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第三千六百二十六話 降臨(六)

 付け入る隙は、ある。

 しかし、セツナとクオンを除くものたちの力で、聖皇の隙に付け入ることができるのかどうかというと、大いに疑問の残るところだ。

 ミエンディアは、未だ万全ではない。

 アズマリアという魂の一部と融合することで欠落を埋め合わせ、本来の、完全無欠の存在へと昇華されようとしている最中なのだ。

 だが、それでも、その力は絶大無比だ。

 呪文を詠唱することもなければ、術式を構築することもなく、ゲートオブヴァーミリオンの能力だけを自由自在に操っているのだ。

 自身に殺到する多種多様な攻撃の数々を、虚空に開けた異空間への穴に吸い込むことで対処し、取り込んだ攻撃を返し矢のように打ち返して攻撃とする。たったそれだけのことでほとんど全員を完封しているのだ。それだけで、圧倒的といえる。

 圧倒的で絶対的な力。

 いくらファリアがその力を最大限に発揮したところで、どうなるものでもないのではないか。

 セツナのそんな懸念は、杞憂に終わる。

 ファリアの飛行速度は、ゲートオブヴァーミリオンが展開する速度を超えていたのだ。

 つまり、ファリアを異空間に放り出すべく虚空に穿たれた穴は、ファリアを捉えるどころか、その残像を喰らうことすらできなかったのだ。

 いくつもの門が開かれ、数多の口が空を切る。

 ミエンディアの防衛手段がすべて空振りに終わると、ファリアの姿をした電光が複雑怪奇な軌跡を描きながら、聖皇の頭上へと至った。ミエンディアが咄嗟に振り仰ぐのと同時にその顔面を極大の雷光が貫く。

 凄まじい爆音とともに稲光が吹き荒れ、爆心地を中心として強大な雷の嵐が巻き起こった。

 さらに数度、雷鳴が轟けば、ミエンディアが浮かんでいた座標、その真下の大地に超巨大な雷光の柱が聳え立った。

 ファリアがミエンディアの肉体を地面に叩きつけたのだ。

 セツナは、想像を絶するファリアの力の前に言葉を失うほかなかったし、自分があまりにも見当違いな考えを持っていたことに気づかされた。

 ファリアの力は、現状、聖皇に対抗できるだれよりも強大であり、凶悪極まりないものだった。

 極大の稲妻となって大地に落ちてきてからも、雷鳴と爆音の連鎖は止まらない。秒間何千回、いや、何万回もの落雷が発生しているかのような轟音の連鎖。大気が震え、大地が揺れる。ファリアの全身から発生する雷光は、ただひたすらに荒れ狂い、ミエンディアを打ち据えていく。

 まるで絶叫だ。

 怒りに満ちた絶叫が、雷鳴となって、爆音となって響き渡り、轟き、跳ね返っている。

「ファリア……なの?」

 自身もなさげにつぶやいたのは、ミリュウだろう。だれよりもファリアと仲が良いはずの彼女が疑問に想うほど、ファリアの豹変ぶりは凄まじかったし、彼女が聖皇を圧倒するなど、だれが考えられただろうか。

