第三千六百七十五話 久遠より深く、刹那より疾く(二)
ミエンディアの足下から膨大な量の塵芥が舞い上がると、それらが光を乱反射し、セツナの視界をまばゆく塗り潰した。
彼女が気合いでもって塵芥を舞い上がらせたのは、それが狙いだったのだろう。
ミエンディアは、一気に間合いを詰めてきた。
一瞬にして懐に入り込んできたミエンディアは、おもむろに長杖を振り下ろしてきたが、セツナの反応が遅れることはない。いくら目潰しされようとも、ほかの感覚まで損なわれるわけもなく、聴覚や触覚がミエンディアの接近を察知し、無意識のうちに体が反応している。
杖による強打を矛の柄で受け止めると、凄まじい衝撃が両手から体を駆け抜け、神威と魔力の激突が大爆発を引き起こした。時空を歪め、空間に巨大な穴を空けるほどの爆砕。
セツナは、透かさずミエンディアを蹴り飛ばすことで飛び退き、爆砕の範囲から逃れたが、その威力の凄まじさになんともいえない気分になった。
虚空に生じた爆砕は、周囲の塵芥を吹き飛ばし、砂浜に大穴を空けている。
ただの激突で、これだ。
これでは、異空内ではまともに戦えたものではない。
ミエンディアが、策を弄してでもセツナを斃そうとした理由も、そこにある。正面からぶつかり合えば、周囲の被害がとんでもないことになるからだ。全力を出せば、その影響はさらに大きくなる。ただでさえ異世界を軽々と破壊できるのがセツナなのだ。同等の力を持つミエンディアとふたりで全身全霊の力を込めて殴り合えば、多数の異世界を巻き込み、破滅をもたらしかねない。
だから、ミエンディアはセツナと正面から戦うなどという愚は行いたくなかったのだ。
最後の最後まで、策謀でどうにかしようとした。
しかし、それが不調に終わったがために、こうして全力でぶつかり合える場所に移動する以外の選択肢がなくなってしまったのだ。
多少、哀れと想わないではないが、だからといって手を抜いてやる理由も、負けてやる理屈もない。
セツナには、ミエンディアを斃す正当な理由があり、大義があるのだ。
(その正義があんたにとっては邪悪極まりないんだろうが)
セツナは、ミエンディアの背後に浮かぶ十二枚の翼が輝く様を見て、瞬時にその場を飛び離れた。直後、十二連続の爆発が起こり、爆心地に巨大な光の柱が聳え立った。
今度は、セツナが翼を羽撃かせると、無数の羽を弾丸のように飛ばした。そのうちの数百がミエンディアに殺到し、ミエンディアは、それらを光の防御障壁で受け止めてみせる。そして、反射してきたものだから、さらに羽弾を向かわせ、すべて撃墜した。
ミエンディアが長杖を虚空に振り翳す。
すると、足下の砂浜が蠢き、熱風とともに巨大な刃が飛び出してきた。間一髪のところで回避したそれは、巨大なソードオブミカエルそのものであり、七支の刀身からは火の雨を降らせてきた。
セツナは、火の雨の範囲外へと翔んで逃げながら、ミエンディアに矛先を向けた。“真・破壊光線”を撃ち放つ。
「もうなんでもありだな!」
「ええ、なんでもありです」
ミエンディアは笑いもせずに長杖を振るう。迫り来る黒き光の奔流に対し、純白の光の槍を撃ち出したのだ、。“真・破壊光線”は光の槍に激突し、大爆発を起こした。
光の槍は、ランスオブカマエルの能力だったはずだ。
異空の果てを激しく震撼させる爆風の中、ミエンディアがさらに長杖を振り回す。砂浜が激震し、塵芥が舞い上がって光り輝く中、地中から巨大な岩石が隆起する。塵芥が積み重なってできた砂浜だ。その地中に岩石など埋まっているはずもないのだが、召喚武装の能力にそのような事実が通用するはずもない。
隆起した岩石が粉々に破裂し、爆風が粉塵を飛散させていく。
セツナが違和感を覚えたときには、既にミエンディアの術中だ。戦場に満ちた粉塵がなんらかの力を発し、セツナをその場に固定したのだ。磁力とも重力とも異なる力の場。神威に似て非なるその力による拘束は、一瞬。しかし、ミエンディアが攻撃を叩き込むには、その一瞬で十分なのだ。
降り注ぐ火球の雨の中、ミエンディアが空中に固定されたセツナへと殺到し、長杖の先端をセツナの頭頂部に叩きつける。マスクオブディスペアごと頭蓋を粉砕し、その瞬間、ミエンディアは、即座にその場から転移した。頭部を打ち砕かれたセツナの肉体が爆発し、莫大な魔力を撒き散らす。
セツナは、自分自身が爆発し、その肉体が四散する様を塵芥の底から見ていた。
エッジオブサーストの能力・座標置換とマスクオブディスペアの能力・闇人形を併用した緊急回避術だ。精巧に作られた闇人形は、一目だけではそれが偽物だと判断できないくらいの完成度であり、瞬時に入れ替えれば、ミエンディアといえども判別できないに違いないと断じ、決行した。
そして、セツナの思惑通りにミエンディアは闇人形に引っかかり、爆風を浴びて吹き飛ばされた。
しかし、その程度で死ぬミエンディアではない。
空中で体勢を整えたミエンディアは、自身の傷を癒やすと、長杖を掲げた。地上を埋め尽くす塵芥という塵芥が、まるで吸い上げられるようにして天に舞い上がっていく。
塵芥に隠れていたセツナは、なんだか丸裸にされたような気分になりつつも、ミエンディアのまったくもって余裕のない様子に目を細めた。
(なにがあったか知らないが……)
セツナの正体が云々などといっていたが、それについてはいくら聞いたところで教えてくれそうにはなかった。
ただひとつはっきりしていることは、これが好機だということだ。
ミエンディアを打倒し、この数百年の長きに渡る戦いに決着をつける、おそらく唯一の機会。この機会を逃せば、もう二度とこのような瞬間は訪れまい。
それは、ミエンディアにもいえることだ。
セツナを逃すわけにはいかないから、この異空の果てへと追いやったのだ。
ミエンディアの長杖が輝き、無数の塵芥が鋭く尖った氷柱へと変化した。長杖が振り下ろされると、数え切れない数の氷柱が瀑布の如く降り注ぎ、戦場に物凄まじい激突音を響き渡らせる。
だが、そんなものでは、セツナは倒れない。斃し得ない。魔王態が纏う重力場が氷柱の雨がセツナに触れるのを致命的なまでに遅らせ、その間にセツナはその場から飛び退っているからだ。重力場ごと移動したあと、氷の雨が降り注ぎ、異空の海辺を凍てつくほどの冷気で包み込む。
ミエンディアの攻撃は、ひとつひとつが強力無比だ。さすがは高次元と上り詰めた存在というべきだろう。巨大なソードオブミカエルから降り注いだ火の玉のひとつでさえ、竜属は愚か、神属にさえ致命的な一撃になりかねない。
先程の氷柱の雨もそうだ。
おそらくは、隆起した岩石にも、それくらいの威力はある。
肉体を破壊するだけではない。精神体にも甚大な被害をもたらし、魂の次元にも致命傷を与えるのだ。そして、存在そのものに大打撃を与え、やがては因果律からも消し去るだろう。
ミエンディアには、それだけの力がある。