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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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第三千六百七十八話 久遠より深く、刹那より疾く(五)

 ミエンディアは、自分の身になにが起こったのか、まだ理解できていないようだった。顔面は蒼白となり、強張った表情が張り付いている。理解できない事態に遭遇し、絶体絶命の窮地に陥ったのだ。余裕などあろうはずもなく、超然としていた様子は消えて失せ、もはやただの人間の如く成り果てていた。

 いや、もちろん、ただの人間などではない。

 ないのだが、いまや遙か高次から地に引きずり下ろされて、かつての輝きもくすんでしまっていた。神々しさなど、あろうはずもない。

「なぜ……こんな……!」

 ミエンディアは、まったく想像だにしなかった状況に愕然とし、言葉すらまともに発することができなくなっていく事実に動揺していた。

「カオスブリンガーを反射して、能力のすべてを封じ込め、俺を魔王の座から引きずり下ろす……か。よくもまあやってのけたもんだ」

 セツナは、白く塗り潰された矛を見遣り、感心した。

 実際、セツナは、ミエンディアの策に嵌まり、カオスブリンガーを封じられた。魔王態の本領を発揮することができなくなったのだ。その結果、ミエンディアが知覚できなくなり、散々痛めつけられた。危うく殺されるところだったが、殺されることはなかっただろうという確信もある。

 なぜならば、あのときのミエンディアならば、セツナを一撃の元に消滅させられたはずなのだ。しかし、そうはしなかった。ミエンディアが遊んでいたからでも、いたぶろうとしたからでもない。ミエンディアがそのようなことを考えるわけもないのだ。

 しなかったのではない。

 できなかったのだ。

 ああなった以上、セツナを手にかけることなどできるはずがなかった。

 あの肉体は、もはやミエンディアだけのものではなくなっていたのだから。

「……だが、その起死回生の策も、裏目に出りゃあ意味がないな」

「どう……して――」

「いっただろう。俺じゃない。俺たちなんだよ」

 やっとの思いで絞り出したのだろうミエンディアの声は、異空の果ての塵芥に紛れるようにして消えていく。あれほど力強く、あれほど神々しかった存在が、いまや消え入りそうになるほどに弱々しく、儚く見えた。それも当然だ。

 終わったのだ。

 なにもかもが終わった。

 終わってしまった。

「最初は、アズマリアだった」

 セツナは、いまやミエンディアに溶けて消えた同志に想いを馳せた。

「あんたが裏切りに遭い、六将に討たれたとき、イルス・ヴァレとの約束の形として生み落としたアズマリアは、あんたの心の深奥に眠っていた人間性そのものだったんだ。あんたが滅び行く世界に対して抱いた感情、想念、絶望……そして希望。そういった様々な想いの結晶がアズマリアを形作った」

 紅き魔人の妖艶なる美貌が脳裏を過ぎる。いつだって超然としていたのは、己の正義を信じ、その執行にこそこの世の未来がかかっていると理解していたからに違いない。間違っても躊躇してはいけない。一瞬の逡巡が致命的な一撃になりかねず、故に彼女はいつだって断行してきたのだ。

 そして、その決断に間違いはなかった。

 だから、いまがある。

「だから、アズマリアは、理不尽なるものへの対抗策を考え続け、何度となく何度となく……数えるのも憚られるくらいの数の実験を行ってきたんだ」

 そうしてようやく辿り着いた境地が、武装召喚術だった。

 ミエンディアの召喚魔法を源流とするその技術の流布により、イルス・ヴァレに住むひとびとに力を与え、それによっていずれ来たる聖皇復活のときに備えようとしていたのだ。

 が、それだけがアズマリアの計画ではない。

 それも、聖皇討滅計画の一端に過ぎなかったのだ。

「武装召喚術……そして、ゲートオブヴァーミリオン。その力は、アズマリアの目的を叶える上で必要不可欠な力だった」

 セツナの目は、ミエンディアを見つめながらも、ミエンディアを見ていなかった。見ているのは、その瞳の奥の奥だ。神性を失い、黄金色の輝きさえ発さなくなった瞳は、透き通るような碧。

 形は違えど、彼の目だ。

「あんたを完全無欠に滅ぼすためには、あんたと世界の因果を断ち切るためには、あんたを完璧な状態で復活させる必要があった。あんたが望み通りの形で、望み通りの力を得、望み通りの未来へと想いを馳せられるくらいに完璧な……な」

 だから、ゲートオブヴァーミリオンが必要だった。

「そして、アズマリアは、召喚したんだ。クオンを。神理の鏡の護持者を」

 そして、クオンは、アズマリアの求めていたものを持っていた。

 ゲートオブヴァーミリオンによる召喚は、クオンに武装召喚術の行使を可能とさせ、しかもクオンはシールドオブメサイアの召喚者となったのだ。神理の鏡の護持者だ。それは、聖皇討滅計画において極めて重要な役割を持っていた。

「完全なる復活を遂げた後のあんたの肉体をな」

 聖皇討滅計画におけるクオンの役割は、そこにあった。

 アズマリアと統合され、完全なる復活を果たしたミエンディアの新たな肉体となることだ。

「あんたにしてみれば、俺とクオンのどちらでもよかったんだろうが」

 しかし、どうしたところで、セツナの肉体が選ばれることはなかったのだ。

 なぜか。

 単純な理屈だ。

 魂だけの存在となったミエンディアが、新たな肉体を求め、セツナに迫ろうとすれば、クオンがセツナを護るからだ。そして、あの場にいたほかのだれかを肉体にする理由もなかった。セツナの肉体が、ミエンディアの新たな肉体にならざるを得ない状況だったのだ。

 まるで最初から決まっていたことのように。

 いや、実際、あの場に至ったときには決まっていたことなのだろう。

 アズマリアは、いった。

『後のことは、任せたぞ』

 と。

 その後のことというのは、アズマリアを止めようとするファリアたちを迎え撃つことではない。

 完全復活を遂げたミエンディアがクオンの肉体を手に入れた後のことだ。

 ミエンディアがたとえそのときの肉体をファリアに破壊されなかったとしても、魔晶人形の躯体では満足しないことはわかりきっていたのだ。必ずや、セツナかクオンの肉体を狙うだろう。そして、クオンがいる以上、セツナの肉体を手に入れることは不可能であり、クオンの肉体に取り憑くに違いなかった。

 そうなれば、ミエンディアを斃せるのはセツナ以外にはいなくなる。

 セツナとクオン以外には。

(いや、アズマリアもだな)

 胸中で訂正して、目の前の女を見た。

「そして、このときのためにこそ、俺を召喚したんだ」

 とはいったものの、少しばかり複雑な気分になるのも当然だった。

 召喚されたことそのものに対しては、不平も不満もない。イルス・ヴァレでの人生は、現世よりも遙かに濃密でむせ返るくらいに様々な出来事があった。たった数年で十数年の記憶を塗り替えてしまうのではないかというくらいだ。

 血で血を洗う戦場の記憶ばかりではない。

 平時の想い出も数多とある。

 それらを引っくるめても、いま、この瞬間ほど虚しいことはなかった。

 決着をつけなくてはならない。


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