第三千六百三十話 わかりきったこと
ミエンディアの宣言とも取れる発言に食ってかかったのは、シーラだ。
「あんたがなにをいってんのか、俺にはまったくわかんねえが……ひとつだけいえることがあるぜ」
「なんでしょう? 金眼白毛九尾を従えたお嬢さん」
ミエンディアは、怒濤の如く攻め立てる九つの尾を捌きながら、その力の源を言い当てて見せた。まるでミエンディアにはすべてがお見通しのようだったし、実際、その通りなのかもしれない。
獅子神皇が百万世界に同時に存在して見せたように、ミエンディアが百万世界に精通していたとしても、なんら不思議ではなかった。
だからこそなのだ。
だからこそ、アズマリアは、異世界に力を求めた。
聖皇ミエンディアという理不尽を完全に抹消するための力を、この世界の内にではなく、外に求めたのだ。求めざるを得なかったともいえる。イルス・ヴァレに存在するすべてのものの力を結集しても、ミエンディアを滅ぼすことはできないからだ。
創世回帰ならば、どうか。
創世回帰によってすべてをやり直すというやり方ならば、聖皇と世界の約束すらも消え去ったかもしれない。しかし、それは、アズマリアには許されない方法だったのだ。
アズマリアは、ミエンディアの一部だ。そして、ミエンディアは、創世回帰による世界のやり直しを否定するべく立ち上がり、イルス・ヴァレの統合という結論に至ったのだ。そうして誕生したのがワーグラーン大陸であり、故に、アズマリアが創世回帰という最終手段を取らなかったのは、道理といえるだろう。
もっとも、聖皇による世界の改変によって、三界の竜王がみずからの役割を忘れていたというのも大きいのかもしれないが。
ともかく、ミエンディアは、一目見てシーラの召喚武装の根源を見抜き、また、その九つの尾による絶え間ない連続攻撃を軽々と受け流して見せていた。
「あんたが、この世界に必要ないってことだ!」
「……どうして、そのような結論が出たのでしょう?」
「敵だからだろ!」
叫び、シーラが九つの尾でもってミエンディアを包囲する。そして、全方位からの同時攻撃を行ったのだが、九つの尾がミエンディアに当たることはなかった。見えざる壁に激突し、轟音を響かせただけだ。すると、シーラの体が浮き上がった。まるで見えない巨人の手で掴まれたかのようにして、だ。
「思考を放棄し、敵だからという理由で戦い、斃し、滅ぼすことなど、どれだけ愚かで無価値なのか、あなたにはわからないのですか?」
空中高く放り投げられたシーラだったが、そんな彼女を受け止めたのはエリルアルムだ。ルウファがその背後からミエンディアへと羽弾をばら撒くと、誰かが声を張り上げた。
「どうでもいいわよ! あんたの説教なんて、聞いてやるもんですか!」
「そうでございます! わたくしにはわたくしの役目があるのですから!」
ミリュウとレムだ。
上空が緋色に染まったかと思うと、無数の光芒がミエンディアに降り注ぎ、炸裂する。その真っ只中へと“死神”たちが突っ込み、レムもまた、強襲する。そこへ羽弾がつぎつぎと襲いかかり、さらにエスクのソードケインが幾重もの剣閃を奔らせ、ウルクの鋼の肉体が躍り出る。しかし。
「まったく……嘆かわしいことですね」
ミエンディアは、空中に立ったまま、それらすべての攻撃をものともしなかった。見えざる分厚い壁に覆われ、護られた聖皇には、どのような攻撃も通用しない。ただの防御障壁ではないのだ。シールドオブメサイアの守護結界。その力がどれほど強大なのか、いままで散々護られたセツナたちだからこそ、身を以て理解している。
それでも、攻撃の手を止められない。止めるわけにはいかない。
「それとも、けたたましいといったほうがよろしいのでしょうか」
ミエンディアが困ったようにいう中で、雷鳴が轟いた。オーロラストームが火を噴いたのだ。雷光の矢が激しい曲線を描きながらミエンディアに襲いかかったが、これもやはり、無力化される。見えない壁に激突し、四散した。
ファリアが、肩で息をしながら、いった。負傷こそ回復したものの、肉体的、精神的疲労までは回復していないのだ。
「けたたましくて悪かったわね」
「ええ、本当に。少しは、静かにできないものなのでしょうか」
「あんたが斃れてくれればな!」
セツナは、仲間たちによって繰り広げられる猛攻の真っ只中へと踏み込みながら言い放ち、ミエンディアの視線を感じた。ミエンディアは、ほかのだれよりも、セツナを見ていた。セツナを注視しているのだ。セツナというよりは、セツナが手にしている力が重要なのだろう。
カオスブリンガー。
魔王の杖。
そして、眷属たち。
莫大な魔力を発しながら突撃すると、ミエンディアが姿を消した。セツナとの接触を嫌っているかのような空間転移は、遙か後方に聖皇の気配を出現させる。振り向き様、左手を振り上げる。遙か視線の先に出現した聖皇をに巨大な闇の掌が包み込んだ。“闇撫”により、守護結界ごと拘束したのだ。
「いったはずですよ、セツナさん。わたしは斃れるわけにはいかないのです」
「いいや、あんたは斃れる。斃される。俺たちの手によってな!」
左手を強く握り締めたまま、“闇撫”の中のミエンディアへと飛翔する。そして、“闇撫”の頭上に到達すると、巨大な闇の塊の中へと矛を突き入れれば、“闇撫”ごとミエンディアを打ち砕こうとするものの、やはり、なにかに激突して、妨げられた。神理の鏡が輝き、闇を払う。
「そうでなきゃ、いけないんだよ!」
「なぜです?」
「なぜ、だって?」
シールドオブメサイアを我が物のように掲げるミエンディアを睨み据えながら、矛の柄を両手で握り締め、力を込める。
「そんなこと、決まってんだろ!」
“真・破壊光線”を撃ち放てば、黒き光の激流がミエンディアを飲み込んだ。
「この世界に君臨する理不尽を消し去ることが、アズマリアの願いだからな!」
「アズマリアの願い? これはまた、不思議なことをいうものですね」
黒き破壊の光を軽々と霧散させると、ミエンディアが怪訝な顔をした。
「アズマリアとは、わたしが来たるべき復活がために用意したものに過ぎません。わたしの魂のひとかけら。その願いは、わたしの復活にある。わたしが完全なる復活を果たし、百万世界を救うための手段のひとつ。だからこそ、あなたとクオンさんを召喚したのですよ」
ミエンディアが光を放つ。まばゆく神々しい光は、すべてを圧倒するように力強い。
「わたしの肉体に相応しい存在として」
それも、わかっていた。
アズマリアという器を破壊され、魂だけの存在となったミエンディアが脇目も振らずセツナに殺到し、セツナが護られたとなれば、クオンへと向かっていたことから、一目瞭然だ。
アズマリアがなぜ、クオンに続きセツナを召喚したのか。
クオンが神理の鏡の護持者であったからこそだ。
対極の力たる魔王の杖、その護持者であるセツナを召喚するのは、必然だった。道理だった。
すべては、いま、このときのためだ。
それもすべて、わかりきっている。
だからこそ、セツナは、吼えた。