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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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第三千六百八十五話 ただひとつ(四)

 確信がある。

 イルス・ヴァレの状況は、決して芳しいものではない。むしろ、最悪に近いといっても過言ではない。“大破壊”以降にも多大な被害がもたらされ、壊滅しかけていた。天変地異や、戦闘の余波によって、だ。特にネア・ガンディアとの最終決戦は、ガンディア小大陸を完膚なきまでに破壊し、周辺の地域にも様々な影響を与えていることだろう。

 しかし、イルス・ヴァレのひとびとには、“大破壊”からたった数年で国や組織を立て直して見せたという実績があるのだ。

 国や組織の頂点に立つひとたちが優秀であり、そんなひとたちを支えるものたちもまた、優秀だったからだ。彼らがいかに国や組織のことを考え、一般市民の安寧や平穏、そして秩序の成立と維持のため、どれだけ粉骨砕身で働いてきたのか、セツナには想像もつかない。

 “大破壊”という致命的な破局からある程度立ち直れたのは、そういったひとたちの奮起があったからであり、だれもがそれぞれの組織を、国を、愛し、立て直そうと躍起になったからに違いない。

 そんなひとたちがいる限り、イルス・ヴァレは安泰だろう。

 なにせ、魔王がいないのだ。

 イルス・ヴァレ全住民の最大最悪の敵対者、魔王セツナは、この異空の果ての牢獄に閉じ込められたのだ。

 もはや、イルス・ヴァレのひとびとが思い悩むことはなく、憎しみや怒りに身を震わせることもない。心を燃え上がらせ、奮い立たせる必要もないのだ。魔王と戦う必要がなくなり、魔王を警戒する必要もなくなったのだから。

 もちろん、完全なる平穏には、まだまだ程遠い。

 問題は山積みだ。

 だが、そういった問題ならば、イルス・ヴァレのひとびとはきっと力を合わせて乗り越えてくれるに違いない。

「これでいいんだ」

 セツナは、異空の果ての闇色の空を見上げながら、つぶやくようにいった。

 魔王が、イルス・ヴァレに戻れば、それはそれは大騒ぎとなるだろう。

 ミエンディアが消滅したからといって、それで価値観の反転がなくなるわけがない。イルス・ヴァレのひとびとは、いまもまだ、魔王セツナを仇敵の如く憎み、忌み嫌っていることだろう。邪知暴虐の化身として見做し、百万世界の魔王そのもののように見ていることだろう。

 そんな状態でイルス・ヴァレに戻るなど、イルス・ヴァレに混沌をもたらす以外のなにものでもない。

 だから、ここで終わりだ。

 足掻くことも、藻掻くこともない。

 ここで、命が終わるのを待つだけだ。

 そういったセツナの心情も見越した上での策なのだとしたら――実際にそうなのだろうが――、ミエンディアは策士というほかない。

 無論、ミエンディアは己が敗れるなどとは考えていなかったはずだが、万が一にでもそのような状況になった場合のことを考えなかったとはいいきれない。異空の果てを決戦の場に選んだのは、百万世界への影響を考えてのことであり、己が敗北の可能性を憂慮してのことではないのだ。

 だが、敗れた。

 だから、彼女は負け惜しみといったのだ。

 そして、自分の判断は間違いではなかった、と、彼女は確信したに違いない。

 セツナならば異世界群に被害をもたらすような真似をしてまでイルス・ヴァレに戻ろうとはしないはずであり、セツナがいる限り、百万世界の魔王が暴挙に出ることもない、と、踏んだのだ。

 そうして、百万世界の魔王とセツナを封じる檻が完成した。

 故に、ミエンディアは、最後の最期、どこか満足げに笑って見せたのかもしれない。

(負け惜しみ……か)

 ミエンディアが残した言葉を思い出しながら、目を瞑る。

 激戦に次ぐ激戦の果ての果て、辿り着いたのがこのような場所だというのは不本意だが、悪くはない、とも想った。

 ここにはなにもない。

 なにもないが、だからこそ、静かだ。

「ただ……」

 セツナは、ふと、口を開いた。

「ただ、ひとつだけ、心残りがあるとすれば……それは……」

 脳裏に幾人もの顔が過ぎる。

 イルス・ヴァレに召喚されてから今日に至るまでの日々。その日々を彩ったひとびと。様々なことを分かち合い、ときにはぶつかり合ったこともあるが、概ね居心地のいい場所を提供してくれたひとたち。親愛なるひとびと。

