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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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第三千六百四十一話 絶望の中の希望(五)

 エッジオブサーストによる時間静止は、文字通り問答無用で時間を止める能力だ。

 時間に囚われることのない神々にこそ効かないが、神の力を借りているだけの神卓騎士たち、その真躯の動きを封じ、攻撃をかわすには十分過ぎるほどの効力を発揮した。

 五体の真躯による情け容赦のない猛攻も、静止した時間の中では恐ろしくもなんともない。

 オールラウンドオーバーも、セブンスヘブンズアイも、ハイパワードレッドも、ダブルフルカラーズも、そしてライトブライトワールドも、凍り付いたように動きを止めている。

 セツナは、彼らを一瞥し、上空高く飛び上がった。

 時間静止能力は、敵味方の区別なく作用する。

 当然、トワも時間静止の対象となるのだが、彼女は神属だ。

 “闇撫”の中から解放された彼女は、当たり前のようにセツナについてきており、時間静止への耐性を持っていることが明らかだった。

 もちろん、セツナもそれがわかっているから時間静止能力を使ったのだが。

 静止した時間の中を飛ぶ。

 時間静止が解除されたとき、神卓騎士たちにはセツナが忽然と姿を消したことになるに違いない。彼らの心情を思うと複雑極まりないが、こればかりはどうしようもなかった。

 彼らにやられるわけにはいかない。

 そのとき、左右から神威を感じた。

「兄様!」

 トワが警告を発したときには、高速回転する光の輪がセツナたちを包囲していた。それは紛れもなく神の力であり、しかも静止した時間の中で動いているということは、その神の力がとてつもなく強大だということを示しているのではないか。

 並の神ならば、神自身は時間静止を無視しても、静止した世界に干渉することはできないのだ。

「わたしのことをすっかり忘れていたようだな」

「忘れちゃあいないさ。ただ……」

 セツナは、無数の光輪を周囲に漂わせるマユラ神を見遣り、告げた。

「相手をするだけ無駄だと判断しただけだ」 

「……随分と見くびられたものだ」

 冷ややかに、マユラ神。

 セツナたちを包囲していた無数の光輪が同時に襲いかかってきた。

 しかし、セツナは、慌てず騒がず、時間静止を解除するのと同時にトワを抱き寄せた。全周囲に魔力を発散する。いわゆる“全力攻撃”だ。自身を中心とする広範囲を消し飛ばす破壊の奔流。魔王の力によって、その威力は飛躍的に向上しており、ラグナを斃したときとは比較にならなかった。

 殺到する光輪の尽くを粉砕し、マユラ神に後退を余儀なくさせたのを確認すると、セツナは、すぐさま飛んだ。

 マユラ神がどういうわけか以前にも増して強くなっているのは明らかだが、だからといって相手をしている暇も理由もない。

「どこにも逃げ場などはないというのに」

「逃げる? だれが逃げるってんだよ」

「この状況でまだ強がるか」

「これが強がりなものかよ」

 血反吐を吐くような想いで言い返しながら、セツナは飛んでいく。全速力で、イルス・ヴァレの空を駆け抜けるのだ。

 目的地は、決まっている。

 ミエンディアの元へ。

 ミエンディアが移動していなければ、いまも変わらずあの場所にいるだろう。獅子神皇と、ミエンディアとの激闘の果て、壊滅状態となったガンディア小大陸、その上空。そして、ミエンディアが移動していないこともわかっていた。

 感じるのだ。

 ミエンディアの巨大すぎる力は、この世界中に多大な影響を与えている。膨大極まりない神威がイルス・ヴァレ全土の気候までも狂わせ、気温を上昇させていた。

 世界を改変するほどの力を持っていたのがかつてのミエンディアだ。そして、現在のミエンディアは、五百年前当時のミエンディアよりも遙かに大きな力を持っている。クオンの肉体を依り代とし、神理の鏡を手にしたことによる恩恵がそれだ。

 その恩恵による力の増大は、皮肉にもその存在をセツナにはっきりと感知させるに至っているのだが、ミエンディアは気にしてもいないに違いない。

 セツナは、一度、逃げている。

 ファリアたちが敵に回り、全員に激しい殺意と狂おしいまでの絶望を向けられたことで、戦っていられなくなったからだ。

 いくらファリアたちが自分の意志で敵に回り、セツナを斃そうとしているからといって、はいそうですかと納得し、切り替え、戦うことなどできるわけもなかった。

 ファリアたちにとってセツナは敵なのだろうが、セツナにとってファリアたちはいまもなお愛しいひとたちであり、護るべき仲間であり、幸福を願うひとびとなのだ。

 傷つけることはもちろんのこと、斃すことなどあり得ない。

 故に、ミエンディアから一度離れるしかなかった。

 ファリアたちがミエンディアの側にいる以上、下手なことはできない。

 ミエンディアだけを攻撃対象にしたとして、巻き込まないとも限らないし、彼女たちがミエンディアを護るために全力を尽くせば、セツナとて立ち往生するしかなくなる。

 だから、距離を取った。

 遙かベノアガルドの大地に飛び、来たるべきときを待ったのだ。

 そして、ときは来た。

「どれだけ強がろうとも、状況はなにひとつ良くならぬぞ、魔王よ」

 マユラ神の嘲笑が聞こえてきたのと同時だった。

 頭上に光が差したのだ。

 見上げれば、蒼穹を歪めるようにして無数の光の波紋が広がり、空が激しく波打っていた。光の波紋を凝視すれば、それが無数の文字からなる輪であり、それが幾重にも重なり合うようにして広がることで、さながら魔方陣のようになっていた。

 光り輝く文字で構成された魔方陣。

 それも十や二十では足りないくらいの数だ。

 優に百は超えるだろう。

「兄様……」

 トワの心配そうな声が耳朶に突き刺さるように聞こえたのは、セツナにもなにが起ころうとしているのかわかっていたからだ。

 未来を見たわけではないが、わからないはずがない。

 ベノアガルドに転移した直後に現れたマユラ神、それに続いて襲いかかってきた神卓騎士たちのことを思えば、つぎに起こりそうなことくらい想像できるだろう。

 ミエンディアが、セツナを放置しておくわけがない。

 この世界のすべてが自分の味方になったミエンディアにとって、唯一警戒するべき対象なのが、セツナなのだ。

 そして、カオスブリンガー。

 魔王の杖と、そこから溢れる魔王の力は、いかに百万世界の神々の力を得たミエンディアといえども、見過ごしていい存在ではないのだ。

 だから、それらはやってきた。

 空を覆い尽くすかの如く無数に出現した魔方陣の中心より、降ってくるかのように出現したのは、やはり、セツナを敵と見做すものたちだったのだが、その様子からはただならぬものを感じた。

 白くまばゆい光を放つそれらの姿は、まるで神話や伝説に謳われる天使のようであり――

「天使……だな」

 セツナは、皮肉と自嘲を込めてつぶやくと、まず眼前に降ってきた男と対峙した。

 刀身の折れた剣を携えたその男は、絶望的な表情でセツナを見つめていた。

 シグルド=フォリアー。

 

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