エピローグ(一)
穏やかな気候は、冬の寒さを忘れさせるくらいに暖かな日差しを運び、まるでこの素晴らしい一日を祝福しているかのようだとだれかがいった。
実際、そうなのかもしれない。
この世界には、人知を超えた存在がいて、それらが今日という一日を祝福するためだけに天候を操作し、暖かな風を送り込んでくれているのだとしても、なんら不思議なことではないからだ。
超常の存在である神々にとっても、また、この世界の構成要素たる精霊たちにとっても、この一日は、忘れがたくも喜ぶべき特別な一日なのだ。
故に、神々にせよ、精霊たちにせよ、人間たちの集いであるこの場を祝福してくれたのだとしても、なにひとつおかしなことはなかった。
それくらいあざやかな日和であり、暖かな日差しが朝からいまに至るまで、この建造されたばかりの王宮を照らしていた。
そして、そんな特別な一日を祝い合うべく、この王宮大広間には、世界中から集まった要人たちが所狭しと肩を並べ、顔を揃えている。どこを見ても、だれを見ても、それなりの要職、あるいはそれなりの立場にある人物か、それに連なるものばかりであり、だれもが賓客としてもてなされていた。
彼だって、そんな賓客のひとりだ。
ログノール使節団の一員としてこの祝宴に呼ばれた彼は、どこかに知り合いはいないかと視線を巡らせては、ひとの多さに気が遠くなりそうな気分になっていた。
ひとの多さに慣れていないはずがないのだが、この場においては、そういった慣れなどどうにもならないほどの圧を感じざるを得なかった。
大体が、国や組織の頂点に立つ人物であり、その側近や家族なのだ。これほどの集いが実現することなど、大陸時代には考えられなかったことであり、“大破壊”以降においても、想像すらし得ない事態だった。
だからこそ、知り合いのひとりでもいないものかと探してみたのだが、気楽に話し合えるような立場の知り合いなど、そう見つかるものでもなかった。
無論、彼はひとりではない。
使節団の一員として随伴してきたのであり、使節団には、国の代表も、彼の妻も入っている。
「まさか、これほどの集まりになるとはねえ」
彼の直属の上司であり、ログノールの総統ドルカ=フォームは、少しばかり呆れたようにいった。片方の目を眼帯で覆った隻眼の男のまなざしは、彼以上に鋭く、周囲を物色している。もちろん、彼のように知り合いを探しているわけではあるまい。
「あれから三年ですし、ちょうどいい機会だったんじゃないですかね。まあ、そのためにかなり頑張ったみたいですけど」
「そりゃあそうだろうねえ。これだけの人数を集めたんだ。並大抵のことじゃないよ」
ドルカは、人集めの苦労を察したのか、大きく息を吐いた。
実際、いくら平和になったからとはいえ、これほどの人数を集めるとなると、簡単な話ではない。
大陸時代ですら困難を極めただろうが、“大破壊”以降の世界においては、さらなる至難の業といわざるをえない。なにせ、地続きだった大陸時代とは異なり、いくつもの大陸と島々に分かたれた上、その間には大海原が横たわっているのだ。
この数年で海洋航行技術が世界中の国々に行き渡り、船旅さえも可能になったとはいえ、だ。それだけでは、世界中の国々から要人を集めるのは不可能だ。
人間以外の力が働いていると考えるのが妥当だろう。
ログノール以外からも、様々な国や組織の代表が一堂に会している。
ログノールといえば、エンジュールの守護と《蒼き風》の団長も来ているし、メキドサールの魔王は、妃と姫を連れていた。ベノアガルドからは救世騎士団幹部が顔を覗かせており、リョハンからは戦女神と六大天侍が招かれている。
統一ザイオン帝国からは皇帝ニーウェハインみずからが出向いてきており、その周囲の物々しさたるや、ほかの比ではない。神聖ディール王国からも、王族が顔を揃えている。
ほかにも、マルディアやメレドといった国々の要人の姿もある。
そして、王宮の外には、竜属の姿が在り、その存在感たるや、王宮の中にいても感じられるくらいだった。さすがは万物の霊長というべきだろう。威圧感もあるが、それ以上に頼もしさを感じずにはいられないのは、彼ら竜属が先の大戦で果たした役割の大きさをだれもが理解しているからだ。
竜属は、最初から連合軍に与した一部の神々とともに、連合軍の主力として多大な活躍と貢献を為したのだ。
故に、現代に於ける竜属の存在感は大きく、人間や皇魔と竜属の橋渡しの役割を果たす“竜の庭”の存在や、その統治者たる銀衣の霊帝ラングウィン=シルフェ・ドラースの存在は、世界的に見て、極めて大きな意味を持っていた。
なにせ、竜属は、大戦のみで活躍したわけではない。
大戦後の各地の復興においても、竜属の活躍たるや凄まじいものだったのだ。
そのため、竜属がこの式典に招待されるのは当然であり、国々の代表者は、復興に尽力してくれた竜属への感謝の言葉を忘れなかった。
大陸暦五百十年一月十日。
あの惨憺たる大戦が終結し、三年が経過した。
世界そのものが悲鳴を上げ、世界中が深い傷を負ったのも、いまや昔と成り果てた。
それもこれも、戦後の復興が想像以上の早さで進み、多くの国が立ち直り、ひとびとが輝かしい未来に向かって歩み出すことに成功したからにほかならない。
その際にもっとも尽力したのが竜属であり、神属であることは、いうまでもない。
神属には様々な考え、立場があり、当初は対立し、交戦したこともあったが、最終的にはイルス・ヴァレに味方し、各地の復興のために尽力してくれた。竜属と神属の手助けによって、どれだけの命が救われたのか、数えられようはずもない。
戦後復興において、竜属と神属の助けがなければ、いまもまだ混迷の真っ只中だったに違いないのだ。
そういう意味でも、だれもが竜属と神属に感謝していたし、日々、神々への祈りを忘れず、また、各地で様々な信仰が生まれるのも無理のない話だった。
そして、そういった信仰によって、神々が力を得、長らえることは、イルス・ヴァレにとっても悪くない話だったのだ。
神々の助けは、まだまだ必要だ。
問題は山積みであり、完全に解決してはいない。
大戦は終わり、世界には平穏が訪れた。
だれもが安穏たる日々を送り、明るい未来を目指している。
それでも、この世界には、様々な問題があるのだ。
それらをひとつひとつ解決し、完全なる平和を、安寧の日々を手に入れるためにこそ、ひとびとは手を取り合い、協力し合っている。
この式典も、そんな世界的協調が見事に現れた形だ。
「そろそろ始まるようだ」
アスタルが、大広間の一角を見るように促したので、エインはそれに倣った。
すると、絢爛たる輝きを放つ舞台の壇上にエインもよく知る人物が姿を見せていた。
それまで招待客のだれもがなにかしらの話題を口にし、喋り放題といった有り様だったのだが、その人物が姿を見せた瞬間、水を打ったように静まりかえった。
その人物とは、かつてのガンディア太后グレイシア・レイア=ガンディアだ。