 仲間たち。

「最後にもう一度でもいいから、皆とちゃんと話し合いたかった……って、ことかな」

 少しばかり恥ずかしくもあったが、それがセツナの本音だった。

 ミエンディアの策によって、もう二度とまともに話し合うことができなくなってしまったのは、残念としかいえない。それは極めて絶望的なことであり、だからこそ、セツナは魔界に連れ去られ、魔王と真に分かり合うことができたのだが、それはそれとして、悲しいことではあった。

 ファリア、ルウファ、ミリュウ、レム、シーラ、エスク、ラグナ、ウルク、エリナ、エリルアルム、それに、トワ。

 ほかにも色々な顔が浮かんでは消えて、瞼の裏を彩った。

 大切なひとたち。

 大事な想い出たち。

 感情が溢れて、いまにも爆発しそうだった。

「ならば……行けばいい」

 魔王が、予期せぬことをいった。

「ん……?」

 目を開き、上体を起こすと、波打ち際の魔王がこちらではなく、まったく別の方向に顔を向けていた。

 光が、視界に差し込んできている。

 異空の果てにあるまじき変化に驚きつつ、そちらに目を向ければ、さらなる衝撃がセツナの意識を貫き、頭の中を真っ白にしてしまった。

 異空の浜辺に突如として現れたあざやかで強烈な光の源には、何人もの人影が在ったからだ。光源のすぐ手前に立っているため、顔が逆光になっているのだが、だれなのか、はっきりとわかる。

 声が、聞こえたからだ。

「セツナはどこよ?」

「俺に聞くなよ、ここらへんにいるはずだろ?」

「はい。必ずやこの近くに……」

「眩しすぎてよく見えんぞ」

「そればかりは仕方がないわ」

「では、手分けをして、セツナを探しましょう」

「それがいい」

「はい!」

「ま、どんだけ広かろうと見つけるさ」

「そりゃあね」

 聞き知った声のぶつかり合いが、ずっと遠くであるはずなのにここまではっきり聞こえたのは、この異空の果てがあまりにも静か過ぎるからなのか、どうか。あるいは、魔王の力によって聴覚が異様なまでに強化されているからなのかもしれない。

 いずれにせよ、セツナは、想像だにしない事態に直面し、呆然としていた。

 なぜ、彼女たちがここにいるのか。

 ここは異空の果て。

 イルス・ヴァレから遙かに遠く、彼女たちの力では、決して辿り着くことなどできない領域であるはずだ。

 いや、そもそも、なぜ、彼女たちは、セツナのことを平然と話し合っていたのか。まるで、セツナへの恨みや憎しみなど忘れ去ったかのような、そんな態度であり、口調だった。いわば、いつも通りの彼女たちに戻ったとでもいわんばかりだ。

 ミエンディアが消滅したことで価値観の反転の効果がなくなったとでもいうのか。

 だが、そのような都合のいいことが起こるとは考えにくい。

 では、いったい、どういうことなのか。

 セツナには、まったく想像もつかなかったし、考えられもしなかった。

 ただ、彼女たちが光源を離れ、駆け出すのを見ていた。呆然と、その場に立ち上がりながら。

 そして、真っ先にセツナの姿を発見したのは、長い長い真っ赤な髪を振り乱すようにして走っていた女だった。

「セツナ!?」

 最後に見た姿から少しばかり印象が変わっているが、ミリュウ以外のなにものでもなかった。

「せえええええええええつうううううううううなああああああああああああっ!」

 彼女は、歓喜の雄叫びを上げながら駆け寄ってきたのだが、しかし、

「ああ、セツナ。こんなところにいたのね」

 そういってセツナを抱きしめたのは、ファリアだった。おそらく、ミリュウが叫んだ瞬間に気づき、どうやってか出し抜いたのだろう。

 すぐ目の前まで迫っていたミリュウが予期せぬ事態に唖然としたようだったが、すぐに苦笑した。仕方がない、とでもいうようなミリュウの反応は、相手がファリアだからこそに違いなかった。

