさんの新型魔晶船ザニフキーラなわけですよ」
と、ルウファは、まるで自分の手柄のように説明を始めた。
「見えざる方舟の名の通り、ザニフキーラは、神の目をも誤魔化すことのできるまさに驚天動地の発明なわけです。こうして自由にヴァーシュ島を訪れることができるのも、ザニフキーラがこの島を巡る絶対監視網を潜り抜けられるからこそ。そして、俺たちがこうして皆さんと話し合っていられるのも、ザニフキーラの恩恵なのですね」
「なるほど?」
熱弁を振るうルウファには悪かったが、セツナには要領を得なかった。
「本来は船を包むための景光幕を頭上に投射することで、この屋敷の敷地そのものを絶対監視網から隠しているのですよ。もちろん、隠しているということがわからないように細工もしていますがね」
などと、ミドガルドは、極めて困難と思われること平然と容易いことのように語って見せた。
そして、彼の端的な説明によって色々と理解できたのだった。