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エピローグ(二)

「この場にお集まり頂いた皆様には、まず、このような場を設けて頂けたことと、わたくしどもの呼びかけに応じてくださったことに感謝を述べさせて頂きます」

 グレイシア・レイア=ガンディアの声は、まるで魔法にでもかかっているかのように、大広間中を朗々と響き渡った。

 たとえ大広間に集まったひとびとが際限なく言葉を交わし、雑音ばかりが氾濫していたとしても、それら雑多な音を吹き飛ばし、聴衆の耳に届かせるくらいの力強さがあり、聞き入れさせる響きがあった。

 元よりグレイシアに注目し、耳を傾けていたひとびとも、そのあまりの迫力に瞠目し、これがかつて大陸小国家群に覇を唱えんとしたガンディアの王族なのか、と、驚いたものだった。

 式典に相応しい豪奢で華麗な装束に身を包んだ太后は、気品に満ちた立ち居振る舞いと、凜然と響き渡る声音で、聴衆に語りかける。

「先の大戦より三年が経ちました。戦後の復興は、王宮の外におられる竜属の方々と、いまもこうして見守ってくださっておられる神属の皆様方の御助力により、速やかに、つつがなく行われたと聞き及んでいます。甚大な被害に遭った国や地域、都市や街に至るまで、いまや大戦の影響など感じられないほどだと」

 グレイシアの言葉から、この会場を神々が見守っていることがはっきりとわかった。神々の姿は見えないし、存在を感じることもできない。だが、確かにこの場にいるのだ。

 でなければ、これだけの要人を世界中から一カ所に集めることなどできるわけがないのだ。

 グレイシアが個人的に神々に働きかけた――などと思っているわけではないが。

「確かに、復興は成し遂げられました。街も都市も、国も地域も、大地の形さえ、元通りになりました。ですが、大戦のために数多くの命が投じられ、失われていったことはわすれてはなりません。わたくしたちのような戦う力を持たないものたちの代わりに戦場に赴き、命を懸けて戦い抜いた方々の尊い犠牲があればこそ、今日があり、明日がある。そのための終戦記念日であり、終戦記念式典なのです」

 グレイシアの発言にあるとおり、今日、一月十日は、終戦記念日だ。

 聖魔大戦が終わったことを記念する日。

 なぜ、一月十日なのか、といえば、聖魔大戦が完全に終結したことが確認された日時が、五百七年一月十日だからであり、連合軍上層部によってその日こそが終戦記念日と定められたのだ。

 以来、三年が経った。

 終戦直後から今日に至るまでの情勢の変化といえば、様々にある。

 こうして様々な国、組織の首脳や要人が勢揃いすることができるようになったのも、情勢の変化の影響だろう。

 すべての国々がワーグラーン大陸というひとつの大地に収まり、すべてが地続きであった頃は、協調や協力よりも、牽制や反目、小競り合いから闘争に至るまで、様々な衝突や問題を抱えていたのだが、“大破壊”によって大地を分かたれ、聖魔大戦によって多大な被害がもたらされたことが、そういった種々の問題を吹き飛ばしたのかもしれない。

 無論、連合軍としてひとつになり、戦ったことも大きな原因だろう。

 世界の存亡を懸けた戦いは、世界そのものをひとつに纏め、ひとびとの想いを束ね上げた。

 果たして戦いが終われば、そのとき結ばれ、育まれた絆は、決して無駄にはならなかった。国や組織の垣根を越え、ひとびとは手を携え合い、協力するようになったのだ。

 それには、もうひとつ大きな問題が生じたから、ということもあるのだが。


 グレイシアの話が続く中、メキドサールの魔王ユベルは、内心、複雑な気分のままだった。

 ログノール、エンジュールとともにログナー島を割拠するメキドサールの代表として呼ばれたはいいが、個人的には気乗りがしなかったし、ログノールやエンジュールの使節団とともに式典会場となる王宮に入ってからというもの、周囲の視線が鬱陶しくてしかたがなかった。

 無論、メキドサールの使節団には、人間が彼しかいないからだ。妻であり魔王妃であるリュスカは皇魔であり、娘のリュカは半人半魔の存在だ。護衛も皇魔ばかりであり、純粋な人間は彼だけだった。故に、奇異の目を向けられるのは当然のことだ。

 連合軍の一員として供に戦った連中は、いい。

 共に死線を潜り抜け、勝利を分かち合ったものたちのほとんどは、皇魔に対する警戒を解いていたし、好意的な態度を取ってくれたものだった。

 しかし、この場に集められた連中というのは、連合軍に参加しなかったもののほうが多いのだ。

 それはそうだろう。

 連合軍に参加したのは、あのとき、掻き集められるだけの戦力であって、世界中から招集したわけでもなんでもないのだ。

 つまり、あの地獄のような闘争を経験していないもののほうが遙かに多いということだ。

 そんな連中が彼の妻や娘に奇異のまなざしを向けるのは当然だった。

 その当然は、彼にとっては慣れたことではあったし、妻も娘もまったく意に介していないのだが、それでも気になるところだったのだ。

 なんといっても、娘は、美しく成長している。リュスカの美貌をそっくり受け継いだのだろう。しかも成長速度が早く、まだ六歳と少しだというのに、人間でいえば十歳くらいに見えた。その上でおとなしくしていられない子なのだから、困ったものだ。

 いまも、どうやって父と母の目を盗み、護衛の警戒を掻い潜って席を離れるかと思案している最中のようだった。

 リュカの好奇心の旺盛さは、年々増大しているのだ。

 普段、メキドサールの外に出ることがなく、皇魔以外と触れ合う機会がないことも大きいだろう。溜まりに溜まった好奇心が、メキドサールの外に出た瞬間から爆発してしまう。

 そして、この場には、彼女の好奇心を刺激するものは、溢れかえるほどにあった。

 だから、ユベルは、護衛たちには強く言い聞かせていたし、そのためにリュカの思考をもっともよく理解しているものたちを集めていた。

 もちろん、ユベルは、リュカから目を離すつもりはなかったが、彼には国の代表という立場がある。ときには、興味もない人間の相手をしなければならないこともあり、その場合には、護衛たちを当てにするしかなかったのだ。

 そして、そうして当てにした護衛のひとりが持ち場を離れ、エンジュールの人間と話し込んでいる様を発見して、彼は小さく肩を竦めた。

「まあ、ルニアちゃんってば」

 リュスカがころころと笑うのは、“娘たち”のひとりであるルニアが人間に擬態し、人間社会に溶け込んでいる光景が微笑ましくて仕方がなかったのだろう。

 ルニアも、メキドサールの皇魔だ。

 メキドサールの外に出る事自体が稀であり、こうして外に出た場合、彼女がなにをするのかなどわかりきっていたことではあった。

 そして、それを責められない理由もあった。

「あら?」

 リュスカが小首を傾げたのを見て、ユベルは、リュカの席を見た。

 そこには、さっきまでいたはずの娘の姿はなく、代わりにここに来るまでに買ってあげた熊のぬいぐるみが置いてあったのだ。

「しまった……」

 ユベルは、己の迂闊さに愕然とした。

 リュカは、さっきまで席に座っていたわけではない。

 熊のぬいぐるみに魔法をかけ、自分が座っているように錯覚させていたのだ。

 リュカの成長は、外見のみならず、魔法の分野でも著しい。

 ときには、リュスカの目を眩ませるほどだという話をいまになって思い出して、ユベルは心底後悔した。


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