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エピローグ(二十九)

「えーと……どこのどちらさん?」

「そうよ、どこのだれよ? 名乗りなさいよ」

 セツナとミリュウが立て続けに疑問を呈すると、さすがの相手も多少困惑したようだった。彼にしてみれば、久々に対面して早々そのような疑問をぶつけられるとは思ってもみなかったに違いない。

 しかし、セツナたちの言い分も通らない話ではないのだ。

 なぜならば、聞き知った声を発したその人物は、セツナたちのだれひとりとして見たことも会ったこともない男性であり、声の主であるはずのミドガルド=ウェハラムの姿からは完全にかけ離れていたからだ。

 ミドガルドは、人間ではない。

 魔晶人形の躯体にその記憶と人格を転写することで、ある意味、人間を超えた存在となった。

 彼がその際に用いた躯体とはまったく異なる躯体が、いままさに目の前に立っているのだ。

 いくらミドガルドと同じ声をしているからといって、完璧に異なる姿形のそれを瞬時にミドガルドとして認識し、受け入れることは、簡単なことではない。

 とはいえ、だ。

「ミドガルドですが」

 と、冷静に告げてきたのは、いつの間にか男の隣に立っていたウルクだ。

 わかりきったことに対し、なにを疑問を持つ必要があるのか、といいたげな表情は、彼女にとっての父親ともいうべき存在を蔑ろにされたくないという気持ちの表れでもあるのかもしれない。

「いや、まあ、それはわかってたんだが……一応、なあ?」

「そうよ、念のために聞いてあげたんでしょ、感謝なさいよ」

「なんであなたはそう上から目線なのよ……」

 ウルクに突っ込まれても態度を改めないセツナとミリュウの様子に、ファリアがなんともいえない顔をした。

「相変わらずのようで……なによりです」

 一方、ミドガルドが苦笑とともにセツナたちの無事を喜んでくれたようだった。

 

「お久しぶりですね、ミドガルドさん」

 セツナが改めて挨拶をすると、ミドガルドも応じてくれた。

「ええ。本当に……久しぶりです。セツナ殿も、ウルクも、皆様も……御無事でなにより」

 ミドガルド=ウェハラムという天才技術者の名は、いまやイルス・ヴァレ全土に響き渡るほどに有名であり、高名だ。

 神聖ディール王国が誇る魔晶技術の申し子にして、聖皇使徒。聖王国が世界最大規模の軍事大国としていまもなお君臨し続けている理由であり、聖王国の発言力、影響力の源でもある。

 聖魔大戦における彼の功績は計り知れないだろう。彼なくしては、聖魔大戦の勝利はなかったのではないか。故に、彼が聖皇使徒のひとりに選ばれたことは、セツナたちにとっても納得のいくところだ。

 そんな彼が、偽りの名ではなく、ミドガルド=ウェハラムとして返り咲いたいまもなお、その活躍はめざましいものだという。

 平和な世の中だ。

 血なまぐさい魔晶兵器の開発よりも一般市民の生活に役立つ魔晶機械の開発を重点的に行っており、その恩恵をもっとも受けているのがセツナたちだった。

 ミドガルドから送り届けられた魔晶機械の数々が、セツナたちの自給自足の生活を潤わせ、補って余り在る力を発揮しているのだ。

 もっとも、ミドガルドがそういった魔晶機械をセツナたちに送りつけるのは、ただの彼の優しさなどではない。ミドガルドが優しさを発揮するとすればウルクに対してのみであろうし、そんなウルクはどのような過酷な環境であろうと即座に順応し、適応することができるのだ。

 つまり、そんな彼が開発したばかりの魔晶機械を送りつけてくる理由とは、セツナたちを使って魔晶機械の実験をするため、だろう。

 もちろん、開発に当たって安全性を考慮していないわけもないのだが、先程の魔晶焜炉のこともある。なにかしら不具合や問題がないかの確認を、セツナたちの日常生活を通して行っているのだとしても、なんの疑問もなかった。

