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第三千六百七十九話 久遠より深く、刹那より疾く(六)

 矛を握る手に力が籠もる。

 白く塗り潰され、完全に力を封印された矛は、しかし、その内側で熱く脈打っている。白き封印の中で無限に反射し続けているのだ。無論、その力を使うことはできない。できないが、魔王がいまもなお、まったくもって諦めていないことははっきりとわかる。それはそうだろう。百万世界でもっとも傲岸で不遜で邪知暴虐の権化たる魔王なのだ。この程度のことで諦めるわけがない。

 いまはただ、己の出番を待ち侘びているのだ。

 そして、それはすぐそこまできている。

「そ……んな……!」

 ミエンディアは、振り絞るようにして声を出したが、それが限界だったようだ。それ以上、なにもいえなかった。

 いえるはずもない。

 その肉体は、もはやミエンディアのものではなくなっているのだ。

「あんたは、すべてが自分の思惑通り、計画通りに進んでいると考えていたんだろう。その計画の延長上にアズマリアの計画があることも知らずに」

 ミエンディアは、アズマリアによって召喚されたクオンもセツナも、どちらもが自分が完全復活を遂げた後の肉体候補だと捉えていたに違いない。ミエンディアにしてみれば、目的を叶えるためには絶対的な力が必要だっただけであり、そのための器ならば、神理の鏡の護持者でも魔王の杖の護持者でもよかったのだ。

 だが、アズマリアは、ミエンディアがクオンの肉体に収まるように仕組み、クオンもそれに乗った。クオンは、みずからの意思で、その肉体をミエンディアに捧げたのだ。

 ミエンディアを滅ぼすために。

 滑稽だった、などとはいうまい。

 セツナたちとて、綱渡りだった部分が少なからずあったのだ。

 ここまで、この計画の最終段階まで辿り着けるかどうかは、結局の所、セツナがミエンディアとの死闘を制することができるかどうかにかかっていたのだ。

 アズマリアの計画通りに事が進んでいたとはいえ、完全体となり、神理の鏡を手にしたミエンディアの力は、圧倒的というほかなかった。高次に至り、百万世界の魔王に対抗しうる唯一無二の存在となっていたのだ。

 運が良かった。

 ミエンディアがどういうわけか消耗してくれた上、異空の果てまで連れてきてくれたおかげで、すべての状況が整ったのだ。

 そして、セツナは、ミエンディアの策に乗り、黒き矛は封印された。

 では、ミエンディアは、どうなるか。

 力を使い果たし、もはやどうすることもできなくなるだけだ。

 無論、それだけならば、まだよかった。

 ただ力を使い果たしただけならば、まだしもセツナに勝てる見込みがあったのだ。だからこそ、ミエンディアは戦況を逆転させる策として、残るすべての力を振り絞ってカオスブリンガーを封印して見せた。カオスブリンガーさえなければ、魔王の杖さえなければ、高次の存在たるミエンディアにとって、セツナなど雑魚に等しい。

 ミエンディアから見れば、勝利は目前だった。

 まさか、力を消耗し尽くした瞬間に体を取り替えされるなどとは、考えてもいなかったのだ。

「なあ、クオン」

 セツナが呼びかけると、ミエンディアの愕然としたまま凍り付いていた表情が一瞬、弛んだ。

「上手く、いったようだね」

 やっとの思いで絞り出された声は、やはり、クオンの声そのものだった。

 顔つきも表情もクオンのものへと瞬時に変化する。肉体を取り返したからこそだろう。だが、それも長続きはしない。すぐまたミエンディアの表情が現れ、クオンの顔を掻き消してしまったからだ。

「わたしは、まだ……!」

 諦めてなどいない、とでもいわんばかりにミエンディアが身動ぎする。もはやミエンディアの支配を離れたはずの体がその意思のままに動くことなどありえないのだが、しかし、ミエンディアの執念の強さか、右手が動き、長杖の先端がセツナに向いた。

「もう、終わりなのだよ」

 ミエンディアの口でそう告げたのは、アズマリアの声だった。その瞬間だけ、ミエンディアの顔なのに、絶世の美女にして妖艶なる魔女のような印象を受けたのは、きっと気のせいではあるまい。自己主張の強い魔人のことだ。きっと、そうして見せたのだ。

 これが、最期の別れになるのだから。

「おまえの負けだ。ミエンディア。理不尽なるものよ。おまえはここで敗れ去り、因果の果てへと流れ去る。それで仕舞いなのだ。そうだろう、セツナ」

「ああ」

 同意を求められ、すぐさまうなずく。

 魔人のいうとおりなのだ。

 これで、終わりだ。

 アズマリアが、少しばかり感傷気味にいった。

「……いい顔になった」

「そうかな」

「そうさ……」

 超然とした魔人にはめずらしい表情を浮かべたまま、彼女は、最後にこういった。

「すまなかったな。そして、ありがとう」

 そして、ミエンディアの中に溶けて消えていった。

 セツナは、ただただ憮然とした。

「……最後の最後に謝るんじゃねえっての。恨み言もいえないだろ」

「そうだね。まったく、困ったひとだ」

 今度は、クオンだった。もはやミエンディアが現れることはないのかもしれない。そんな予感がするくらい、クオンの力は強く感じられた。最後の最後で肉体を取り戻したのだ。

「クオン……」

「彼女のせいで散々な目に遭ったっていうのにね。これで恨んだりしちゃあ、器の小さい奴に想われてしまうよ」

 クオンもまた、苦笑するようにいった。

 セツナも同じ気持ちになって笑った。笑って、泣きそうになった。ミエンディアを斃せば、戦いは終わる。それは嬉しいことなのに、いまはそういった気分になどなれるはずもない。だからこそ、クオンは笑ったのだろう。笑い飛ばしてしまおうとしたのだろう。そしてそれにセツナは乗ったのだ。

 笑って、誤魔化した。

 すると、クオンが改めた様子でいってくる。

「セツナ。ぼくからも、感謝を」

「はっ……それは俺の台詞だよ、クオン」

「ううん。そうじゃない。そうじゃないんだ」

 彼は頭を振り、そしてまた、セツナを見て微笑した。

「君は、優しいから」

「そうでもねえよ」

「そういうところがさ」

 それからさらになにかをいおうとしたようだったが、諦めてしまった。時間がない。

「……なんて、いっている場合じゃあないね。セツナ。わかっていると想うけれど、ミエンディアを滅ぼすには、いましかない。ぼくの肉体に封じ込めたミエンディアの魂を完全に消滅させるんだ。それで、すべてが終わる」

「ああ……わかってるさ」

 わかっている。

 わかっているのだ。

 クオンがミエンディアを抑え込んでいられる時間は、わずかしかない。なにせ、ミエンディアが力を使い切ったからこそ、クオンが肉体を取り戻すことができたのだ。その肉体に残っている力は極めて少なく、なおかつクオンが魂を燃やし尽くして、ようやくミエンディアを抑え込むことができている。クオンの力が尽きたとき、ミエンディアの拘束は解かれ、自由の身となるのだ。

 そうなってしまっては、元も子もない。

 その瞬間、カオスブリンガーが白き封印から解き放たれたのは、紛れもなくクオンの意志によるものだった。

 彼は、態度で示したのだ。

 自分を殺せ、と、いったのだ。

 だから、セツナは、カオスブリンガーにすべての力を凝縮させて、振りかぶった。

 

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