表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3633/3726

第三千六百三十二話 魔王の基準

「わかっている? なにも理解していないあなたが口にしていい言葉ではありませんよ、セツナさん。わたしはまだ、あなたになにも教えてさし上げていないのですから」

「ああ、そうだよ。そうだとも!」

 ミエンディアがシールドオブメサイアを掲げれば、それだけで空間に波紋が広がり、守護結界そのものが津波となって襲いかかってくる。幾重もの波濤が物凄まじいうねりとなって、迫り来る。

 しかし、セツナは、その波に抗うのではなく、むしろ身を任せるようにして足を乗せた。魔力を帯びた足がセツナを波の上に立たせ、押し寄せる津波さえもものともしない。すると、さらに結界が形を変えた。波の中から水柱が立ち上るようにして、力場の柱が林立する。それらは、波間をさまようセツナを狙った攻撃だったが、どれひとつとしてセツナに掠らなかった。

 セツナは、結界の波の上を滑るようにして移動することで、つぎつぎと出現する力場の柱を避けたのだ。

「でも、んなこたあどうだっていいだろ!」

「問うてきたのはあなたでしょうに」

「聞いたらわけのわかんねえこと言いだしたのはどこのどいつだよ!」

 守護結界だけを自在に操りながら、それだけでどうにかしようとするミエンディアの意図はまったくもって不明だったし、その本心も願望も全然理解できないのだが、いまさらどうでもいいことだ。

 そう、ミエンディアの意図など、望みなど、どうだっていいのだ。

 聖皇ミエンディアを斃し、この世の理不尽を消し去るためにこそ、ここまできたのだ。

 そのためだけに、アズマリアもクオンも犠牲になった。

(犠牲に……!)

 脳裏を過ぎったのは、最後に交わしたアズマリアの言葉であり、クオンの言葉だ。

 アズマリアがなにを望み、なにを託したのか。

 クオンがなにを求め、なにを託したのか。

 いまならば、はっきりとわかる。

 なぜ、アズマリアがああしなければならなかったのか。

 なぜ、クオンがみずからの体を器として捧げたのか。

 すべて、理解できる。

 できてしまった。

 だから、問答は無用だ。

 ただ、聖皇を斃せばいい。

 ただ、ミエンディアを討ち滅ぼし、この長い長い戦いに決着をつければいい。

 それだけでいいのだ。

 そのためだけの戦いだったのだから。

 セツナは、押し寄せる波濤を飛び越え、ミエンディアに肉薄した。ミエンディアがシールドオブメサイアを掲げる。矛と盾が激突し、火花が散り、轟音が響く。

「まあ、いいでしょう。あなたは魔王なのですから」

 ミエンディアが微笑した瞬間だった。

 その背後に緋色の閃光が弾け、大爆発が起きた。

「さっきから魔王魔王って! あんたにセツナのなにがわかるっていうのよ!」

「そうでございます! 御主人様は魔王と呼ぶにはあまりにも優しく、甘いお方でございますよ!」

「そうだよ! お兄ちゃんはとんでもなく優しいの!」

 ミリュウの擬似魔法にレムの“死神”たちが続き、エリナの攻撃が重なる。それだけではない。ラグナが吼え、雷鳴が轟き、暴風が逆巻き、光の奔流がミエンディアを飲み込む。仲間たちの攻撃が苛烈さを増す中で、セツナもまた、力を解き放った。

「そうですか。ですが、だからといって魔王の基準を満たしていないとはいえないでしょう。魔王も身内には優しいもの。百万世界の魔王がそうなのですから」

 まるで見てきたことのようにいうミエンディアだが、そこに反論の余地はなかった。

 魔王に成り代わることを夢見て離反した腹心たちだが、黒き矛との合一した瞬間、魔王の眷属として復帰している。自分の首を、命を狙っていたといっても過言ではないものたちを許したのだ。魔王がいかに眷属たちに寛容であったのかがわかるだろう。そして、そんな魔王だからこそ、眷属たちも好き勝手にやっていられるのだ。

 眷属たちだけではない。

 魔に属するすべてのものが、魔王の支配下にありながらやりたい放題にやっている――らしい。

 魔属について詳しくはないものの、魔王と眷属たちの関係性からわかることはある。

「魔王とは、その圧倒的な悪意と暴圧でもってすべてを虐げるもののこと。わたしの言い分も聞かず、ただ全力で滅ぼそうとするあなたは、その基準を満たしている。そうは想いませんか?」

 やはり、皆の一斉攻撃を受けても傷ひとつついていないミエンディアは、自分に殺到するすべての力を強引に退けて見せると、さらにセツナ以外全員の動きを封じたようだった。レムとその“死神”たちが結界の立方体に包み込まれたのを皮切りに、ひとり、またひとりと小さな結界に閉じ込められていく。

 セツナはそのことを理解しながらも、ミエンディアへの攻撃を止めるわけにはいかなかった。ミエンディアはどういうわけかファリアたちを攻撃しようとはしていないのだ。結界に閉じ込めたのも、邪魔だからという理由にしか見えない。

 そして、それならば、と、セツナは、あらん限りの力を解放する。

 結界に閉じ込められたものたちは、皆、結界の波によって押し流され始めていたのだ。

 それはつまり、魔王の力に巻き込む心配をする必要がなくなっていくのと同義だ。

 ファリアたちがそれぞれに様々な声を上げる中、セツナは、むしろ安心していた。シールドオブメサイアの結界を打破し、ミエンディアに致命的な一撃を叩き込むには、まだまだ力が足りなかったからだ。もっと、必要だった。もっと大きな力が。もっと、破壊的で破滅的な力が。

 魔王の力が。

「だったらどうだってんだ?」

 セツナが不遜にミエンディアを睨めば、聖皇は、むしろ聖者のような微笑みを浮かべた。

「勇者の本分を果たしましょう」

 ミエンディアは宣言するとともにシールドオブメサイアをさらに力強く輝かせた。全周囲を包囲する守護結界が鳴動し、セツナに向かって迫ってくる。四方八方から押し包み、圧殺しようとでもいうのだろう。しかし、そんなものでどうにかなるほど、セツナも黒き矛も柔ではない。

「この程度!」

 吼え、矛を振り翳す。すると、切っ先から迸った黒き閃光が迫り来る結界に風穴を開け、守護結界そのものをずたずたに切り裂いていく。この戦場を庇護する守護結界があっという間に崩壊していく中で、セツナはさらに矛を振り回すと、ミエンディアに叩きつけた。

 もっとも、穂先が激突したのはシールドオブメサイアの表面であり、真円を描く盾は、鏡面のように輝いていた。

 神理の鏡の輝きが示すのは、反射だ。

 つぎの瞬間、セツナは、痛烈な衝撃を全身に感じ取った。まるで五体がばらばらにされるような激痛。常人ならば即死するに違いないほどの痛みの渦は、先程の攻撃を神理の鏡が反射したことによるものだ。全身の骨が砕け、肉が千切れ、皮が破れる感覚。

 だが、死なない。

 死ぬわけにはいかない。

 たとえこの戦いで命を落とそうとも、ミエンディアを斃し、その消滅を確認するまでは死ぬわけにはいかないのだ。

 全身に漲る魔力を制御し、肉体を繋ぎ止め、前に進む。

 ミエンディアは、未だ、まったくの無傷だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