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第三千六百四十七話 絶望の中の希望(十一)

「我を止める……だと?」

 魔王が、一笑に付した。

 魔王にしてみれば、たかが人間風情がなにをいうのか、というところだろうし、セツナとしても震えが止まらなかった。

 明らかな愚行だ。

 そんなことは考えずともわかる。

 セツナには、対抗手段がない。ここは魔界であり、最強の武器である黒き矛は召喚できない。そもそもの話、魔王こそカオスブリンガーの本体であり、それを敵に回そうというのだから、馬鹿げている。

 隙を突いて武装召喚術を用いることさえできれば、なにかしらの戦闘手段を得ることができるだろうが、百万世界の魔王とその眷属たちを相手に戦えるほどのものが呼び出せるかどうかは賭けになる。仮にそんな代物が呼び出せたとして、この魔界中の戦力を相手にしなければならなくなるというのであれば、勝ち目は薄い。

 いや、絶無といっていい。

 セツナの背筋が凍るのも無理のない話だった。

 だが、それでも、セツナはここで退くわけにはいかなかった。

 魔王は、イルス・ヴァレごと聖皇を滅ぼそうとしているのだ。それがただの大言壮語などではないことは、魔王の力量を身を以て知っているセツナだからこそ理解できる。魔王の杖というだけでも神々が忌み嫌い、その護持者を抹消しようとするほどなのだ。魔王が真価を発揮したならば、世界のひとつやふたつ、容易く滅ぼすことができるだろう。。

 つまり、イルス・ヴァレは、またしても滅亡の危機に曝されたというわけだ。

 魔王率いる軍勢による一大侵攻作戦は、おそらく成功するだろう。聖皇ミエンディアの打倒も成功するかもしれない。しかし、その結果、イルス・ヴァレが滅びるのであれば、なんの意味があるというのだろう。

 イルス・ヴァレが滅びれば、ファリアたちも生きてはいられないだろう。

 それでは、セツナがこれまで戦ってきた意味が失われてしまう。

 セツナの存在意義そのものが消えてしまうのだ。

 だから、だろう。

 セツナの絶望に沈んだ心に火が点いた。

 それはほんの小さな火だ。絶望の暗黒を照らし、焼き払うには余りにもか細く、か弱い。だが、その小さな火が、凍り付いていたセツナの血を溶かし、巡らせ、体を動かさせたのも事実だった。体が熱い。燃えるようだ。

 絶望的な状況に変わりはないというのに、燃えている。

 すると、六腹心が一斉に動いた。

 それまで傅いていた眷属たちが、一瞬にしてセツナを包囲したのだ。

「血迷ったか、セツナ」

「ああん、もう」

「馬鹿なのかな……」

「愚かじゃのう」

「俺としちゃ、悪くねえが」

「君はもう少し賢い人間だと想っていたよ」

 六者六様というべきか、腹心たちはそれぞれ似たような、それでいて異なる反応を示した。ランスオブデザイアは怒りを覗かせ、メイルオブドーターは困ったような顔をして、ロッドオブエンヴィーはうんざりしたように、マスクオブディスペアは呆れ果てたような顔をした。アックスオブアンビションはどこか愉しそうにしている一方、エッジオブサーストは落胆を隠せないといった表情だった。

「随分と買いかぶってくれたもんだ」

 セツナは、エッジオブサーストに対して告げた。

「俺はどうしようもないくらいの大馬鹿野郎なんだよ」

「……まったく、残念だよ」

 エッジオブサーストが冷淡にも得物を取り出そうとしたそのとき、魔王が眷属たちを制した。

「まあ、待て」

「陛下……しかし」

「待てといった」

「……はっ」

 反論を許さないというような魔王の威に打たれたのか、エッジオブサーストを始めとする腹心たちがセツナと距離を取った。

「セツナよ。おまえは、なにか勘違いしているのではないか?」

 魔王は、嘲笑うでもなく、皮肉げにいうでもなく、淡々と、事実を述べるようにいった。

「勘違い……?」

「おまえは絶望した。絶望してしまったのだ。もはやおまえに勝機はなく、未来もない。このまま絶望の闇の深淵に堕ちるのが定めというもの。それがおまえなのだ。おまえという存在に架せられた運命なのだ」

