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エピローグ(二十)

 アズマリア以下の使徒たちにもまた、仰々しい二つ名がつけられ、世界中に大々的に喧伝されている。

 第二使徒・翼の主ルウファ=バルガザール。

 第三使徒・剣神エスク=ソーマ。

 第四使徒・四葉の乙女エリナ=カローヌ。

 以上三名は、セツナたちとともに戦った突入組の面々であり、イルス・ヴァレの社会に残ったものたちだ。

 彼らは、セツナの帰還にこそ携わり、それぞれ必要な役割を果たしたのだが、イルス・ヴァレへの帰還後は速やかに本来在るべき場所へと帰っていったのだ。

 ルウファはリョハンへ。リョハンで待つ愛妻エミルの元に帰った。

 彼は、セツナたちとの――特にセツナとの別れを惜しみ、何度もセツナの元に留まろうとした。なんなら、エミルを説得し、ヴァーシュ島に移り住むつもりでさえいたのだが、セツナが最後の隊長命令としてリョハンに帰り、普通の生活に戻ることを指示したことにより、彼も諦めざるを得なくなった。

『こういうときだけ隊長ぶるんですから、困ったひとですね』

 そういって寂しそうに笑ったルウファの表情は、一生涯忘れることはないだろう。

 しかし、後悔はしていない。

 ルウファにはルウファの人生があり、彼には彼の護るべき家族がいて、妻がいるのだ。

 セツナとともにいるということは、世界を敵に回すということであり、彼の妻に多大な負担をかけるということでもある。エミルは、ほかのひとたちと同じように、セツナの認識を反転させられたままなのだ。そんな状態の彼女をヴァーシュ島に連れてくることなど以ての外だ。

 一部の例外を除き、改竄された認識を元に戻すことはできない。

 よって、エミルがセツナたちと一緒に暮らすことなど、到底ありえない話なのだ。

 ルウファは説得してみせると息巻いたが、その結果、彼と彼女の仲が悪くなるのは目に見えている。最悪、ふたりの別離もあり得る話であり、それもあって、セツナは彼にリョハンに戻るよう説得し、それでも駄目なら最後の隊長命令ということで、彼に指示したのだ。

 そうして彼が極秘裏に帰還したリョハンは、ファリアの存在によって大荒れに荒れたらしい。

 それはそうだろう。

 ファリアは戦女神というリョハンの支柱だった人物だ。

 そんな人物が己の我が儘のために戦女神の座を返上しただけでなく、魔王の元へ行くとなれば、荒れるのは必定だった。

 ファリアにも、ファリアの人生があり、家族がいて、護るべきもの、愛するものがいる。そんな彼女をセツナが受け入れたのは、結局、それが彼女にとっての最高の幸福だったからであり、そういう風にしてしまった責任を取らなければならないと想ったからだ。

 責任。

 それこそ、ファリアたちと交わした約束なのだ。

 その結果、リョハンの政情が不安定となり、ひとびとに不信感や不安を抱かせた事実は、ファリア自身が重く受け止めているし、できることならばなにかしてあげたいとも想っていることだろう。だが、もはや魔王の一味となり、魔王の寵姫とさえ呼ばれるようになった彼女には、なにもできることはない。

 できることがあるとすれば、それは、リョハンが一刻も早く立ち直り、安定し続けることを祈ることくらいだ。

 さて、リョハンに戻ったルウファは、速やかに六大天侍に復帰したという。

 聖魔大戦における最大の功労者・聖皇使徒のひとりである彼は、リョハンにおいて英雄的扱いを受けているらしい。

『それはもうモテモテのうはうはですよ。ただ歩いているだけで黄色い声がそこかしこから、ですね――』

 などという妻帯者の戯言は、必ずしも嘘ではあるまい。

 世界は、英雄を求めている。

 大戦が終結し、各地の復興が一段落した現在でも、英雄の存在によって心を安定させようとするものは少なくないのだという。

 最終戦争、“大破壊”、そして、聖魔大戦。

 イルス・ヴァレを巡る状況の激変は、あまりにも連鎖しすぎた。

 この世界の住民たちが心身ともに疲れ果てているのは、火を見るより明らかだ。

 聖魔大戦が聖皇の勝利によって終結したことでようやく安堵し、輝かしい未来に向かって前進できると思った矢先、魔王の再臨という最悪の事態が訪れてしまった。

 これでは、ひとびとの心が安まる暇がない。

 近くに英雄がいるということは、それだけで安心できるのだろう。

 ルウファが人気なのも頷けるという話だ。

 しかも、リョハンには、もうひとりともう一柱の英雄がいる。

 エリナとマリク神だ。

 エリナも、リョハンに帰った。

 彼女も本音をいえばセツナたちと一緒にいたかったのだろうが、彼女には、母ミレーヌがいる。“大破壊”以降、必ずしも精神的に安定しているとはいえないミレーヌの側を離れ続けることなどできるわけがなかった。ただでさえ、セツナたちとともに世界中を転戦する日々を送っていたのだ。大戦が終わり、平穏な日常が戻ってきたというのであれば、家に戻り、母の側にいてあげたいと想うのは、ある意味当然のことかもしれなかったし、母想いのエリナらしい結論だった。

 ただし、彼女は、こうもいった。

『母さんが元気になって……わたしが大人になって、独り立ちできるようになったら、そのときは、よろしくね。お兄ちゃん』

 エリナは、いつか必ずヴァーシュ島に移住し、セツナたちと一緒に暮らすのだと宣言した。

 リョハンに戻った彼女の近況については、時折島に忍び込んでくるルウファが直接報せてくれたり、彼女から預かった手紙によって知ることができた。それによれば、大戦後の平穏がミレーヌの精神状態に良い方向に働いており、このところ、ずっと明るい表情を見せているという。

 そう報せるエリナの筆は、まさに踊るようだった。

 彼女自身、母が明るさを取り戻してくれたことは心底嬉しいのだろう。

 エスクも、ルウファやエリナ同様、セツナたちと一緒にいることを望んでいた。しかし、彼には、支えるべき女性がいて、彼女が認識改竄の影響下にある以上、セツナたちの元にはいられないのだ。

 そこは、ルウファやエリナと同じ理由だ。

 “大破壊”後の人生を支えてくれたネミアへの恩義、そして愛情のために、エスクはセツナたちの元を離れた。

『セツナ様。俺がネミアの元にいったからって主従の関係を断ち切ったりしないでしょうね?』

 エスクがはにかみながら冗談めかしていったのは、彼がセツナたちの側を離れる決断をしたときのことだ。

『俺は、あなたにもう一度命を吹き込んで貰った。あなたと出遭い、あなたと戦い、あなたに敗れ、あなたに引き上げられた。あなたがなんといおうと、この命も魂も、あなたのものだ。いざとなれば、どんな状況であろうと馳せ参じますから』

 そう宣言して見せたエスクの笑顔は、死に場所を求めていた過去の亡霊のそれではなく、いまを生きる戦士のものだった。


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