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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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エピローグ(十七)

 ヴァーシュ島。

 “大破壊”によって分かたれたワーグラーン大陸の一部であり、かつてのヴァシュタリア共同体領の一部だ。

 大陸が引き裂かれ、天変地異と地殻変動によって世界の形が変わったことで、大海原がばらばらになった陸地の間を横たわり、陸地という陸地、大地という大地が分断された。

 その際に生まれたのが、このヴァーシュ島だ。

 かつて、イルス・ヴァレのたったひとつの大地であり、イルス・ヴァレという世界の天地そのものだったワーグラーン大陸。その北部を領有していたヴァシュタリア共同体が統治していた地域であり、“大破壊”後にもそれなりの数の住民がいたようだ。それらの多くはヴァシュタリア共同体に所属していたに違いなく、島の各地には、ヴァシュタラ教会の関連施設と想われる建築物が見受けられた。

 しかし、いまや住民はだれひとりとして残っていない。

 それはなぜか。

 簡単な話だ。

 東ヴァシュタリア大陸の最大勢力であり、人、魔、竜にとっての理想郷といっても過言ではない“竜の庭”が、ヴァーシュ島に取り残されたひとびとを救済したからだ。

 “大破壊”後も住民の多かった中央と東西のヴァシュタリア大陸はともかく、大海原に囲まれ、孤島と化したヴァーシュ島は、“大破壊”直後などは地獄のような有り様だったのだろう。“大破壊”の影響は、なにも天変地異や地殻変動だけではない。天地に満ちた神威がひとびとを、獣たちを、神の化け物へと生まれ変わらせ、破壊と殺戮を撒き散らしたのだ。

 神の獣が暴れ回り、神の人が狂って踊る――まさに終末の風景とでもいうべき光景が世界中で見られたという。

 そんな有り様にあって、慈悲深く、愛に満ちた銀衣の霊帝が動かないわけがなかったのだ。

 かくして、ヴァーシュ島の住民は、人間も皇魔も動物たちも関係なく、“竜の庭”へと移送されたようだ。

 セツナたちがヴァーシュ島に降り立ったときには、人っ子ひとりどころか獣一匹見当たらなかった。残されたのは、結晶化によって死滅しゆく森と大地、廃墟と化した街や村だけだったのだ。

 もっとも、だからこそ、セツナたちが住処としてヴァーシュ島を選んだのだが。

 世界は、変わった。

 帰還したときには、変わり果てていた。

 なにせ、一年が経過していたのだ。

 異空の狭間にせよ、異空の果てにせよ、イルス・ヴァレなどの現世とは時間の進み方が大きく異なるのだろう。

 だから、セツナの実感と、セツナを迎えに来たファリアたちの実感には、極めて大きな乖離があるのだ。

 ファリアたちは、一年もの時間をかけて、セツナの居場所を突き止め、セツナの元へ辿り着くための手段を模索した。考えに考え抜き、力を合わせ、様々な方法を試し、あらゆる手段を用いた。それこそ、血反吐を吐くような努力と研鑽の積み重ねであり、セツナの元へ辿り着くためだけに彼女たちがどれだけの時間を費やし、どれだけの労力を重ねたのか、セツナには想像もつかなかった。

 果たして、彼女たちの目的は果たされた。

 ファリア、ルウファ、ミリュウ、レム、シーラ、ラグナ、エスク、ウルク、エリナ、エリルアルム。

 そして、トワ。

 屋敷の玄関から外に出ながら脳裏を過ぎるのは、トワのことだ。

 母の祈りと願いによって顕現した幼き女神は、みずからの役割を果たしたのだ、と、帰還後、ファリアたちは涙ながらにセツナに語った。

(役割……か)

 役割。

 生まれながらに課せられた使命とでもいうべきものか。

 もし本当にそんなものがあったとして、自分の役割とはなんなのか。既に果たし終えることができたのか、それとも、これから先もまだまだ待ち受けているのか。

 ただひとつ確かなことがあるとすれば、たとえそれが彼女の役割であり、生まれた意味だったのだとしても、トワにもいまのこの世界を見せて上げたかったということだ。

 絶望的な戦火の中で生まれ、戦うことしか知らなかった彼女にこそ、この平穏と安息に包まれた日々を謳歌して欲しかった。

 言葉を交わした回数も、心を通わせ合った回数も、数えるほどしかない。

 それでも、妹だった。

 母の祈りによって生まれた妹だったのだ。

「あ、そうだわ」

 突如、ミリュウが足を止めたため、彼女の動きに引っ張られるようにしてセツナも歩くのを止めた。

「なんだよ、急に」

「そうじゃそうじゃ。急に立ち止まる出ないぞ」

「あたし、煤だらけだったのよ」

 驚愕の事実を告げるようにいってきたミリュウは、セツナの腕から体を離すと、素早く踵を返した。

「体洗って着替えてくる!」

「あー……」

 そそくさと屋敷内に戻り、廊下を駆けていくミリュウの後ろ姿を見遣りながら、セツナは、言葉をかける機会を逃してしまった。

「って、俺がどこにいくのかわかってんのかよ」

「そういえば、どこにいくつもりなんじゃ?」

「散歩。適当にな」

「じゃったら、教えようがないではないか」

「それもそうか……そうだな」

 呆れ果てたようなラグナの意見にうなずき、進路に向き直る。そして、一歩、踏み出そうとしたところで、セツナはやはり足を止めた。

「しかしだな」

「なんじゃ? どうしたのじゃ」

「散歩をしようってのに、この状態じゃあ歩きづらくて仕方がないんだが」

「ならばわしを負ぶえばよかろう」

 さも当然のように背中にのし掛かろうとしてくるラグナに対し、セツナは憮然とするほかない。

「やだよ」

「なんでじゃ」

「なんで俺がおまえを負ぶわなきゃいけないんだよ」

「たまには下僕を丁重に扱っても罰は当たらんぞ」

「そりゃあそうだろうが、それはまた別の話だろうが」

「やれやれ……仕方がないのう。我が主たる魔王様の横暴には、困ったものじゃ」

 などと冗談めかしていいながら、ラグナは、美しい人間の女から手乗り文鳥の如き小飛竜へとその姿を変えた。そしてセツナの頭の上の定位置に降り立つと、小さく息を吐いた。

「これでよいのじゃな?」

「ああ、これでいいよ。これがいい」

「なんじゃ。おぬしとて心底喜んでおったくせに」

「だれが心底喜んでたんだよ」

「おぬしじゃというておるじゃろうが」

「そんなには喜んでねえっての。もう慣れたよ」

 いつもと変わらぬラグナとのやり取りをしながら、玄関前を出発する。

 冬の空の下、風は穏やかで、温かい。まるで世界が神々によって祝福されているようだが、決してその祝福の中にはセツナたちは含まれまい。魔王とその一派が、どういう理屈で神々から祝福されるというのか。呪われることはあっても、祝福されることなどありえないのだ。

 とはいえ、この透き通るような晴天と、雲ひとつない青空は、神々が今日という一日を全力で祝っていることの現れなのは間違いない。

 今日は、終戦記念日であり、とある場所で式典が執り行われているという日だ。

 そんな日に雨を降らせたり、空を曇らせるわけにはいかない、と、神々が発奮していることは疑う余地もない。

 世界中の気候が、神々の大いなる力によってねじ曲げられ、溢れかえるほどの幸福感と充足感でイルス・ヴァレの天地を包み込んでいる。

 今日は、終戦記念日。

 セツナがミエンディアを斃してから、三年が経った。

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