第三千六百十二話 光
「これは現実なんだよ、セツナ」
純白の光が視界を塗り潰していく中、レオンガンドの諭すような声が聞こえていた。目の前の現実を受け入れよといわんばかりの説教。まるで“破壊光線”のようだ。ただ敵を破壊する現実的な暴力。それがセツナに圧倒的な現実を突きつけようとしているかのようだった。
「なのに、わたしの夢は続いている」
レオンガンドは、そんな風にいった。
「夢……」
迫り来る“破壊光線”を黒き矛の一閃で軽々と両断して見せながら、セツナは、レオンガンドの言葉を反芻するようにつぶやく。
夢。
夢とはなんなのか。
現実とは。
様々な想いが脳裏に渦巻き、胸中を掻き乱すのは、目の前にいるのがどう考えてもレオンガンドだからだ。
これならば、獅子神皇のままでいてくれたほうが余程よかった、と、思わざるを得ない。獅子神皇には、レオンガンドの面影こそあれ、言動に惑わされることもなければ、攻撃を躊躇うこともなかった。だが、レオンガンドは、違う。
レオンガンド本人を相手にすることがこれほど心苦しく、辛いことだとは、セツナ自身、想定外の出来事だった。
とっくに覚悟していたはずなのに。
決意し、約束したはずなのに。
どうしても、躊躇いが生まれてしまう。
何処かに可能性を求めてしまう。
そんなセツナの愚かしさを嘲笑うように、レオンガンドは、矛を掲げた。
「ほら、これがその証だ」
矛先から柄頭まで真っ白だが、形状は、なにからなにまでカオスブリンガーそっくりだ。神々しく輝いているのにもかかわらず、禍々しく、破壊的といっていい造形は、やはり魔王の杖の面目躍如といったところだろうか。
神々の王たる獅子神皇が魔王の杖を再現するというのは、道理に反することのように思えるが、レオンガンドならば、そうしたとしてもなんら不思議ではない。
レオンガンドは、黒き矛の使い手としてのセツナを羨んでいた。
「黒き矛……」
「そうとも。これがわたしの夢だ。夢の形なんだよ」
レオンガンドが白き矛を振り回すと、白い剣閃が虚空を走り、衝撃波となってセツナに襲いかかってきた。セツナは、衝撃波を潜り抜けるようにして間合いを詰め、さらに矛を振ろうとするレオンガンドに牽制の一撃を叩き込んで見せた。矛による突きと、ランスオブデザイアによる突きの同時攻撃。
「わたしは、英雄になりたかった」
レオンガンドは、カオスブリンガーを白き矛で受け止めると、背後からの尾の攻撃には盾を展開して対処する。黒と白の矛と、高速回転する尾と盾の激突は、両方とも凄まじい力の爆発を生む。反動で吹き飛ばされそうになるほどの爆発だったが、セツナは黙殺し、レオンガンドに食い下がった。
黒き矛による直接攻撃こそが最強である以上、わざわざ距離を取って、中・遠距離戦闘を行うのは愚行としかいいようがない。無論、敵の攻撃をかわすために一端距離を取るというのは、悪いことではないのだが。その場合、レオンガンドが遠距離戦闘に徹した場合、再び簡単に距離が詰められるかどうかは、まったくの未知数だ。
故に、食い下がり、乱暴に矛を振り続ける。
矛と矛が激突するたびに時空が震撼するほどの衝撃が生まれ、力が炸裂した。
魔王の魔力と獅子神皇の神威。
互いに譲らず、猛威を振るう。
「だが、わたしにはそのような力も資格もなかった。だからあのように敗れ果て、このような無惨で虚しい夢の残骸に成り果てた。これが愚かにも分不相応の夢を見たものの末路なのだろうな」
「そんなこと――」
「――ない、などとは、いってくれるなよ、セツナ」
こちらの発言を見通したように、レオンガンドはいった。実際、見通していたのかもしれない。神の目は、未来を視る。つまり、こちらの攻撃が完璧に読まれているのも、神の目の力によるものなのだろう。
そんなレオンガンドを出し抜くには、どうすればいいのか。
「わたしの夢は……小国家群統一という夢は、わたしの身にはあまりにも大きすぎたのだ。そしてそれは、わたし自身だれよりも理解していたことだ」
レオンガンドが矛を振り回しながら語る言葉は、セツナにも理解できることばかりだった。
確かに、レオンガンドが掲げた夢は、ガンディアという国の規模、実力から考えれば、夢も夢、叶うことなど絶対にあり得ないといわれても仕方のない代物だっただろう。
なにせ、当時のガンディアは、小国家群の中でも弱小国中の弱小国と言われるほどに小さく、弱かったのだ。国としての体裁が整えられていたのは、同盟国のおかげといってよく、北のログナー、ザルワーンの脅威に曝され、風前の灯火といった有り様だった。
それでも、レオンガンドは、なにもしなかったわけではなかった。
小国家群統一という夢を胸に秘め、彼なりに行動を起こしていたはずだ。
ログナーにも、ザルワーンにも、打ち勝つための方策が整いつつあったはずなのだ。
それなのに、レオンガンドは、白き矛を振り翳し、いうのだ。
「しかし、君と出逢ってしまった。君を見出してしまった。光を見つけてしまった」
極至近距離で矛の切っ先が燃え上がったのを目の当たりにした瞬間、セツナは、白き矛の穂先を“闇撫”で包み込んだ。
「君という光を」
魔王の手の中でレオンガンドの“破壊光線”が発動し、瞬間的に爆発した。“闇撫”は“破壊光線”の威力に絶えきれずに霧散したものの、セツナの頬を撫でたのは微風のような風圧だった。つまり、“破壊光線”の威力を殺しきることには成功したということだ。
「だから、わたしは、夢を追うしかなくなったのだ!」
「まるで俺のせいみたいな言い方ですね」
「そうだよ。そういっている!」
「そんな勝手な!」
「だが、事実だ!」
矛をぶつけ合うこと数度。
そのたびに凄まじい力が嵐のように吹き荒れ、時空が歪み、天地が割れた。
「君さえ現れなければ、君さえいなければ、君と出逢いさえしなければ、わたしは、夢を夢のままで終わらせられたというのに」
レオンガンドのそれは極めて身勝手な言い分であり、セツナに責任を転嫁するように感じられなくもなかった。
だが、しかし、セツナは、そうは想わなかった。
獅子神皇ならば話は別だったかもしれないが、相手は、レオンガンドだ。
レオンガンドが、セツナに責任を押しつけるようなことをいうわけがない。いつだってそうだった。どんなときだって、そうだ。レオンガンドは、セツナには甘すぎるくらいに甘い人間だった。そして、それがセツナを上手く扱うための方便だったということもなかった。
では、なぜ、いまになってそんなことをいうのか。
(ああ、そういうことか)
セツナは、レオンガンドの言動の意図を理解して、呆然とするほかなかった。




