第三千六百四十話 絶望の中の希望(四)
上空の七つの目が瞬けば、七つの光芒が降り注ぎ、氷の牢獄ごと周囲一帯を爆砕する。連続的な大爆発が熱風と氷片を吹き飛ばし、撒き散らしていく中で、雷光と巨大剣が閃く。
オールラウンドオーバーとハイパワードレッドによる二度目の挟撃。
今度は、頭上と眼下からの挟み撃ちであり、セツナは、稲妻の如く降ってくる真躯には矛で、衝撃波を伴って迫り来る真躯には足で対応した。
雷光の剣撃を矛の切っ先で受け止め、ディヴァインドレッドから受け継いだのだろう巨大剣を足甲の斧刃で弾き返したのだ。
「問答無用だな」
セツナがつぶやけば、炎と雷の化身は、憤怒の如く燃え上がった。
「当然だろう!」
雷火を引いてセツナから飛び離れながら、シドが叫んだ。怒りに満ちた声は、彼の魂の叫びだった。彼が本心から嘆き、哀しみ、怒りに打ち震えていることが真っ直ぐに伝わってくる。
「君は我々の期待を裏切り、信頼を踏みにじったのだ
!」
「俺たちだけじゃねえぞ!」
「ミヴューラ様の決意も覚悟もすべて……!」
ベインが吼え、ルヴェリスが嘆く。
それとともに閃光が奔ったかと思うと、凄まじい神威が吹き荒れ、セツナを飲み込んだ。獰猛な光の嵐から身を守りながら、シドが飛び離れた意図を悟る。
シドとベインの挟撃は、セツナをこの場に引きつけておくための陽動に過ぎなかったのだ。そして、その陽動作戦の本命は、この光だ。
莫大な神威による怒濤の攻撃。
だが、瞬時に展開した防御障壁がセツナの身を守っており、神卓騎士たちの命懸けの猛攻も意味を為さない。
もっとも、セツナは、その光の渦の中で唇を噛むほかなかったのだが。
「兄様、トワはだいじょうぶだよ」
「ああ……そうだな」
“闇撫”の中からのトワの訴えにうなずくも、光の奔流はいまもなお激しく渦巻いており、トワを解放するわけにはいかなかった。いまトワを解き放てば、巻き添えになるだろう。
それが神卓騎士たちの意図ではなかったとしても、だ。
これほどの威力と範囲の攻撃では、予期せぬ犠牲を出しかねない。
とはいえ、いつまでも耐え続けている場合ではない。
この状況を脱しなければ、どうにもならないのだ。
(俺は……)
彼らと戦うわけにはいかない。傷つけるなど以ての外だ。
神卓騎士たちは本気でセツナを斃そうとしている。それも、自分たちの意志で、だ。
だれもがセツナを裏切り者と信じていて、それが彼らの真実である以上、なにをいったところで無駄なのだ。
マユラ神はいった。
セツナに寄せる想いが強ければ強いほど、反転した想いもまた、強く、深くなるのだ、と。
神卓騎士たちがセツナに寄せた想いの強さ、深さは、痛いほど知っている。
特にシドは、“大破壊”以前からセツナに信を置き、期待してくれてもいた。“大破壊”後に再会したときの彼の喜びようには苦笑したものだ。
そして、オズフェルト・ザン=ウォード。
この神々しくも破壊的な光の渦は、彼の真躯ライトブライトワールドによるものだということは、確認するまでもなくわかる。
他の真躯も並外れて強力な存在なのだが、特にライトブライトワールドの力というのは、群を抜いているのだ。
なにせ、ライトブライトワールドは、真躯ライトブライトと真躯ワールドガーディアンが融合した存在であり、救世神ミヴューラとの合一によって神をも越える力を持っていた。
救世神ミヴューラが獅子神皇の前に敗れ去り、消失したことで、その依り代であったライトブライトワールドがオズフェルトごと消滅したのではないかと心配していたのだが、どうやら、オズフェルトは生き延びてくれていたようだ。
