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エピローグ(十四)

 魔晶技術の発達は、戦闘兵器である魔晶兵器・魔晶人形の発展のみならず、日常生活にも多大な影響をもたらしていた。

 神聖ディール王国魔晶技術研究所長ミドガルド=ウェハラム主導による魔晶技術のさらなる研究が生み出した様々な魔晶機械は、いまやこの世界になくてはならないものになりつつある。

 とはいえ、その恩恵に預かることができるのは、聖王国の人間か、聖王国と良好な関係を持つ極一部の国の限られた人間だけだろう。

 魔晶技術は、門外不出の技術であり、並外れた知識や経験、技術力がなければろくに整備や修理も行えない以上、世界中のだれもが容易く扱えるようにするわけにはいかないからだ。たとえば一般家庭に普及したとして、万が一にも故障した場合はどうなるのか。いちいち魔晶技術研究所の技術者が出向き、点検し、修理しなければならないというのであれば、あまりにも手間がかかり、割に合わない。

 故に、聖王国は、魔晶機械を独占し、徹底的に管理しているのだ。

 もっとも、聖王国としては、魔晶機械による膨大な権益を見逃してはいないだろうし、ミドガルド率いる研究所になにかしらの手を打つようにと命じているかもしれない。

 さて、そんな魔晶技術の一端にして最たるものが、いま、セツナの目の前にある物体だ。

 通称・魔晶焜炉。

 大型のガス焜炉のようなそれは、魔晶技術を駆使した加熱器具であり、火を使った調理にかかる時間をとてつもなく短縮する、世紀の発明品といっていい。焜炉の中に嵌め込まれた魔晶石が発する波光を熱に変換し、その温度を調整することで、焼き加減さえも自由自在だという。

 ミドガルド=ウェハラム自慢のそれは、日夜台所に立つだれもが欲しがるものであるだろうし、いずれ、世界中の一般家庭に普及する可能性が感じられた。

 地球の一般家庭に普及したガス焜炉や電気焜炉のように。

「まさか、故障したのか……?」

「そうよ、きっとそうなのよ!」

 でなければ納得がいかない、とでもいいたげなミリュウの声と表情にはうなずかざるを得ない。ミリュウが台所に立ったことさえない調理の素人ならばまだしも、玄人といっても過言ではない腕前を持ち、この一年半で焜炉の扱いにも慣れきったはずの彼女が、鍋の中の具材を焼き尽くすような真似をするわけがなかった。

 ということは、魔晶焜炉の故障か、なにかしらの不具合が起こったとしか考えられない。

 ラグナが鍋と焜炉、そしてミリュウを見比べながら、口を開く。

「おぬしが使い過ぎたのではないのか?」

「あたしだけじゃないでしょ、台所に立つの。あんたは食べて寝るだけの簡単なお仕事だけど」

「うむ」

「なんで偉そうなのよ……」

 ミリュウの皮肉めいた発言にも当然のような反応を見せるラグナに対し、彼女が呆れてものもいえないといったような表情を見せたつぎの瞬間だった。

「ああー!?」

 ミリュウがこちらを指差して、大声を上げた。

「なんだよ、急に」

「そうじゃ、うるさくてかなわんぞ」

「なんでまたあんた、そんな格好でセツナにべったりくっついてんのよ!」

 いうが早いか、ミリュウは、セツナからラグナの体を引き剥がそうとした。

「こうしておかねばならぬ事情は何度も何度も説明したじゃろうに」

「それは聞いたわよ! 納得もしたわ! でも、セツナにくっつくときは人間態と竜人態以外にしろっていったわよね!?」

「じゃが、セツナはこのほうが嬉しそうじゃぞ?」

 ラグナは、ミリュウの非難を涼しい顔でかわしながら、これ見よがしとセツナに体を擦りつけるようにした。竜の姿のときとは比べものにならないほど柔らかさと弾力が、背中から伝わってくる。