 そして、そんな彼は、日夜、魔晶機械の研究と開発に忙殺されている。

 ミドガルドが懐かしげに、そして感慨深げにセツナの手を取ったのも、こうして直接対面するのが実に三年ぶりになるからだ。

 大戦終結から今日に至るまで、セツナは、ミドガルドと会ったことがなかった。

 会えるわけもない。

 セツナは、この世界の敵であり、ミドガルドにとっても憎むべき存在だったのだから。

 ウルクの存在がなければ、ミドガルドはいまもなお、セツナを敵と認識し、斃すべき手段としての魔晶兵器開発に勤しんでいたのかもしれない。そうなっていれば、セツナたちにとっても脅威にほかならなかっただろうし、そういう意味でも、彼が数少ない理解者になってくれたことは、心の底から喜ぶべきことだ。

 なにせ、大神エベルの封印装置すら作り上げることができたのが、彼なのだ。

 神々の叡智を集め、魔王封印装置を完成させたとしても、不思議ではない。

 だが、そうはならなかった。

 いまでは、彼は数少ないセツナたちの理解者であり、応援者なのだ。これほど心強く、頼もしい存在もないだろう。

「そういうおぬしは変わり果てたようじゃな」

 ミドガルドの姿を見つめながら、ラグナがいった。

 外見的には、セツナたちの知っているミドガルドとはかけ離れている。

 優しげな風貌の若い男、というのが、いまの彼の躯体だった。無論、人間ではない。魔晶人形の躯体だ。戦闘能力の有無は不明だが、少なくとも、常人よりは遙かに強靭だということを疑う理屈はない。

 しかしながら、一見して魔晶人形とは思えないほど、人間にそっくりだった。機械じみた部分がほとんどなく、知らなければ人間と認識してしまうのではないだろうか。

 いずれ、魔晶人形が一般化し、魔晶人形が人間社会に溶け込む日も、そう遠くないのかもしれない。

「ああ、これですか。これは端末機ですよ。わたしの本体は、いまも聖王国にいますから」

「端末機?」

「はい。本体が遠隔操作することのできる、複数体の魔晶人形といいましょうか……まあ、そのようなものです。さすがにこの場に本体としてのわたしが現れるわけにはいきませんのでね」

「……そりゃあそうよね。なんたって、ここは魔王の島だもの」

「そしてわたくしたちは魔王様の寵姫」

「嬉しそうにいうなよ」

「嬉しゅうございましてよ」

「……そりゃあ、よかった」

 満面の笑みを浮かべるレムに対し、セツナはなにもいえなかった。

「嘆かわしいことですが、致し方がありません。イルス・ヴァレに存在するすべてのものの記憶を改変するなど、いくら魔晶技術を以てしても不可能ですからな」

 ミドガルドが真実を知り、認識を改めることができたのは、彼が人間の身を捨て、魔晶人形へと成り果てていたからだ。彼が人間のまま生きていたのだとすれば、どれだけ愛娘たるウルクから説得されたとしても、聞き入れなかったに違いない。

 ならば、全人類を魔晶人形にすれば、認識を改めさせることができるのか。

 それはできるのだろうが、そんなことをしていい道理がない。

 それは、全人類の抹殺となにひとつ変わらないのだ。

 ミドガルドは、魔晶人形に記憶と人格を転写し、心の形成にまで至ったものの、だからといって人間としてのミドガルドが死んだ事実に違いはないのだから。

 それにだ。

 仮に全人類を魔晶人形に作り変えたところで、それで問題が解決したということにはならないのだ。

 それこそ、魔王すら忌避するような邪悪なる所業というほかあるまい。

 セツナは、魔王であり、魔王らしく振る舞うことになんら躊躇もないが、かといって、そのためにだれかに犠牲を強いるような真似はしたくはなかった。

 犠牲に次ぐ犠牲の連鎖。

 もう、懲り懲りなのだ。

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