その点は、胸を撫で下ろす。
たとえ、彼とミヴューラ神の犠牲によって勝利を掴み取ることができたとしても、それでは後味が悪いとしかいいようがない。
一方で、彼らがどうやって真躯を顕現させたのかが気になった。
真躯とは、救世神の加護と祝福によって成り立っていたのであり、そこに救いを求めるひとびとの声が合わさったことで無双の力を発揮していたのだ。
ミヴューラ神が消失したいま、彼らが真躯を顕現できる理屈はない。
ただし、ほかの神々に力を借りたのであれば、話は別だ。
この世界に存在するすべてのものがセツナの敵に回ったのだ。
神々が神卓騎士に協力を申し出たとしても、なんら不思議ではなかったし、むしろ道理に適うことだった。
逆巻く光の奔流の中を突き進んでくる気配があった。
強大な神威を放つそれは、光の中に影を落とし、その圧倒的な巨躯と極大剣をセツナに見せつけてくる。
騎士団長オズフェルト・ザン=ウォードの真躯ライトブライトワールドだ。
「あなたはなぜ、我々を――いや、ミヴューラ様を裏切ったのだ!」
オズフェルトの絶叫が、魂の慟哭が、光を激しく震撼させ、極大剣がそれ以上の輝きを発する。光を吹き飛ばすほどの輝きが、セツナに肉薄する。
セツナは、なにも言い返さない。
ただ、防御障壁を両断し、眼前まで迫ってきた極大剣をカオスブリンガーで受け止め、ライトブライトワールドの憤怒に満ちた形相を見つめ返すことしかできなかった。
いったところで無駄なことはわかりきっている。
ミエンディアが起こした奇跡によって、セツナを取り巻く状況は反転してしまった。
だれもがセツナを敵と見做し、ミエンディアこそこの世の希望と仰いでいる。それはミエンディアの影響下にあるすべての存在の真実であり、この世界の事実なのだ。
セツナが直面した最低最悪の現実でもある。
だからといって、自暴自棄には、ならない。
やるべきことは変わらないのだし、そのために戦い続けてきたのだから、いまさらなにをいうことがあるというのか。
防御障壁が断ち切られたことで、光の渦が全身を包み込み、露出した皮膚を灼いていくが、構わなかった。光に灼かれる痛みなど、心に刻み続けられていく痛みに比べれば遙かにましだ。
「なぜ、黙っている!」
悲痛なまでの叫び声は、オズフェルトがセツナをどれだけ信頼し、どれだけ期待していたか、そして、裏切られたことでどれほど深く傷ついたのかがわかるものだった。
それは、ほかの神卓騎士も同じだ。
シド、ベイン、ロウファ、ルヴェリス――神卓騎士たちは、だれもかれもがセツナを信じ、セツナに期待し、セツナに託していたのだ。
だからこそ、皆、絶望的な声を上げている。
彼らの嘆きが、哀しみが、痛みが、津波となって押し寄せ、セツナの意気をも飲み込んでいく。
それがたとえミエンディアの仕業なのだとしても、彼らの心を深く傷つけてしまっている事実は否定できなかったし、故にこそ、なにも言い返さず、受け止めるのだ。
極大剣の分厚く巨大な刀身を“闇撫”で掴み、強引に逸らす。
そして、間髪入れずに飛び立ち、ライトブライトワールドの間合いから離れる。瞬間、雷鳴が轟き、光が瞬いた。さらに轟音と暴風が迫り来る。
真躯による四方からの同時攻撃だ。
彼らのやりきれなさが伝わってくるような、そんな猛攻。
だが、セツナは、それを受けてやるわけにはいかなかった。
「……すべて終わらせるから、それで許してくれよ」
セツナは、静止した時間の中で、神卓騎士たちに向かって告げた。




