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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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第三千六百八十二話 ただひとつ(一)

 異空の果て。

 最果てにして、終端。

 すべての終着点。

 異空に生じた塵芥が最後に流れ着く場所であり、あらゆるものが終焉を迎える領域。

 これ以上の先はなく、これ以降の終わりもない。

 終わりの終わり。

 そんな領域にあって、彼は、ひとりの人間を見ていた。

 先程の戦いですべての力を使い果たし、消耗しきった結果、意識を失った男の寝姿。魂までも灼き尽くすような力の放出は、魔王の加護があっても人間の身にはあまりにも負担が大きすぎたのだ。心身ともに消耗し尽くし、疲労困憊という有り様だ。

 肉体が消し飛び、精神も、命も、魂さえもみずから滅ぼす羽目にならなかったのだ。最良の結果といえるだろう。

 徹底的に破壊し尽くされたはずの終端の岸辺は、既に元通りに戻ってしまっている。

 堆く積み重なった砂礫のように見える異空の塵芥も、あっという間にこの領域に満ち溢れた。

 異空には、塵が満ちている。

 それは遙か過去に滅び去った世界の成れの果てかもしれないし、あるいは、悠久の時の彼方で崩壊した世界の残骸かもしれない。

 いずれにせよ、それら塵芥は、かつて世界を構成していた要素であり、いまや力を失い、もはや再生することも叶わないただの骸に過ぎない。

 いや、生物の骸やなにかの廃棄物には、なにかしら再利用の価値や方法があるのかもしれない以上、それらとは比較することすら許されない、塵以下の存在。存在ですらない。異空の狭間で消滅することすらできなかった哀れな残り香。世界の残滓。

 そんなものが堆く積み上がって生まれた岸辺には、まるで幾重ものさざ波のように打ち寄せているのは、異空そのものだ。

 異空。

 かつて――ミエンディアが原初の静寂と表現したすべての始まりたる“虚無なる完全”が、完全であることを放棄した瞬間、それは生まれた。無数の世界を内包する大いなる宇宙。世界のひとつひとつが無数の星々を内に抱く小宇宙だとして、それら小宇宙を星々のように内に抱くのが、この遙かなる異空なのだ。

 そして、異空において、世界は生まれ、育ち、老い、死ぬ。

 何億、あるいは何十億光年もの歳月を経て、または一瞬の輝きを放って、消滅する。

 そうして生まれた塵芥は、悠久のときの中で異空を漂い、やがて最果てへと流れ着く。世界の消滅、あるいは崩壊が、異空に波を起こし、塵芥を運んでいくからだ。

 では、百万世界は滅びていくさだめなのかといえば、そうではない。世界が滅びた数だけ、新たに世界が誕生し、異空の隙間を補完するのだ。

 異空に揺蕩う世界の数は、百万で在り続けようとする。

 だが、世界が滅びた瞬間に新たな世界が誕生するわけではない。悠久のときの中で、静かに、ゆっくりと誕生し、産声を上げるのだ。

 ミエンディアが、セツナに破壊された世界を放置することができなかったのは、そのためだ。百万世界が完全な状態を取り戻すまでにどれほどの時間が必要なのか、わかったものではなかったのだ。未来を見通す力を持っていたとしても、完璧に予測することは不可能に違いない。

 異空は、あまりに気まぐれだ。

 あまりにも気まぐれに世界を破壊し、世界を創造する。

 故にこそ、ミエンディアは行動を起こしたのだろうが。

(相手が悪かったな)

 彼は、因果律からも消え去り、やがてはすべての存在の記憶からも消滅するであろう勇者の最後を思い出して、目を細めた。

 百万世界の魔王に立ち向かった勇者が言い残したのは、ただの負け惜しみなどではない。

 ある意味での勝利宣言であり、それは正しいものだった。

 だから、彼はここにいる。

「さて……どうしたものか」

 塵芥に埋もれかけているセツナに視線をくれて、彼は、しばし考えた。

 セツナは、気を失ったまま、深い深い眠りに落ちてしまっている。力を使い果たし、精も根も尽き果てている。ただの人間が百万世界の魔王の力を使ったのだから、そうもなろう。しばらくは目覚めないだろうし、わざわざ強引に起こす必要もない。そんなことをすれば、セツナの体に余計な負担がかかってしまう。

 せめて、心身ともにある程度回復するまでは寝かせてやるべきだろう、と、彼は考え、結論した。

 それまでは、この懐かしい異空の果ての景色を眺めているの悪くはない。

 もう二度と見たくはないと何度となく想い、そして、何度となく見届けてきた終焉の風景。

 しかし、いまここにあるのは終焉ではなく、ただの最果ての景色であり、それだけで彼の心は安らいだ。

 彼は、苦笑した。

 百万世界の魔王たる自分が、このような心境に至ることがあるなど、想像したこともなかったからだ。破壊と殺戮の権化であり、混沌を振り撒き、闘争を煽り、破局をもたらす。悪逆非道にして、邪知暴虐の化身。魔を統べ、闇を統べ、光と神に仇なすもの。

 それが自分だ。

 故にこそ、希望など抱くことはなく、ただただ絶望の深奥に沈み続けるだけだったのだが。

 いまは、違った。

 黒き希望が、絶望を打ち砕いたからだ。

 そんなセツナの戦いぶりに敬意を表するようにして、魔王は、彼の目覚めを待った。


「う……うーん……」

 眠り続けていたセツナの口から、そんな声が漏れたのは、あれからどれほどの時間が経過してからだろうか。

 音もなく打ち寄せる異空の波を見つめているだけの時間を数えることなどはなく、彼は、セツナに目を向けた。

 全身の傷という傷は、彼が塞いだ。魔王の力を以てすれば、瀕死の重傷であろうと完治させることなど容易い。消耗した体力や精神力までは面倒見切れないものの、体中の傷が塞がったことは、セツナの目覚めを早めたに違いない。

 セツナは、塵芥の上で大きく伸びをすると、ゆっくりと瞼を開いた。そして、きょとんとした様子で目をぱちくりとさせ、さらに左右に首を振り、周囲を見回す。

「良い夢は見れたか?」

 彼は、寝惚けた様子のセツナにお構いなしに話しかけたものの、セツナから反応はなかった。まるで彼の声が聞こえていないようであり、彼の存在にも気づいていないように見えた。まだ目覚めたばかりで頭が回っていないのかもしれない。

 そう想った矢先だった。

「真っ暗……だな」

 そうつぶやいたセツナは、やはりきょろきょろとした様子で周りを見ていた。

 なるほど、と、彼は納得した。

 確かに、この異空の果ては、暗い。

 まるで暗黒の闇の深淵にでもいるかのように光はなく、打ち寄せる異空の波だけが時折煌めき、この領域にわずかばかりの光をもたらしている。それ以外に光源となるものはなにもない。

 ただの人間の目ならば、この闇の中から闇の衣を纏った彼を見出すことは不可能に近いのではないか。

 だから、セツナは、彼の存在に気づくこともできないのではないのか。

(いや……違うな)

 彼は、胸中、頭を振った。

 セツナは、彼の声に反応すらしなかったのだ。いくら暗黒の闇に覆われた場所であったとしても、声は届くはずだ。ここが異空の果てであり、通常の法則が働いていないのだとしても、だ。

 百万世界に轟く彼の声が、聞こえない理屈がない。

 

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