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第三千六百五十七話 聖皇問答(四)

「不幸な行き違いだと?」

「はい」

 ミエンディアは、臆することもなくうなずく。

「だって、そうでしょう? レオンガンドさんが獅子神皇となり、イルス・ヴァレに絶望を振り撒いたのも、“大破壊”なる天変地異が起きたのも、数百年の時を経て、生まれ変わったわたしの考え方をだれも知らなかったからこそ。もし、わたしがイルス・ヴァレの破滅を望まず、ただ、百万世界に真の平穏と幸福をもたらすのだと知っていれば、クオンさんたちが犠牲になることはありませんでしたし、“大破壊”も起きなかったのです」

 セツナは、ただ、聞いているしかない。

「そして、レオンガンドさんが獅子神皇になることも」

 それはつまり、“大破壊”以降の世界が存在しないということだが、しかし、どうしても避けられないこともまた、存在する。

「だが……そのためには、あんたが復活するためには、儀式を行う必要があったんじゃないのか? 多くの血と死を必要としたんじゃないのか! 最終戦争が起きたのだって――」

「それも、不幸な行き違いですよ」

「なんだと」

「三大勢力が“約束の地”を求めて動き出した時点で、既にわたしが復活するのに必要なだけの犠牲は払われていたのです」

 衝撃的な事実を聞いて、セツナは、ただただ唖然とした。

 では、一体、あの戦争はなんだったのか。

「わたしが大陸に刻みつけた術式は、五百年もの長きときを生き続けていました。ひとびとは、その間、静かに暮らしていられましたか? 平静と安穏に包まれた生活を続けることができましたか? できなかったでしょう。わたしの死を契機とする戦国乱世は、いつまでも続いていました。血は流れ、死が満ち――魂だけのわたしは、儀式の完成を待つのみとなったのです」

「つまり……最終戦争なんていらなかったっていいたいのか、あんたは」

「ええ……そうなりますね」

 ミエンディアは、どこか悲しそうにいった。最終戦争によって失われた大量の命に対し、申し訳ないとでもいわんばかりであり、彼女のそういった態度がセツナには気に入らなかった。

「これもまた、不幸な行き違いというほかありません。三大勢力がなぜ、最終戦争を起こしたのか、わかりますか?」

「……背後にいる神々が“約束の地”を巡って争ったからだ」

「はい。ナリア神にせよ、エベル神にせよ、ヴァシュタラの神々にせよ、皆、大きな勘違いをしていたのです」

「勘違い……?」

「彼らは、“約束の地”を手に入れたものだけが、復活したわたしによって送還させてもられると想っていたようなのです。ですから、神々は相争うようにして、“約束の地”を探し、最終戦争へと発展してしまった。それはすべて、復活したわたしが、かつて契約を結んだすべての神々を等しく送還するという当たり前のことがわかっていなかったために起こった悲劇なのです」

 ミエンディアは、嘆かわしそうにいった。

 “約束の地”をいち早く見つけなければ、本来在るべき世界に還ること叶わず、イルス・ヴァレに永遠に縛り付けられるのではないかという恐怖心は、当事者である神々にしかわからないことではある。しかしながら、神々が全身全霊を懸けて、“約束の地”争奪戦を行っていた事情は理解できなくもなかった。だが、そんな神々の行動が、ただの思い込みによる勘違いに端を発するなどといわれて、納得できるわけもなかった。

 考えてみれば、当然のことではあるのだが、しかしだ。

「あんたは、神々に働きかけられなかったのかよ。争う必要はない、と、一言でもいえなかったのか?」

「死人に口なしですから」

「……そうかい」

「ですが、もう安心してください。これより先、このような不幸な行き違いはなくなるのですから」

「それが……世界の統合ってやつか」

「御名答」

 ミエンディアは、セツナの察しの良さを褒め称えるように微笑んだ。無論、セツナはそんな笑顔を向けられても、嬉しくもなんともなかった。むしろ、腹立ちが膨れ上がる。

 完全にして完璧なる聖皇ミエンディアには、付け入る隙がない。怒りをぶつけようにも無駄になることは明らかであり、無意味に力を消耗することが許されない以上、その話を聞いているしかないのだ。強引に隙を作ることも考えるのだが、それも簡単ではない。

「なぜ、このような不幸な行き違いが起こるのか。なぜ、ひとびとは事あるごとに相争い、軋轢が生まれ、衝突し、奪い合い、殺し合うのか。なぜ、話し合い、許し合い、認め合い、わかり合えないのか。だれもが皆、ただ生きていくという単純なことができないのか。なぜ、この世はこんなにも不平等で、不均衡で、不安定で、不完全なのか。なぜ、こんなにも理不尽極まりないのか――そんな疑問を持ったことは、ありませんか?」

 などとミエンディアに問われて、セツナは、仕方なく口を開いた。

「あるとも。だからなんだ? いくら考えたって答えなんて出ねえよ」

「いいえ。答えはあるのです」

 ミエンディアが頭を振った。確信に満ちた発言には、力が在った。

「すべての最初、原初の静寂には、完全がありました」

 ミエンディアが指し示した空間に、巨大な光の塊が具象する。ミエンディアの神威によって生み出された光の塊とは異なり、なぜか懐かしさを感じるものだった。

 それが原初の静寂とやらに存在したという完全なものだとでもいうのだろうか。

「すべてが満たされ、争いも軋轢も衝突も奪い合う必要性も殺し合いに発展する可能性すらもなく、ただただ完全なるものがあったのです。それは永遠にして不滅なるものであり、全知であり、全能でもありました。しかし、あるとき、それは分かたれてしまった」

 巨大な光の塊が砕け散り、四方八方に飛び散っていく。そして、飛び散った先で、それぞれ球体を作っていった。

「百万の世界に分かたれ、数多の存在に分かたれ、数多の生命に分かたれ、数多の人種に分かたれ、数多の心に分かたれ、数多の考え方、数多の理念、数多の思想、数多の意思へと分かたれていきました。百万の世界と世界の間に異空が満ちたように、数多の存在の間にも壁が生じ、すべてが分断されてしまったのです」

 無数の球体の中で蠢く無数の陰は、ミエンディアの語る数多の存在、数多の生物なのだろうか。

「やがて、すべてのものの間で不和が生じるようになったのもそのためでしょう」

 それら無数の球体の中からひとつだけがミエンディアの手元に引き寄せられた。その球体の中をよく見れば、極めて小さいながらもかつてのワーグラーン大陸と思しき大地が見える。その大地もばらばらになってしまった。まるでいままさに“大破壊”が起きたかのように。

「本来は完全にして完璧だったはずの一個の存在が、どういうわけかばらばらに分断されてしまった結果、様々な考え方が生まれ、対立が生まれ、軋轢が生まれ、衝突し、相争い、傷つけ合い、奪い合い、殺し合うまでになってしまった……」

 ミエンディアは、手の中の球体も、周囲に浮かべていた球体も、すべて消し去ると、こちらに視線を向けてきた。

「悲しいことだとは想いませんか?」

「……それはそれは随分とまた悲しい話だな」

「信じていませんね?」

「いきなりそんな突拍子もない話をされて、はいそうですかと信じる奴がいるかよ」

 吐き捨てるように告げて、セツナはミエンディアを睨んだ。

 ミエンディアが説明したのは、世界の成り立ちについて、なのだろうが。

「それにな。あんたの目的が完全にわかったんだ。だったら、止めるしかないだろ」

 


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