「ファリア……なんだよな?」

「うん」

「それにミリュウや皆も……?」

「うん」

 ファリアは、セツナを強く抱きしめたまま、ただうなずくばかりだった。まるで数年ぶりに再会したかのような、そんな態度であり、反応だった。

 セツナは、そんなファリアの態度に疑問を抱きながらも、彼女を抱きしめることでその存在の実感を確かめ、大きく息を吐いた。

 そうしている間にも、皆が集まってきている。

 ファリアとミリュウ以外には、ルウファ、レム、シーラ、エスク、ラグナ、ウルク、エリナ、エリルアルムがいて、全員がそれぞれ、最後に見た姿とは微妙に印象の異なる様子を見せていた。

 まるで、何年かぶりに会ったかのような感覚だ。

 だが、そんなことは、いまはどうでもよかった。

 心残りが消えてなくなろうとしている。

 こうして、皆と再会し、言葉を交わすことができるのだ。

 それだけで十分だった。

 十分すぎるくらいに幸福だった。

 こんなにも満たされていいのか、と、心配になるくらいだった。

「いいのよ、それで」

 セツナの反応を受けて、ファリアがいった。彼女の慈しむようなまなざしには、愛があった。憎しみや怒りなどではない。心の底からの愛情。

「セツナは、世界を救ったのよ。イルス・ヴァレだけじゃない。百万世界に属するすべての世界を」

「そうそう。少しくらい報われたっていいじゃない」

「そうですよ。それにこの程度で報われてるって考えられるなんて余程ですよ」

 ルウファが笑い、エスクやシーラも笑った。

 確かに、そうなのかもしれない。

 再会しただけでここまで喜べるなどというのは、余程のことなのだろう。だが、それでも、セツナは喜びを隠せなかったし、皆とももっと分かち合いたかった。

「でもまあ、こんなところじゃなんですし、帰りましょうぜ、イルス・ヴァレに」

 そういったのは、エスクだった。

「……いいのかな」

「いいに決まってるでしょ! セツナがイルス・ヴァレにいることが許せないっていう連中がいるなら、あたしがぶっ飛ばしてやるんだから」

「わたしたちが、です。ミリュウ」

「そうじゃな。わしらの主を邪魔者扱いするものなど、わしらが蹴散らしてくれようぞ」

「随分と張り切っていますね」

「よくない張り切り方だろ、おい」

 セツナは、ミリュウや従僕たちの張り切り方に苦言を呈さざるを得なかった。

「でもまあ……そうだな」

 すべては、帰ってから、考えればいい。

 問題は起きるだろう。

 だが、セツナがここに留まるなどといえば、ファリアたちまでここに残りかねない。そんな真似だけは絶対にできなかったし、するわけにはいかなかった。

 ふと、魔王を振り返った。

 波打ち際に佇む魔王は、こちらを見て、笑っていた。

 いつものように、傲岸に、不遜に。

 しかし、どこかいつもとは違った。

 どこか懐かしい風景でも見ているかのような、そんなちょっとした寂しさと嬉しさと哀しみと喜びが複雑に混じり合った表情に見えた。

 そして、彼の姿は、虚空に溶けて消えた。

「どうしたの?」

 問われて、ファリアたちには、魔王の姿が見えていなかったのだと気づく。

 セツナだけが見えていたのだ。

 いや、セツナにだけ、見せていたというべきか。

 いずれにせよ、魔王は再び、セツナにも見えなくなった。確かにこの領域にいるはずなのに、存在すらも感じ取れなくなったのだ。

 彼は、どうするのか。

 そんなことを考えている時間は、残されていなかった。

「いや……帰ろう」

 セツナが告げると、全員が力強く、そして、喜びに満ちた顔でうなずいた。

 戦いは終わった。

 ただ終わっただけではない。

 失ったはずのものさえも取り戻すことができたのだ。

 これ以上の幸福など存在するのだろうか。

 セツナは、皆に導かれるようにしてイルス・ヴァレへと通じるのであろう光の中へ、足を踏み入れた。

 

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