第三千六百六十二話 異空を翔ける(五)
「確かに俺は魔王だな。これは、魔王の所業だ。百万世界の魔王に比肩する悪行だな」
物凄まじい形相のミエンディアが撃ち込んできた神威弾が到達するより早く、セツナは、“真・破壊光線”を撃ち放った。視線はミエンディアに向けたまま、矛先は、あらぬ方向――どこかに瞬く光点を指し示し、昏き破壊の光もまた、その光点へと収束していくかのように殺到していく。
七色に光る異空を引き裂き、周囲に多大な破壊をもたらしながら、やがて光点に到達すると、容易く貫き、打ち砕いた。さらにその遙か後方に存在した光点にも突き刺さり、異空を震撼させるほどの大爆発を引き起こしたものだから、セツナは、勇者に向けて悪辣極まりない笑みを浮かべて見せた。
「いや、百万世界の魔王だって、ここまではしなかったか?」
「あなたは……!」
わなわなと怒りで体を震わせながら、ミエンディアが怒声を張り上げる。
その頃になって、ミエンディアの放った複数の神威弾がセツナに届いたが、当然、彼は対処した。彼を包み込むメイルオブドーターが生み出す分厚い重力場が神威弾の着弾を遅らせる中、“闇撫”を振るって巨大な光の塊を跳ね飛ばしたのだ。
「自分がなにをやっているのか、わかっているのですか!」
「わかっているさ。わかっているから、やっているんだ。さあ、どうした? さっさとしないと、失われた世界を元に戻せなくなるんじゃないのか?」
セツナが憎たらしげに煽れば、ミエンディアは全身から殺気を発しながらも神理の鏡を輝かせた。その瞬間、セツナが先程二枚抜きした異世界がふたつ、元通りに復活する。
(やはりそうか)
セツナは、ミエンディアの反応を見て、確信を持った。
神理の鏡の反射能力は、必ずしも万能ではない。概念的な能力であり、あらゆる事物を反射させることができるものの、おそらくある程度の時間内という制限があるはずだ。でなければ、限りなく時間を反射させ、すべての事象を最初の状態に戻すことだってできるはずであり、それができるのであれば、クオンだってもっとやりようがあったはずだ。
獅子神皇の誕生さえもなかったことにし、“大破壊”を起きなかったことにだってできたのではないか。
だが、クオンは、そうしなかった。そうできなかった。
クオンの性格上、できるのであれば実行しているに違いなく、実行していないといことは、神理の鏡の能力になにかしらの制限があると考えるべきだろう。
ミエンディアがセツナにいわれるまでもないというように破壊された異世界を元に戻したのも、きっとそのためだ。
セツナを攻撃するよりも、世界の復元を優先しなければならないのだ。
でなければ、ミエンディアの目的が叶えられなくなる。あるいは、叶えたとしても、不完全極まりないものとなるのだ。
だから、ミエンディアは、口惜しくともセツナの思い通りに動くしかない。
とはいえ、ただなすがままのミエンディアではない。
世界の復元が完了した瞬間には、セツナに攻撃を仕掛けてきていたのだ。
まさに超神速の早業であり、いまのセツナでなければ対処できない速度で畳みかけてきたのは、神威による攻撃の数々だった。弾幕といっていい。まばゆいばかりの光弾や光線が無数にばら撒かれ、セツナの元に一気に集中する。しかし、それらもまた、セツナが纏う重力場の鎧に引っかかり、“闇撫”に飲み込まれていく。
「ご覧の通り、俺は魔王だよ。だが、そうしたのはどこのどいつだ? 俺を魔王にしてしまったのは、いったいだれなんだよ。あんただろう。あんたが、俺を魔王にしてしまった。あんたがああしなければ、俺は魔王にならなかった。あんたが復活しなければ、あんたが俺の認識を改変してしまわなければ、俺は魔王になる必要がなかったんだ」
セツナは、ミエンディアの多重攻撃を捌ききって見せると、嘲笑った。
「そうだろう? 勇者ミエンディア」
もちろん、それは責任を転嫁するための言葉などではない。
魔王にされてしまったからといって、異世界を破壊し、その世界に息づいていたであろう幾多の命を奪ったのは、セツナだ。セツナ自身の意思と魔王の力が、世界を破壊した。命を奪った。その事実を覆すつもりもなければ、責任から逃れるつもりもない。
ただ、事実を述べているに過ぎない。
セツナが魔王になった原因を明らかにしただけのことだ。
ミエンディアの能力によって認識が変わってしまったが故に、セツナは、イルス・ヴァレのひとびとにとっての魔王となってしまった。そして、ミエンディアは、魔王打倒の急先鋒であり、勇者となったのだ。
それが、事実。
覆しようのない絶対的な現実。
あの世界における真実といってもいい。
故に、セツナは、魔王にならざるをえない。魔王以外にはなれないのだ。人類の、皇魔の、竜属、神属の敵となり、世界の敵となった以上、致し方のないことだ。
元より魔王を名乗っていたとはいえ、真の意味で魔王になったのは、そのときなのだ。
そして、魔王となったからには、だれよりも強欲で、だれよりも嫉妬し、だれよりも怠惰に、だれよりも暴食し、だれよりも憤怒を燃やし、だれよりも情愛に生き、だれよりも傲慢となろう。
傲岸不遜で悪辣無比に、振る舞おう。
百万世界の魔王に相応しく、戦おう。
それが、結果、ミエンディアを斃す唯一の方法なのだ。
「だからといって、世界を、数多の命を奪っていい理由にはならないでしょう!」
ミエンディアが叫び、右手を掲げる。悲痛な叫びだった。
セツナが真の意味で魔王となったように、彼女もまた、真の意味で勇者となったのだ。元より、世界を救うべく勇者となったのがミエンダという女性だった。ミエンディアと名乗ってからも、世界のことを考え、世界を真に救うにはどうすればいいのかと苦悩し続けていたのが、彼女なのだ。その苦しみは、手に取るようにわかるようだった。
だが、セツナは、冷笑する。
「あんたがいうなよ」
セツナは、ミエンディアの右手に神威が収斂し、一本の剣が出現するのを認めながら、“真・破壊光線”を撃ち放った。もちろん、ミエンディアに向かって、などではない。まったく別の方向へと無造作に発射した黒い光の奔流は、異空を駆け抜け、異世界を貫き、粉砕する。
神理の鏡の眷属にして紅蓮に輝く七支刀ソードオブミカエルを手にしたミエンディアだったが、まず彼女がしなければならなかったのは、セツナへの攻撃などではなく、事象の反射だった。
シールドオブメサイアが輝き、破壊された異世界が元通りに復元される。
一瞬の出来事だが、その一瞬のうちにセツナはさらに“真・破壊光線”を発射しているし、今度は、ミエンディアの反応を見ることもなく乱射した。
「あんたの存在が、イルス・ヴァレにどれだけの混乱をもたらし、どれだけの血を流させ、どれだけの命を奪ったのか、わかってんのかよ」
吐き捨てるように告げながら、異世界を破壊していく。
もはや、セツナの目的は、ミエンディアの打倒などではなく、いかにして異世界を破壊するかになっているかのようであり、ミエンディアにはそう受け取られても仕方がなかった。




