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第三千六百六十三話 異空を翔ける(六)

 セツナがカオスブリンガーの力によって破壊した異世界は、ミエンディアによって即刻復元された。

 復元された異世界が破壊される以前と比較して寸分狂わぬ元通りだということは、見ればわかる。遠目にはただの光点だが、その光の波長は世界ごとに異なっており、復活した光の波長から完全無欠に復元したのだということがわかるのだ。

 そうでなくとも、手に取るようにわかるのが魔王の力だ。

 そして、それができるのが神理の鏡なのであり、シールドオブメサイアの恐ろしいところなのだ。

 故に、セツナは、なんの遠慮もなければ、情け容赦なく異世界を破壊できるのだ。

 ミエンディアが必ず復元させるという保証があるからこそ、やってのけられる。

 そういう意味では、魔王とは違うだろう。

 魔王ならばミエンディアの保証など必要とせず、邪知暴虐の限りを尽くし、破壊と混沌を撒き散らし、この世を暗澹たる絶望で塗り潰せるはずだ。

 実際、魔王はそうしようとした。

 セツナが期待外れだったがための最終手段として、イルス・ヴァレごとミエンディアを滅ぼそうとしたのだ。

 それまで徹底してイルス・ヴァレを破壊すまいと制御してきた魔王がなぜそのような決断を取ったのかといえば、ミエンディアを放置すれば、百万世界が統合され、すべてが原初の静寂に還ってしまうからだ。

 そうなってしまっては、たとえ魔王であろうともどうすることもできない。

 魔王自体が原初の静寂に取り込まれれば、為す術もないのだ。

 それでは、魔王が魔王として存在する意味がない。

 存在意義が露と消える。

 だから、魔王は、ミエンディアを斃そうとしたのであり、そのためにイルス・ヴァレが巻き添えになったとしても致し方がないと判断した。

 しかし、セツナが絶望を振り切ったことで状況は変わった。

 魔王は今一度セツナに期待することにしてくれたのだ。

 この力が、魔王の期待を一身に背負っているという証なのだ。

「わたしがいつイルス・ヴァレのひとびとに手をかけたというのですか。わたしはいつだって、ひとびとのため、いえ、イルス・ヴァレに生きるすべてのもののために力を使ってきました。大陸の統一も、人種の統一も、言語の統一も……すべては、イルス・ヴァレのため」

 深い憤りを込めて、ミエンディアはうなった。

「しかし、それだけではどうにもならないから、百万世界そのものを原初の静寂に還すのです。それがなぜあなたにはわからないのですか」

「わからないさ。わかるわけがないだろう。あんたのいっていることがどれだけ正しかろうと、どれだけ理に適っていようと、どれだけ百万世界のためなんだろうと、俺は、あんたほど賢くもなければ、絶望してもいないんだよ」

「絶望……!?」

「そうだろう。あんたは絶望しているんだ」

 セツナは、超神速の早さで突っ込んできたミエンディアの剣を矛で受け止めると、冷徹に告げた。瞬間、七支刀の七つの刃の切っ先から紅蓮の炎が噴き出し、セツナを包み込む。

「人間たちに。生き物たちに。世界に」

 神の怒りの如き猛火に包まれながら、セツナは続けた。全身の内、露出した部分の皮膚が灼かれ、激痛が生じるが、たいしたことはない。

 心底信頼し、愛していたひとたちが敵に回ること以上に辛いことなどなにひとつ存在しないのだ。

 この程度、どうということはなかった。

「だから、百万世界すべてを回帰させようっていうんだろう。けどそれは、あんたが否定した竜王たちのやりかたと同じじゃあないのか」

 燃やされながら左腕を伸ばし、“闇撫”でもってミエンディアを包み込み、自身に引き寄せる。紅蓮の炎がミエンディアに燃え移ったのは、それがやはりミエンディアの神威を由来とする炎ではないからだ。

 召喚武装ソードオブミカエルの炎。

「違う!」

 ミエンディアの絶叫とともに暴風が吹き荒び、猛火が吹き飛ばされた。セツナを包み込んでいた炎ごと、だ。それもシールドオブメサイアの眷属の力だろう。

「わたしは絶望などしていない!」

 ミエンディアが力強く宣言するも、セツナは、ただ冷笑しただけだった。ミエンディアの腕を蹴りつけて吹き飛ばし、同時に距離を取りつつ明後日の方向に“真・破壊光線”を乱れ撃つ。無数の黒き光芒が異空を駆け抜け、いくつもの光点を爆砕していく様は、それが異世界群であるという事実にさえ目を瞑れば、綺麗なものだった。

 無論、その事実を黙殺することなどできるわけはなく、そのたびに多量の命を奪っているのだということも忘れてはならない。

 血塗られていく。

 それこそ、これまでの戦いとは比較にならない速度で、血の十字架が重みを増していく。

 が、いまさらだ。

 なにもかもいまさらなのだ。

 もはや、セツナの凶行を止めることはなにものにもできないし、止めるわけにはいかなかった。

 それだけが唯一、絶対無敵の存在を地に堕とす戦法であり、手段なのだ。

 そう言い聞かせるようにして、凶行を重ねる。

 その頃には、炎に灼かれた傷も塞がり、痛みも消え失せている。魔王の魔力は、多少の傷など立ち所に回復してしまう。もっとも全能に近く、全知に近い存在なのだから、当然といえば当然だろう。だが、そんな存在でもってしても、神理の鏡は封殺できず、消耗戦に持ち込まなければならないのが、神理の鏡の凄まじい所だろう。

「だったらなんで統合なんて真似をするんだ? おかしいじゃないか。絶望していなけりゃ、他者を信じることができるっていうんなら、わざわざ、百万世界を統合して原初の静寂に戻す必要なんてねえだろ」

 セツナは、ミエンディアが神理の鏡を展開し、破壊された世界の復元に力を消耗していく様を見つめながら、いった。

「あんたほどの力があるなら、世界をより良い方向に導くことだってできるはずだ。なのに、あんたは……」

「いったはずですよ……わたしは、死してからの五百年間、イルス・ヴァレを見守り続けてきたと。そして、考え続けてきたのだと」

「その結論が百万世界の統合なんだろ」

「ええ、そうです」

「あんたが死んだ後、統一されたはずの大陸が戦乱の時代に逆戻りし、どれだけ時を経ても闘争を繰り返しているから……だよな。だから、あんたは決断した。イルス・ヴァレだけでなく、百万世界のすべてを統合し、原初の静寂へと回帰させる、と」

 そのとき、ミエンディアが殺到してきたのは、間違いなくセツナの凶行を止めるためだった。それは己の力が消耗させられることを恐れての行動などではない。純粋な正義感からであることは、疑う余地もなかった。

 そうなのだ。

 ミエンディアは、間違いなく勇者の資質を持っている。

 ならば、セツナはどうか。

「それを絶望といわずして、なんていうんだよ」

 傲岸に、不遜に、セツナは告げた。

 それはまさに魔王と呼ぶに相応しい有り様であり、その事実は、セツナ自身にもはっきりとわかっていた。


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