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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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第三千六百三十六話 希望の中の絶望

 カオスブリンガーの基本能力である血を触媒とする空間転移により、セツナは姿を消した。

 土壇場で仲間たちを裏切り、この世に救いをもたらすものである聖皇ミエンディア・レイグナス=ワーグラーンに仇なし、世界全土、イルス・ヴァレに生きとし生けるものの敵対者となったセツナの逃亡は、その場にいたものたち全員の落胆と失望を誘っていた。

 ファリア、ルウファ、ミリュウ、ラグナ、シーラ、エスク、ウルク、エリナ、エリルアルム、エインたちのことだ。

 だれもが、セツナが裏切ったのだと想っていたし、自分たちこそが裏切られたのだと信じていた。それが彼女たちの真実であり、事実なのだ。

 いや、世界の真実というべきか。

 世界は、聖皇によって救われようとしていた。

 およそ五百年前、腹心たる聖皇六将の裏切りによって命を落とした聖皇ミエンディア。世界と交わした約束は、数年前、聖皇との約定と果たそうとした皇神たちによって成し遂げられようとしたが、残念ながら失敗に終わった。

 それから数年の後、完全なる復活を果たした聖皇は、イルス・ヴァレを滅亡の未来から救うべく立ち上がったのだ。

 それこそ、イルス・ヴァレとの約束を果たすため。

 だというのに、セツナがミエンディアの敵に回った。

 世界を救う勇者に敵対するもの――即ち、魔王として。

 百万世界にただひとり存在する魔王の中の魔王の如く、立ちはだかったのだ。

 だから、彼女たちは、立ち向かうしかなかった。

「セツナ……どうしてなのよ……」

 絶望的な声をもらしたのは、ファリアだ。

 ミエンディアを護るべく、セツナに立ち向かい、彼と交戦したものたちは、一様にして彼女と同じような表情をしていた。

 だれもが心に負った致命的な痛みを受け止めきれず、悲壮感と絶望感に苛まれながら、苦悩し、嘆き、叫びたがっている。

 だが、感傷に浸っている時間的猶予はなかった。

 セツナが空間転移によってこことは違うどこかへ逃げてしまったのだ。

 彼の実力については、ファリアたちほど理解しているものはいないだろう。一騎当千、百戦錬磨などという評価すら生温い、圧倒的、絶対的な力を持った存在が、彼だ。百万世界の魔王の化身といっても過言ではなく、その一撃は、世界にとって致命的なものになりかねない。

 放っておけば、どうなるかわかったものではなかった。

 ミエンディアによる救いが訪れるよりも早く、世界に終焉がもたらされる可能性だってないわけではない。

 なぜならば、彼は魔王だからだ。

 ついさっきまでだれよりも頼もしく、心より信頼していたはずの人物が、突如として敵に回っただけでなく、この世界の行く末の鍵を握る存在となったということだ。

「泣きたいのはあたしも同じだけどさ、いまは、セツナを追うのが先決じゃない?」

「ミリュウ……」

 ファリアが視線を向けた先では、ミリュウが心苦しそうな表情をしていた。彼女とて、心の整理がついていないに違いない。もしかするとファリア以上にセツナに依存し、セツナをだれよりも愛していると公言していたのがミリュウなのだ。そんな彼女が、セツナの裏切り行為に血反吐を吐くような想いを抱くのは想像に難くない。

 絶望的な気分だろう。

「そう……よね。うん……」

「そうだぜ……。いいたいことはいろいろあるが、いまは、ミリュウのいうとおりにするべきだな」

「うむ。セツナがなにを考え、あのような凶行に及んだのかについては、直接本人に問い質すしかあるまい」

 苦い顔をしたシーラに続き、ラグナシア=エルム・ドラースも苦渋に満ちた表情で述べた。この空間には、絶望しかない。

 だれもがこの状況に絶望し、希望を見失っている。

 聖皇によって世界が救われる目前の希望に満ちた状況だというのにだ。

 この状況にあまりに不釣り合いな感情のぶつかり合いを感じて、彼は、ただ黙想する。

「セツナがなにを考えていようと、ミエンディアの邪魔をするのは間違いです」

 ウルクが断言すると、その場にいた全員がうなずいた。

 セツナに命を与えられ、セツナたちとの交流によって精神的成長を遂げた魔晶人形でさえ、そう判断する。それがだれにとっても間違いのない判断であり、正義だということはわかりきっていた。

 ただひとり、訝しげな表情で小首を傾げたままの少女を除いて。

 そんな少女の様子が気にかかったのか、エリナが彼女に話しかけた。

「トワちゃん……だいじょうぶ?」

 トワと呼ばれた少女姿の女神は、エリナの問いかけには答えなかった。

 ただ、頭を振り、忽然と姿を消した。

 それが神威による空間転移だということを認識できたのは、彼とミエンディアくらいだろう。

「トワちゃん!?」

「どういうこと?」

「なんで消えたんだ? あの子」

「そりゃあセツナの妹みたいなものなんだぜ? 消えたくもなるだろ」

 などと口々に言い合う連中を見遣り、それから、聖皇に視線を向ける。

 瞑想中のミエンディアは、この状況にあっても口を開かなかった。

 


 空間転移は、いままでにないくらい完璧だった。

 視界の暗転もなければ、感覚の断絶もなく、すべてが連続的に繋がったまま、目的地に辿り着いたのだ。それは、紛れもなく魔王の力のおかげであり、完全武装・深化融合が完璧なものとなっていることの証明だったのだろう。

 だからといって、喜べるわけもない。

 むしろ、先程の状況から感覚が地続きだということのほうが嬉しくなかった。

 空間転移によって感覚が断絶し、一瞬でも、意識が真っ黒の闇に飲まれたほうがよかったのではないかと思えるほどに最低最悪の気分だった。

 全身、至る所が悲鳴を上げている。傷という傷が疼き、皮膚も骨も内臓も絶叫している。生きているのが不思議なくらいだ。

 そもそも、ナルンニルノル突入以降の連戦によって激しく消耗していた上で、余力を残さずミエンディアを討とうとした。全身全霊の力を込めて、聖皇を滅ぼそうとしたのだ。その一撃には、セツナの魂が込められていたといっても過言ではない。

 それが無駄に終わった上で、セツナの仲間たちが敵に回った。

 ファリアが、ルウファが、ミリュウが――だれもかれもがミエンディアの側につき、セツナを攻撃した。セツナに立ちはだかり、セツナを罵倒した。裏切られた、と、絶望的な声を上げていた。

 絶望したいのはこちらのほうだ、と、いいたかった。

 いったところでどうなるものでもない。

 それはわかっている。

 わかっているのだが。

(ここは……どこだ?)

 ふと、気づく。

 血を触媒とする空間転移は、もちろん、セツナの意思によって転移先を選ぶことができるのだが、咄嗟のこともあり、なにも考えずに発動してしまっていた。そのため、転移先がどこなのかまったく想像がつかなかった。

 いまにも倒れそうな体を矛を杖代わりにすることで支えながら、顔を上げる。

 すると、前方に大きな建物があった。どこかで見たことがある気がする。それもそれほど遠くない過去に、だ。

(あれは確か……)

 はたと思い出す。

 死神の寝床だ。

 



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