第三千六百二十一話 降臨(一)
契約に縛られている以上、セツナとクオンとの敵対は避けられず、彼らをアズマリアの支配から脱却させることなど不可能だった。
ましてや、セツナをクオンを斃すことなど、到底、考えられない。
アズマリアの暴挙を止めるためとはいえ、だ。
セツナとクオンには、なんの問題もない。なにかを間違ったわけでも、過ちを冒しているわけでもなかった。ただ、アズマリアとの契約に従っているだけだ。そして、それがすべてであり、それ以上でもそれ以下でもない。
セツナとクオンは、アズマリアを護るために全力を尽くすだろうし、その全力を上回ることなど、いまのファリアたちにできるのか、どうか。
「じゃあ、どうしろっていうのよ!? このままじゃ……」
「どうもこうもありませんよ! なんとしてでも、アズマリアを食い止めなくては……!」
ミリュウが悲鳴を上げ、ルウファが叫ぶ。
ふたりの攻撃は、シールドオブメサイアの力によって跳ね返され、乱反射の末に自分自身に襲いかかってきていた。
ラグナの竜語魔法も、ウルクの波光砲も、エスクの虚空砲だって、シールドオブメサイアの力に反射されてしまっている。
だれの攻撃も、絶対無敵の盾を突破できず、また、最強無比の矛にいなされ、弾き飛ばされていた。セツナが顔をしかめ、叫んでくる。
「だから、なんでそんなことになってんだよ!? アズマリアがなにをしたってんだ!?」
「聖皇の力を取り込もうとしているのよ!? どうしてそれがわからないのよ!」
「それのなにが問題なのか、まったくわからないな」
極めて冷ややかな声とともにクオンがシールドオブメサイアをさらに展開する。真円を描く盾の円環が拡大し、防御障壁がさらに強力なものになっていくのが感覚的にわかる。直後、オーロラストームが放った雷撃が、ファリアの目の前で爆散したのもそのせいだろう。
シールドオブメサイアが生み出す強大な力場が、ファリアたちの攻撃だけでなく、ファリアたち自身を押し退けていく。
「大問題だろうが!」
「そうでございます! 聖皇が今度こそ完全に復活するかもしれないのですよ!?」
「駄目だ」
シーラとレムが叫ぶ中、マユリ神が冷静に告げた。
「彼らには、なにをいっても無駄だ。それに……もう遅い」
「え……?」
マユリ神の視線を追うと、空に漂う虚ろな光の中にアズマリアの姿があった。そして、アズマリアの肉体に光が収束を始めていることに気づく。聖皇の力が、つぎなる器を見つけた、とでもいわんばかりに。
そして、光は、あっという間にアズマリアの体の中に収まってしまった。空中に漂っていた光が消え去り、ただの青空が戻る。
ファリアは、絶望的な気分にならざるを得なかったし、呆然とするほかなかった。
「あ、ああ……」
「なんてこと……」
「くそ……せっかくここまできたってのに……!」
「どうして……」
だれもが絶望的な声を上げる中、アズマリアの体から光が溢れた。
神々しくも莫大な光は、獅子神皇の放っていたそれと極めて似ていた。それもそうだろう。獅子神皇が聖皇の力の器であれば、いまのアズマリアもまた、聖皇の力の器なのだ。その身を通して溢れるのは、聖皇の力であり、神々の王たるものの威光なのだ。
アズマリアを中心に、世界が震えた。
衝撃波がファリアの体を打ち据え、貫く。
気づくと、地面に叩きつけられていた。その際生じた痛みは瞬時に消え去ったが、それはおそらくマユリ神のおかげだ。少なくともクオンの力などではない。
「なんて……なんてことなの……」
ファリアは、地面から顔面を引き剥がすようにして起き上がると、空を仰ぎ見た。
聖皇の力を取り込んだアズマリアは、依然、空中に浮かんだままだ。
莫大な神威を光として放出するその様は、さながら小さな太陽だった。眩く、神々しく、圧倒的で、絶対的といっても過言ではない。
しかも、アズマリアの言を信じれば、彼女は聖皇の欠片だったのであり、不完全な存在だった獅子神皇に比べると、完全無欠の存在として統合されたと考えるべきかもしれなかった。
絶望感に押し潰されそうになるのも、無理からぬことだ。
セツナとクオンが敵に回り、こちらは満身創痍だ。
もはや、獅子神皇ですら斃すことなど不可能だというのに、完全なる聖皇など、傷つけることすら困難なのではないか。少なくとも、斃せるとはとてもではないが思えなかった。
(いいえ……まだよ)
ファリアは、胸中頭を振った。
オーロラストームを掲げ、アズマリアを狙う。
ふと、気づく。
(どういうこと……?)
先程まで射線を塞いでいたシールドオブメサイアの防御障壁が消え失せていたのだ。
目線を落とせば、クオンが地面に這いつくばっている光景を目の当たりにする。セツナもだ。一瞬、なにが起こったのかと我が目を疑ったが、先程、アズマリアが放った神威に打ちのめされたのだろうと考えれば、納得も出来る。が、疑問も生まれる。
アズマリアは、セツナとクオンという矛と盾を得、絶対無敵にして最強無比の存在となった。それが聖皇の力を得るためのものだったのだとしても、目的を果たし、聖皇の力を得たからといって、その瞬間に切り捨てる必要などあるとは考えにくい。
では、なぜ、セツナとクオンまでも巻き込み、吹き飛ばしたのか。
「どうやら、強大すぎる力を制御できていないらしい」
とは、マユリ神の言であり、アズマリアが聖皇の力を吸収した後も微動だにしていないことがその証左のようだ。
「獅子神皇もそうだった」
「……そういえば」
思い当たる節があった。
獅子神皇は、“大破壊”直後に誕生したはずだった。
なのに、獅子神皇が直接動き出したのは、ここ最近の話であり、“大破壊”から二年あまりは、獅子神皇の意を汲んだネア・ガンディア軍が動いていたのだ。
獅子神皇は、無関係な人間が聖皇の力を手に入れたがためにその制御に手間取ったというのは、考えられる話だ。制御できるようになってからも、完璧には制御できていなかったことも、明らかだ。
それほどの力を一度に取り込んだアズマリアが、力を制御するために動けなくなっている、というのもあり得る。
つまり、だ。
「だったら、いまが好機ってこと?」
ミリュウがラヴァーソウルを構えながら、問うた。ルウファがシルフィードフェザーを翻す。
「そういうことでしょう」
「では、いきますか」
「やるぜ。今度は、俺たちが聖皇を止めるんだ」
「うむ、よかろう」
「そんなことが可能なのか?」
「可能かどうかは関係ありません!」
「そうです。エリナのいうとおりです」
「ええ、やるだけね」
皆がやる気を出す中で、ファリアもまた、オーロラストームに力を込めた。
「……ひとつ、助言をさせてもらうとすれば、おまえたちがどれだけ力を振り絞り、力を合わせたところで、聖皇の力を消し去ることはできないだろう」
マユリ神の忠告は、わかりきっていたことではあった。
「だが、アズマリアの肉体を破壊することができれば、勝機はある。器を失った聖皇の力は、新たな器を求め、さまよい始めるはずだ」
そこを叩く、と、女神は続けた。




