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第三千六百七十四話 久遠より深く、刹那より疾く(一)

 怒濤の如く押し寄せ、セツナとミエンディアだけを移動させた力が途絶えたのは、そこに辿り着いたからだ。

 異空という百万世界漂う海から投げ出された先に待ち受けていたのは、漠たる闇だ。広漠たる闇の真っ只中。なにも見えず、なにもわからない。が、それもすぐに終わる。闇に目が慣れ始めると、そこがまるで浜辺のような空間であるらしいことがわかってくる。

 耳朶に響く潮騒は、異空の拍動であり、浜辺に打ち寄せる闇色の波もまた、異空そのものだ。そして、浜辺を形成するのは、もちろんただの砂ではない。なんらかの理由で異空に生じた塵芥が悠久の時を経て流れ着き、それらが膨大な時間をかけて積み重なり、やがて砂浜のような有り様になっていったのだろう。まさに塵も積もれば山となるといったところだ。

 故に、地面を踏みしめても、砂を踏んでいるような感覚はない。なにか、異様な気配を感じる。様々な思惟や怨念の残滓が感じ取れるのは、魔王態のせいで感受性が豊かすぎるからだろう。本来ならば、この地に存在する無惨な残骸になんらかの気配が感じられるわけがないのだ。

 異空に生じ、異空を弾き出された何十億、何百億――いや、それ以上の数の塵芥たち。それらは物言わぬ死骸そのものであり、もしそれらがなんらかの想いや恨みを抱きながらそうなったのだとしても、ここに残っているわけがなかった。

 事実、感じたのは一瞬だけで、すぐになにも感じなくなった。

 頭上は、暗澹たる闇に覆われている。まるで星のない夜空のようであり、どこまでも深く昏い闇だけが視界を覆い尽くしている。魔界の闇よりも昏く、地獄の闇よりも深い。

 視線を下ろせば、波打ち際に立つミエンディアが視界に入り、その遙か後方に水平線があった。異空の海と、この空間を分かつ水平線は、幻想的に輝いている。その光は、異空が発しているものであり、そこには生命の輝きがあった。

 そしてそれは、ここには存在しないものだ。

「ここは、異空の果て。百万世界の果ての果て。すべての果てにして、遙か久遠の彼方。終端の地」

「知ってる」

 ミエンディアの説明に端的に返しながら、黒き矛を構える。

 セツナの知識は、魔王から得たものだ。完全なる魔王態となったことで魔王の知識を引き出すことも容易となった。百万世界全土に影響を及ぼす魔王が、異空の存在を知らないはずもなく、異空の果てを認識していないわけもなかったのだ。

 ここがどういう場所なのか、完全に把握し、承知している。

「あんたが俺をここに運んだ理由もな」

 ここは異空の果て。

 ここならば、セツナとミエンディアが全力でぶつかり合ったとしても、異世界群に悪影響を及ぼすことはない。だれひとりとして傷つけることなく、ふたりの間だけですべての決着がつけられるのだ。だからこそ、ミエンディアは、ここにセツナを連れてきた。

 そして、だからこそ、セツナもその思惑に応じた。

 ミエンディアがこれ以上、破壊された異世界の復元に力を費やせないと判断したのであれば、異世界になんらかの影響を与えるような真似はしたくなかった。かといって力を抜いて戦うことなどできる相手ではない。異世界のために力を抑えれば、互いに決定打を欠き、決着をつけることなど不可能だ。

「……正直なところを話しましょうか」

 ミエンディアが、改めるようにして、口を開いた。

「わたしは、あなたを斃すためならばどのような手を用いても構わないと断じました。あなたを滅ぼすための手段を考え、方法を考え、策を弄し、手練手管の限りを尽くし、あなたの存在そのものをこの百万世界から抹消しようとしたのです。」

 ミエンディアのいう手練手管とは、セツナが同一存在と戦っている間に行っていたことに違いない。あの間、ミエンディアは何処かへと姿を消していた。その際、彼女がどこでなにをしていたのかなど、セツナには想像もつかない。

「しかし、それはかなわなかった」

「……そいつは、残念だったな」

「ええ。本当に……残念です」

 心の底から無念そうに、ミエンディアはうなずく。

 最初の超然とした様子もなければ、勝利を確信している風格すら失い、いまや決意と覚悟だけが彼女を立たせているように想えた。いや、義務感かもしれない。セツナを斃し、百万世界の統合を果たさなければならないという使命感が、ミエンディアを立たせている。

「……あなたの正体に気づいていれば、最初からこうしていたというのに」

「さっきからなんだよ。俺の正体だって?」

「あなたは、気づいていないのですか?」

 セツナが疑問を発すると、ミエンディアがきょとんとした顔をした。その瞬間だけは、極めて人間くさく、等身大のミエンディアが見えた気がした。が、それも一瞬に過ぎない。瞬く間にミエンディアの表情は元に戻り、決意と覚悟の壁の中に消えてしまった。

「まあ、いいでしょう。知らないままのほうが幸せということもあります。わたしは知って、不幸になりました」

「はあ?」

「……こちらの話です」

 そういって一方的に話を打ち切ったミエンディアは、右手を翳した。手の内に光が収斂していくと、一本の長杖が具象する。シールドオブメサイアの眷属ロッドオブアリエルとは形状の異なる杖は、やはり神々しくも幻想的であり、神秘の塊とでもいうような外見をしていた。

「さあ、始めましょう。正真正銘、最終最後の戦いです」

 ミエンディアは、杖を軽く振り、セツナを見据えた。風が起こり、砂が舞い上がる。異空の塵が光を乱反射して輝けば、ミエンディアの姿はより一層美しいものに見えた。

「わたしが勝ち、百万世界に真の静謐をもたらすか、あなたが勝ち、百万世界を混沌の渦に堕とすか、ふたつにひとつ」

「勝手なことをいうんじゃねえっての。俺は、あんたを斃すだけだぜ」

 セツナもまた、黒き矛を軽く振った。まるで何百年もの時間を異空の中で過ごしたかのような錯覚を「振り払うには、体を動かすのが手っ取り早い。実際、体を軽く動かすだけで、錆び付いてなどいないことがはっきりとわかったし、実際にはそれほど長い時間が経過していないこともわかった。

 体力も精神力も充溢している。異世界の破壊においても、同一存在の撃退においても、それほど消耗していないのだ。極めて万全に近い。

 一方、ミエンディアはどうか。

 彼女は、どういうわけか消耗している。消耗しきっている。だからこそ、セツナをこの異空の果てに連れてきたのだ。もはや搦め手を使うのは不可能に近く、正面から戦って斃す以外に道がないから。そこまで追い詰められている理由は、セツナにはまったくわからない。

 告げる。

「あんたを斃して、この五百余年に渡る戦いを終わらせる。それだけだ」

「……よろしい」

 ミエンディアは、小さくいった。

「あなたがそういうのであれば、それでも構いません。勝つのは、わたしですから」

 ミエンディアの宣言とともに、塵芥が舞い上がった。

 


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