「ファリアお姉ちゃん……」

 エリナが心配そうな声を上げる一方、シーラが応援の声を張り上げる。

「ファリア、その調子だ! 聖皇なんざ、やっちまえっ!」

「ははっ、なんだよ、そりゃあ」

「凄いな……」

「さすがでございますね」

「うむ。さすがはわしが見込んだだけのことはあるのう」

「さすがは先輩です」

 などと、口々につぶやき、だれもが見守る中、凄まじい爆発音とともに無数の稲妻が天へと昇った。

 禍々しいまでの破壊の力の奔流が、行き場を求めて荒れ狂い、ついには聖皇の肉体に叩きつけられた瞬間だった。

 時空が震撼するほどの力の爆発が起こった。

 その瞬間、セツナは、なにかが切れる音を聞いた。ふっ、と、体が軽くなったような感覚があって、体を縛り付けていた力が消えて失せる。

 ああ、と、彼は理解した。

 アズマリアとの契約による支配が消えたのだ。

 原因は、わからない。

 わからないが、いままでの疑問がすべて解消された。

 なぜ、自分が聖皇ミエンディアとの戦いに参加できなかったのか。なぜ、ただ見守ることしかできなかったのか。

 理由はひとつ。

 アズマリアとの契約が残っていたからだ。

 セツナは、クオンと同じく、ゲートオブヴァーミリオンの能力によって、異世界からイルス・ヴァレに召喚された。

 召喚には、契約を伴う。

 強制的に対象を召喚する技術は、存在しない。

 皇神の召喚に巻き込まれた皇魔という例外はあれど、本来、召喚魔法とは強制的なものではないのだ。

 召喚者と被召喚者の間で契約が成立してこそ、召喚が可能となる。

 異世界の存在を呼び出すのだ。それくらい厳しくて当然といえる。

 つまり、セツナもクオンもアズマリアとの契約に応じたからこそ、この世界に召喚された、ということだ。

 いつ、どこで、どうやって契約を交わし、結んだのか。それについても、いま、やっとはっきりと想い出せている。

 夢の中だ。

 夢の中で、セツナは、アズマリアに語りかけられた。ゲートオブヴァーミリオンを通して、契約を結んだのだ。なぜ、契約に応じたのか。簡単なことだ。それが夢だったからだ。現実の出来事ではなく、夢想の出来事だったからこそ、何の気なしに契約に応じた。

 目が覚めたときには忘れるくらいに曖昧な夢。

 概して、夢とはそういうものだろう。

 しかし、夢の内容を忘れたからといって、アズマリアと交わした契約がなくなることはない。

 ゲートオブヴァーミリオンはセツナを迎えに現れ、セツナもまた、門を潜った。

 それが数年前のあの日の出来事だ。

 そして、その契約によって、セツナとクオンは、アズマリアが聖皇の力を取り込むまでの間、彼女を護る盾となり、彼女の敵を打ち払う矛となっていたのだ。

 身も心も敵となり、ファリアたちを傷つけたりしなかったことだけには、安堵する。

 そして、ファリアたちが状況を打開することができたことにも、胸を撫で下ろす。

 そのとき、セツナは、世界をまばゆく染め上げ、なにもかもを白く塗り潰す爆光の中から吹き飛ばされていくものを見て、透かさず飛んだ。物凄まじい速度で飛んでいくそれに追い着くことは難しくなかったし、先回りして抱き留めることも簡単だった。

 ファリアだ。

 全身を覆っていたクリスタルドレスのほとんどを失い、オーロラストームさえもぼろぼろに損壊させた彼女の姿は、痛ましいというほかなかった。満身創痍。体の至る所から血を流しているだけでなく、左腕などはあらぬ方向に捻れ曲がっていた。

 ミエンディアに何度となく叩きつけたからだろう。莫大な力ごと叩きつけ、力を爆発させ、拳を、腕を、皮膚も骨も爆砕させたのだ。

 重傷、などという生易しいものではなかったが、心配してはいなかった。

 生きている。

 息をして、こちらを見ていた。

 緑柱玉を想わせる美しい瞳が、凜と輝いていた。

「セツナ……なのね……?」

「ああ。ファリアのおかげだ」

「じゃあ……」

「うん。もう、だいじょうぶだ」

 なんの心配も要らない、と、セツナはいった。

 ファリアの命懸けの戦いは、彼女の勝利に終わったのだ。

 爆心地に目を向ければ、ミエンディアの肉体は跡形もなく消し飛んでいた。

 量産型魔晶人形の躯体が、だ。

 ただでさえ強靭極まりない魔晶人形の躯体だが、それに聖皇の力が混ざり、より強固により堅牢になっているはずのそれをどうやってファリアが破壊したのか。

 それも、わかっている。

 ファリアは、聖皇の肉体を破壊するべく、自分の人生を差し出したのだ。

 




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