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第三千六百八十一話 想いよ、永遠に

 トワは、ただ、ファリアたちを見守っている。

 セツナを敵と見做し、みずからの意志で聖皇ミエンディアの天使と化したファリアたちからすれば、トワの様子こそ見守っているに違いない。ファリアたち以外にも天使化したものは少なくない。連合軍将兵も、ネア・ガンディア軍の生存者も、この最終決戦と無関係のものたちも、イルス・ヴァレ全土に多大な影響を及ぼした聖皇の力に触れ、感化されたのだ。

 ただし、聖皇による天使化は、神属による神化、使徒化とは、根本からして異なるものだ。神化、使徒化が魂の深度から変容させてしまうものであるのに対し、天使化は、ただミエンディアが己の力を分配したものに過ぎない。

 故に、天使化は、神化、使徒化とは違い、ミエンディアの意思によって解除することも可能だった。

 その点では、安心していい。

 つまり、ミエンディアが滅び去れば、ファリアたちは元のただの人間に戻るということなのだ。

 もっとも、元よりファリアたちは、魔王の祝福と加護を受けているのだから、どう足掻いたところで神化や使徒化はあり得ないことだったが。

 ほかの天使たちが元に戻ることができることは、喜ぶべきことだろう。

 それも、もう少しの辛抱だ。

 もちろん、彼らが望んで天使となり、みずからの意思で魔を調伏しようとしているのだから、彼らにしてみれば最悪の事態なのだが、そんなことはトワには関係がなかった。

 ただ、いまはまだなにもできないという事実に不甲斐なさを感じずにはいられないだけだ。

 トワがいるのは、聖皇ミエンディアとの最終決戦の地だ。

 ガンディア小大陸と呼ばれ、獅子神像、獅子神皇、聖皇との連戦によって完膚なきまでに破壊され尽くした大地には、甚大な被害の爪痕が深々と刻みつけられている。

 なぜそんな場所にいるのかといえば、ファリアたち率いる天使の軍勢が大移動を始めた結果、辿り着いた場所がそこだからだ。

 天使たちがこの場所に向かった理由は、わかっている。

 セツナが向かい、聖皇が待ち受けていた場所だからだ。

 そこに向かえば、ここに辿り着けば、聖皇とともに魔王セツナを打倒できると信じたからであり、ファリアたちはセツナを止められると考えていたに違いない。

 だが、辿り着いたときには、セツナもミエンディアもいなかった。

 両者が消滅したわけではないことは、天使たちの存在と、トワがセツナの気配を感じていることからも明らかだ。

 ふたりは、イルス・ヴァレでの決戦を避けたのだろう。

 ミエンディアは、己が目的のために、セツナは、皆を巻き込むだけでなく、世界を滅ぼしかねないという実感から――勇者と魔王の利害が一致し、決戦の場をここではないどこかへと定めた。それはおそらく、世界と世界の狭間、時空を超え、次元をも超えた、神々にさえ簡単には辿り着けない領域だ。でなければ、ふたりの力が衝突しただけで百万世界の調和を乱しかねない。

 ファリアたちは、ここに辿り着いた当初、セツナが姿を消し、ミエンディアに協力できないという事態に嘆き、悪態を吐いていたものの、いまは落ち着きを取り戻している。状況が動くのを待っているのだ。無論、ミエンディアにとって好転するのを待っている。

 だれもが、だ。

 セツナは、イルス・ヴァレの敵となった。

 最大最悪の存在であり、有史以来最凶の敵対者として、生きとし生けるものたちの魂に刻まれてしまった。

 魂の深奥に焼き付けられたその名は、たとえ何度生まれ変わっても色褪せることなく残り続け、怒りや恨み、憎しみを買い続けるだろう。

 この世界の希望として、ひとびとの期待や願い、祈りを集めていたことの結果なのだ。

 そして、そのおかげもあって、セツナがミエンディアとの一対一の戦いに持ち込むことができたのだから、セツナとしては願ったり叶ったりではあったのだ。

 ミエンディアとの戦いは、明確に次元の異なるものだ。

 最終試練を終え、神々の加護や祝福を受けたファリアたちでさえ、ついていけるものではないのだ。足手纏いになりかねない。いや、確実にそうなるだろう。だから、セツナはたったひとり、ミエンディアと戦うことのできる現状に感謝こそしていたに違いない。

 もっとも、だからといって、心底喜んでいるわけもなく――。

(兄様……)

 トワは、遙か時空の彼方で戦っているであろうセツナの心情を想い、目を伏せた。

 そのときだ。

 上空にいた天使たちがゆっくりと地上に降下し始めた。しかも、その身に纏う光を薄れさせながらだ。それはまるで、天使たちが力を失っていくように感じられた。

「なに? なにが起こったの!?」

「どういうこと……?」

「力が……」

「これは……」

「まさか、そんなこと……!?」

 ミリュウやファリアたちの身にも、同様の変化が起きており、だれもが狼狽し、動揺しながら、重力に抗うこともできずに降下していく。

 トワは、理解した。

 セツナがミエンディアに打ち勝ったのだ、と。

 ミエンディアが滅び去り、その力の影響が失われ始めたのだ、と。

 だから、天使たちが本来在るべき状態へと戻っていくのだ。

 ファリアたちはただの人間や、竜、魔晶人形へと戻っていき、天使化していたほかの竜も、皇魔も、神々も、もちろん、人間たちも、だれもが元に戻っていく。

 戦いは、終わった。

 セツナがたったひとりで終わらせたのだ。

(でも……)

 トワは、天使化の解除によって事態を把握したのだろうファリアたちが呆然とする様を見つめながら、いまどこにいるのかもわからないセツナに想いを馳せた。

 ファリアたちを始めとする天使だったものたちは、だれもが、聖皇ミエンディアの敗北を悟り、魔王セツナの勝利という絶望的な結果に終わったという事実に打ちのめされていた。セツナにとってはミエンディアこそが大敵だが、彼らにとっては、セツナことが斃すべき敵だったのだ。

 聖皇の、勇者の勝利によってこの世に希望に満ちた光がもたらされるはずだったのに、魔王が勝ってしまった。

 この世は、暗澹たる闇によって閉ざされてしまう――そう、だれもが暗黒の未来を想像し、絶望的な気分になっていくのも無理のない話だった。

 だれもが、セツナを恨み、憎み、忌み嫌い、罵倒し、否定し、拒絶している。

 ここには、だれひとりとして、セツナを認め、応援し、受け入れようとするものはいない。

 あれだけ信頼し合い、認め合い、わかり合えていたファリアたちでさえ、そうだ。

 いや、だれよりも深く強く愛していたからこそ、反転した感情はより強烈なものとなって、ファリアたちの心を支配し、意識を突き動かしているのだ。

 ここにセツナの居場所はない。

 それでは、あまりにも可哀想だ、と、トワは想う。

 そして、自分がなぜ生まれ、なぜここにいるのかと考える。

 だれもが敵に回った世界で、ただひとり、なぜ、セツナの味方でいられるのか。

 それはきっと、このときのためだ。

 このときのためにこそ、母は、自分という神を降臨させたのだ。

 自分の為すべきことを知ったとき、トワは、己のすべてを解き放った。

 その瞬間、ファリアたちがはっとこちらを振り向いたが、もはやどうすることも叶わなかっただろう。

 トワは、それでいいと想った。

 それが自分の使命であり、すべてなのだから。

 それが、親愛なる兄の、セツナのためになるのだから。

(だから、だいじょうぶだよ)

 トワは、どこか時空の彼方にいるのだろうセツナに向かって呼びかけ、微笑んだ。

 

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