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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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第三千六百八十話 久遠より深く、刹那より疾く(七)

 突きつけるのは、百万世界の魔王の力。

 叩き込むのは、異空をも滅ぼす破壊の力。

 絶望が形を成し、黒く禍々しい光が、視界のみならず、周囲一帯を徹底的に打ち砕き、吹き飛ばし、消し去っていくかのようだ。時間も空間も次元も、異空にさえも多大な影響を及ぼし、事象を書き換え、改竄し、改変し、粉砕し、崩壊させ、混沌を振り撒くようにして、破壊を顕現する。

 そして、真っ直ぐに伸びて、クオンの胸に突き刺さった。

 最強無比の矛と、絶対無敵の盾。

 両極の力がぶつかり合い、相反する力のせめぎ合いが、さらなる衝撃と混乱を巻き起こす。力の爆発が止めどなく連鎖し、戦場が蹂躙され、異空の果てそのものが消滅するのではないかと思えるほどだった。

 クオンは、自分の身を守ろうとなどとはしていない。だが、ミエンディアを封印する器である以上、シールドオブメサイアの力を切ることも、弱めることもできないのだ。

 故に、空前絶後の大衝突が起こり、異空の果てから百万世界全体へと行き渡るほどの余波が生まれ、セツナの手を、腕を、体を突き破り、精神を、魂をも貫いていった。反動だけで魂までもが灼き尽くされるのではないかというくらいの力。身も心も燃え上がり、白く染め上がり、黒く塗り潰される。破壊が起これば反射が起こり、打ち砕かれれば元に戻り、復元されれば崩壊する。

 まさに混沌がそこにあった。

 純然たる混沌の顕現。

 その真っ只中にあって、セツナは、自分が絶叫していることに気づいた。声にならない声を上げ、喉が張り裂け、血反吐が迸るほどに叫んでいた。その事実に気づかなかったのは、混沌の渦動の中心にいたからだ。絶望的な破壊と絶対的な創造が織り成す、光と闇の響宴の真ん中。

 禍々しくも黒く輝く矛の切っ先がクオンの胸を突き破っていく。シールドオブメサイアという最大最硬の盾、その守護結界を打ち破り、クオンの肉体を、封印の器を、その身に宿るミエンディアの魂ごと貫くのだ。

 それは、一瞬。

 しかし、その一瞬は、まるで永遠のように長く感じられた。

 そして、その瞬間に脳裏を過ぎったのは、様々な情景だった。

 クオンとの出逢いから今日に至るまでの、無数の記憶。クオンとの想い出であり、絆。昔はわからなかったことが、いまならばはっきりとわかる。クオンに助けられ、クオンに導かれるようにして日常を送り、生活していたのだという事実。クオンのおかげで享受できたなんの問題もない平穏な日常。だというのに、彼に対してある種の敵対心を抱いていたのは、きっと、彼が太陽のように眩しく、自分が影そのもののような存在だったからに違いない。

 端的にいえば、嫉妬だ。

 ちょっとした嫉妬が年月を経て拗れに拗れ、歪みに歪んで化け物のように膨らんでいった結果、彼を心底毛嫌いするようになってしまったのだ。

 嫌う理由など、あろうはずもなかったのに。

 もっとも、そんな些細な問題は、とっくの昔に解消している。

 イルス・ヴァレに召喚してすぐのことだった。

 ザルワーン戦争におけるクオンとの共闘は、セツナの中の彼への考え方を変えるのに十分過ぎるほどの出来事だった。

 あの瞬間、対等になれた気がした。

 惨めで哀れなものとしか見れていなかった自分自身への揺るぎない自信と限りない自負が、彼との関係性を変えた。

 しかし、そんな彼とまともに話し合えたのはあのときと、彼が実質的に死んでからだった。

 クオンが獅徒へと転生し、なおかつ、最終決戦に至って、ようやく本音で語り合えた。

 そんな彼をこの世から消滅させなければならない。

 運命とはなんと皮肉で残酷なのか。

 だが、わずかばかりの躊躇も逡巡も許されない。

 あらん限りの力を込めて――いや、それどころか、百万世界の魔王が集めうるすべての力を一点に集中させ、凝縮し、圧縮し、原初の静寂より現在に至るまで最大威力の破壊をもたらすのだ。

 そうしなければ、彼の覚悟も、彼女の決意も、すべてが無駄になる。

 セツナは、黒き矛をクオンの胸に突き入れながら、全身を突き抜け、体中の細胞という細胞に焼き付けられていくような痛みを感じた。無限のように長く、一瞬よりも短い、ほんのわずかばかりの時間。その時間だけで何度も死んだのではないかという錯覚を抱く。

 そのとき、

「ああっ……!」

 ミエンディアの絶叫が響いた。見れば、クオンの顔がミエンディアのそれに変わっている。封印の一端が壊れ、ミエンディアの魂が表出したとでもいうのかもしれない。

「わたしが……わたしが敗れるというのですかっ……!」

「そうだ。また、あんたの負けなんだ。あんたは、結局ひとりだったからな」

 だから、敗れ去る。

「……認めましょう」

 ミエンディアの両手が黒き矛の柄を掴み取り、握り締める。魔王の杖から溢れ出る莫大な魔力がその細くしなやかな両手を吹き飛ばし、消し去っていく。それだけではない。胸にも既に大穴が開いており、穴を中心として無数の亀裂が走っていた。

「わたしは、あなたたちに敗れ去る。そして、このまま異空の塵にすらなることもなく、消滅する。この因果律から、完全に。無欠に。わたしという存在も、わたしを構成するすべての力も、なにもかもが虚無に還る。原初の静寂へ」

 ですが、と、ミエンディアは言葉を続けた。

「ひとつ、負け惜しみをいわせてもらいましょう」

 その際、淡く金色に発光した瞳は、ミエンディアに残された最後の神性の発露だったのだろう。

「わたしに勝ったのはあなたたちですが、あなたに勝ったのはわたしですよ。百万世界の魔王セツナ――」

 ミエンディアは、薄らと微笑むと、そんな言葉を残して、昏き破壊の光に飲まれて消滅した。破壊が破壊を呼び、新たな破壊がさらなる破壊を呼ぶ。終わらない破壊の連鎖。だが、その連鎖にも終わりは来る。大いなる破壊の力が破壊され尽くし、異空の果てに刻まれた破壊の痕跡さえも破壊されてしまえば、なにも残らなくなる。

 痛みさえ。

「ああ……」

 セツナは、最後には呆気なく、そして跡形もなく消え去ったミエンディアの、いや、クオンの肉体を幻視するようにして、うなずいた。

 神理の鏡シールドオブメサイアも消えた。

 シールドオブメサイアは、破壊に巻き込まれて消滅したわけではない。クオンが仕込んでいた術式によって、クオンの死とともに送還されたのだ。本来在るべき世界――百万世界中に、散らばっていった。

 異空の果てには、もはやなにも残っていない。

 セツナただひとりだ。

「そうだな」

 静かに告げて、地上に降下する。

 もはや原型さえ失われた異空の果てには、原初にも似た静寂があった。

 争いも諍いも起きようがない、絶対の沈黙。それを彼女は平穏といい、安寧といった。だが、セツナが感じるのは、圧倒的な虚しさだけだ。

 力が抜けていくのを感じる。

 力を使い切り、魂までも燃やし尽くしたのだ。

(これで……良かったんだよな……?)

 セツナは、だれも答えてくれるものもいない問いを胸中に浮かべながら、その場に倒れ込んだ。

 だれかの呼び声を聞きながら。

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