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エピローグ(二十四)

 そして、第十三使徒・神理の護持者クオン=カミヤ。

 獅子神皇の使徒として、最強の敵としてセツナの前に立ちはだかるも、その真意によって立場を翻し、獅子神皇の敵となり、そして聖皇ミエンディアの討滅に全力を尽くした彼もまた、聖皇使徒に認定されてしまった。

 聖皇打倒のために尽くした手練手管のすべてが、皮肉なことに、ミエンディア復活のためのものとなり、彼の人生そのものがまるで聖皇のためにあったかのように謳われ、讃えられている。

 そもそもの話、ミエンディアの認識改竄によって、最終戦争から“大破壊”、聖魔大戦に至るまでのクオンの立場、役割そのものの認識が大きく変わってしまったのだ。

 いわく、クオンは、魔王セツナの到来を予見したアズマリアによって用意された対抗手段たる神理の鏡の護持者なのだという。

 そして、クオンは、使命に生き、使命に死んだ。

 世界を救うための尊い犠牲となったのだ。

 聖皇ミエンディアの完全なる復活のための依り代となり、魔王セツナの野望を打ち砕いた――と、されている。

 ミエンディアによる認識改変は、セツナだけでなく、セツナに纏わる様々な事象にまで広く及んでいるということだ。

『なんていうか、なにもかもでたらめよね』

『本当、どうかしてるわよ』

『などと、わしらにいえるはずもないのじゃがな』

 ラグナがめずらしく苦笑すると、ファリアもミリュウも憮然とするほかなかったことを覚えている。

 ミエンディアによる認識改竄によってセツナの敵となり、激しい憎悪をぶつけてきたのは、ファリアたちも同じなのだ。

 認識が戻らなければ、いまもなお、セツナへの敵意を持ち続けていただろうし、一生涯、認識を改めることなどなかったに違いない。

 ミドガルドのような例外を除いて、あの戦いの真実を知り、認識を正すものなど現れるものだろうか。

 竜王ラムレシアでさえ、神々でさえ、改変された認識、改竄された記憶の真相に辿りつけていないのだ。ましてや、ただの人間にそれを求めるのは酷というものだったし、皇魔や竜にしたって同じことだ。ミエンディアの極めて強大な力の前では、なにものも無力だったということだ。

 故に、セツナも、そのことでファリアたちにいうことはなかった。

 仕方のないことなのだ。

 抵抗もできなければ、自力で撥ね除けることもできない。

 絶対的な改変。

 かつて世界の形すらも変えたミエンディアにしてみれば、全人類、いや、イルス・ヴァレの全住民の認識を改竄することも、決して難しいことではなかったのだろうが。

 そんな改竄の影響によって、聖者と化し、聖皇使徒の一員に加えられてしまったクオンのことを想うと、少しばかり心苦しいのも事実だ。

 クオンは、決して聖皇のために戦い、聖皇のために死んだわけではない。

(自分以外のだれかのため……か)

 いつだって利他的で、自分のことなど考えてもいない、自己犠牲の精神がひとの形を為したかのような彼らしい在り様であり、生き様だったのではないか。

 そう想うほかない。

 変わり果てた世界で、クオンの真実を覚えているものなどセツナたちを除いてほかにはいないが、彼にとっては、そんなことなどどうだっていいのだろう。

 世界が無事でさえあれば、それでいいのだ。

 ミエンディアの野望を打ち砕くことができた。

 アズマリアの悲願を果たし、彼女をその呪われた運命から解き放つことができた。

 セツナを生きて還すことができた――。

 いかにも彼らしい、彼にしかできないやり方で。

 

 木陰で新聞を読みふけるシーラの横顔に視線を移せば、彼女がこちらを見つめ返してきた。

 戦場を離れること三年。彼女の表情も随分と柔らかくなった。

 戦場に生きて、戦場に死ぬ――そんな生き方を心に決めていたのだろう彼女にとって、こんな平穏極まりない日々ほど退屈なものもないのかもしれないが、それでも、二年も経てば順応もするようだった。いまでは、有り余る体力を農作業に費やし、いかに美味しい野菜を育てることができるか、ほかの皆と勝負するほど、この生活に慣れていた。

「そういえば、ファリアとエリルがどこにいるか知らないか?」

「あのふたりなら塚に行くっていってたな」

「塚か」

「少々遠いのう」

「だからさ」

「ん?」

「迎えに行ってやれよ」

「……ああ、そうだな」

 うなずいて、セツナは、頭の上の小飛竜を片手で掴み取った。手のひらに収まるくらいの大きさの飛竜は、その翡翠のように美しくも丸みを帯びた体を大きく伸ばし、細長い首をこちらに向けてきた。

「なんじゃ」

「頼んだ」

「……まったく、竜使いの荒い主じゃのう」

「なにせ、百万世界の魔王だからな。俺たちのセツナ様はさ」

「そうじゃの」

 シーラが笑いながらいうと、ラグナも笑い飛ばすほかないといった反応を見せた。

 そして、セツナの手から離れると、すぐさま変態して見せた。

 小飛竜から、大飛竜へ。

 セツナの肉体の数倍はあろうかという体積を誇るそれは、飛竜の名に恥じない猛々しさと威圧感を備え、その上で美しさと華々しさを備えていた。陽光を受け、翡翠色に輝く鱗は、まるで生きている宝石のようだ。

「さっさと乗るがよいぞ、我が暴君よ」

「ああ、よろしく頼むぜ、我が竜王よ」

 こちらに背を向け、体を屈めたラグナに対し、セツナは感謝とともにその背に飛び乗った。


 塚は、ヴァーシュ島の北部沿岸部にある。

 セツナたちがヴァーシュ島に移り住むに当たって真っ先に作ったのが、塚だ。

 塚。

 そう、セツナたちは呼んでいる。

 ほかに言い表す言葉がないわけではないが、それだとあまりにも直接的すぎる気がして、どうしてもこのような呼び方になってしまうのだ。

 丘の上にあるセツナたちの住居から少しばかり離れた場所にあるそれは、いわば慰霊碑だ。

 先の戦いで命を落としたものたち、そのすべての魂を慰め、鎮めるためのものであり、また、あの日の出来事を忘れないためのものでもあった。

 あの日、百万世界の命運を懸けた戦いが行われたこと。その際に数多くの命が失われたこと。アズマリアの、クオンの、そしてミエンディアの覚悟――様々な想いが交錯し、激突し、散っていったこと。失われたものはあまりにも多く、それらを取り戻すことは決して叶わない。

 それでも、生きていかなければならない。

 死んでいったものたちのために――などというのは、生き残ったものたちが自分たちを欺くために用いる方便に過ぎない。

 しかし、それでも。

 そんな想いを乗せて、大飛竜ラグナは空を駆ける。

 晴れ渡る青空の下、遙か水平の彼方まで見渡せるほどの高さを悠然と軽やかに飛んでいく。

 歩いて行けばそれなりの距離も、ラグナの背に乗れば、ひとっ飛びだ。

 あっという間に塚が見えてきた。

 ヴァーシュ島北部沿岸部の小高い丘の上に打ち立てられた塚の前には、シーラの言ったとおり、ファリアとエリルアルムがいて、ふたりして祈りを捧げているようだった。


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