 魔王の深紅の目が、セツナを見据えている。血のように赤黒く、煉獄の炎のように真っ赤な瞳。その奥底には、無限の闇が覗いている。遙か久遠の彼方まで続く無明長夜。明けることのない絶望の闇が、魔王の瞳の奥底からセツナを見つめている。

「おまえには、もはやなにもできない。おまえには、なんの価値もない」

 魔王は、告げる。

「イルス・ヴァレがそうだ。おまえに希望を見出し、おまえに未来を託したものたちはどうなった? 彼奴の力によって、とはいえ、いまやだれもがおまえに絶望し、おまえを憎悪し、おまえを敵視しているのだぞ? あの世界には、おまえの居場所はなく、おまえを求めるものもいない。だれも、おまえを必要としてはいないのだ。それなのにどうして、おまえは、我を止めるなどというのだ? 我を止めてどうする? それがおまえにとってなんになるというのだ。我らがイルス・ヴァレへの侵攻を止めたところで、状況はなにひとつ変わらぬぞ。だれもおまえに感謝などしない。だれもおまえの戦いなど知ったことではないのだからな」

 セツナは、魔王の呪詛のような言葉を聞いて、むしろ、ほっとした。

 それは、わかりきっていたことだからだ。

 既にマユラ神から突きつけられていた現実であり、事実であり、真実だ。

 ファリアたちがみずからの意志で敵に回り、聖皇に味方しているという現実。

 もはやセツナの声は届かず、彼女たちの幸福のためには、自分の存在こそが不要だという絶望的な真実。

 そして、その事実から目を背け、耳を塞ぎ、見て見ぬ振りを、知らない振りをしてきた結果が、いまだ。本当は、心の奥底では、信じられないくらいに絶望し、堕ちに堕ちていたのだ。

 だから、ここにいる。

 魔王がセツナの絶望を感じ取り、魔界へと強制的に連れ去った。

 それが、契約だからだ。

 セツナが黒き矛カオスブリンガーと交わした契約。

 絶望した暁には、身も心も明け渡すという約束。

 故に、セツナはここにいる。

 契約に従うのであれば、いまこそ魔王の御前に跪き、その身も心も差し出さなければならない。

 心底絶望し、すべてを諦めたのであれば、だ。

 だが、セツナは、まだ諦めてはいなかった。

 絶望は、した。してしまった。そればかりはどうすることもできない。否定できない事実という奴だ。けれども、セツナは、いままさに立ち直ってしまった。

 絶望の深淵に灯った火が、いまや燃え盛る紅蓮の炎となって心の闇を灼き焦がし、命を燃え上がらせている。

「なのに、なぜだ」

 魔王が、初めて動揺を見せた。

「なぜ、おまえは、まだ立ち向かおうとしている?」

「……あんたは、俺の心を俺よりもよく理解しているはずじゃないのか」

 メイルオブドーターがそういっていたように、魔王も、セツナの心を感じていたはずだ。召喚武装と召喚者の絆は、魂の次元で結びつき、絡まり合う。故に、召喚者は召喚武装の意思を感じ取り、心を通わせ会うことだってできるのだ。

 逆もまた然りだ。

 魔王は、カオスブリンガーなのだ。

 セツナが一番長く愛用してきた召喚武装であり、もっとも強大な力を持つ召喚武装でもある。魂の次元での結びつきは深く、だからこそ、彼は、セツナのことをだれよりも理解しているはずだった。

 それは、セツナにもいえることだった。

 セツナは、魔王の瞳の奥底に絶望を見ていた。

 だが、それがただの絶望ではないこともまた、理解した。

 

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