「そうなの!? セツナ!?」

「え、いや……それは……その……」

 図星だったというわけではないが、しどろもどろな返答になってしまうと、ミリュウがきっと睨み付けてきた。涙目にさえなっているように見える。

「なんなの!? なに!? どういうことなの!?」

「それはこちらの台詞です、ミリュウ」

 一陣の風が吹き抜けてきたかのようにして、この場に似つかわしくないくらいに冷静な声が飛び込んできた。声だけではない。気配と、靴音もだ。見れば、見目麗しい美女が颯爽とした足取りで厨房に入ってくるところだった。

 絶世の美女といっていい。

 その欠点ひとつ見当たらない容貌は、自然界に生まれることのない完璧な美を誇り、老若男女、だれが目にしても見惚れるのではないかと想われた。長身で均整の取れた体つき、女性的でしなやかな曲線を描くその肉体もまた、美しさを追究したかのようだった。そんな肢体に身に纏うのは、黒と白を基調とする女給服であり、似合っているかどうかでいえば、似合ってはいない。

 ただし、似合っていなくとも、可憐であることに変わりはなかった。

 灰色の髪と淡く光っているような瞳が特徴的な女。

「あら、ウルクじゃない。どうしたの?」

「どうしたもこうしたも、この有り様はなんなのですか? セツナに先輩も集まって、いったいなんの騒ぎなのです?」

 ウルクは、困惑気味にミリュウとセツナ、ラグナを見、厨房内を見回した。煙こそラグナによって吹き飛ばされたものの、一時煙が充満したこともあって、どこもかしこも焼き付いているかのようだ。 

 セツナは、端的に説明した。

「焜炉が爆発した」

「うむ」

「爆発はしてないけど」

「爆発?」

 きょとんと、ウルク。

「だから、爆発はしてないって」

 ミリュウがセツナのボケを訂正しながら、焜炉にウルクの視線をうながした。

「でも、故障したみたいなのよね。いくら調整しても、全然火力が下がらなかったのよ。で、この有り様ってわけ」

「見るも無残な有り様ですね、ミリュウ」

「なにその言い方。まるであたしが無残な存在みたいじゃない」

「そういうわけではありませんが」

「わかってるわよ。で、どうなの?」

「どう、と聞かれましても」

「あんた魔晶技術の申し子でしょ。なにかわかんないの?」

「たしかにわたしは、イルス・ヴァレ最高の叡智の結晶たる魔晶技術の塊ですが……」

「そこは誇るんじゃな」

「まあ、それはそうだろ」

 ラグナの一言にうなずきながら、鍋と焜炉を注視するウルクの横顔を見る。それだけで、彼女が誇らしげに肯定するのも無理はないことがわかる。

 当時の魔晶技術の粋を集めて作り上げられたのが、いまの彼女の躯体だ。

 魔晶技術は、この三年でさらに進歩し、発展したのだろう。しかし、いまだ彼女の躯体を超える新たな躯体が誕生していないところを見ると、その躯体を完成させるためにどれほどの時間と労力を費やしたのか、想像もつかない。

「すべての魔晶機械の構造を把握しているわけではありません。魔晶人形の躯体構造や調整、修理程度ならば可能ですが」

「じゃあ、これはもう直せないってこと?」

「申し訳ありませんが、わたしには、とても」

「ええ!? そんなの、困る! セツナからもなんとかいってよ!」

「なんとかいってどうにかなるならな」

「どうにもなりませんよ、セツナ」

 ウルクが冷徹に断言する。

「わかってるよ」

「ですが、心配することはありません」

「ん?」

「今日、ミドガルドがここを訪れる予定ですから」

「……そういえば、そうだったな」

 セツナは、少しばかりはにかんで告げてきたウルクの様子を見て、なんだか自分まで嬉しくなった。

 ミドガルドは、ウルクにとっては実の父親のような存在なのだ。

 たまにではあるが、再会できるということほど嬉しいことはないのだろう。

 そしてそれは、セツナにとっても心底嬉しいことだった。

 世界中を敵に回したセツナにとって、ミドガルドは、数少ない理解者であり応援者だからだ。


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