第三千六百七話 突入(二)
セツナたちは、ソードケインの光刃と虚空砲の衝撃波が乱舞する遙か前方を進んでいた。
青騎士と赤騎士への挑戦者としてエスクが我先にと名乗りを上げたのは、シーラが血路を開いたことに対する彼なりの敬意の現れなのではないかと思えた。もちろん、シーラへの対抗意識もあったのだろうが、それだけではあるまい。
ひとりでだいじょうぶなのか、などとは、問わなかった。
問うまでもないだろう。
心配する必要はない。
彼の実力はよく知っていたし、信頼してもいる。
なにより、クオンがいて、アズマリアがいるのだ。
最悪、エスクが瀕死の重傷を負うようなことがあったとしても、窮地に陥ったとしても、なんの問題もなかった。
その場合、クオンに多大な負担をかけることになるが、そればかりはもはや致し方のないことだと割り切るしかなかった。
なにせ、相手は、獅子神皇がセツナたちの進路を妨げる障害として寄越した刺客だ。神将程度とはいかないまでも、かなりの強敵であることは疑うまでもない。
ミヴューラの加護を受け、シールドオブメサイアに護られているとはいえ、容易く斃せる相手などではなかった。
だから、エスクがみずから挑戦者に名乗りを上げた。
セツナを一刻も早く銀獅子の体内へ、獅子神皇の居場所へ到達させるために。
セツナは、彼の意を汲んだ。
だから、ただ、一言、
「任せる」
とだけ、伝えた。
エスクは、殊更に嬉しそうな笑みを浮かべて、ログナー二大騎士との激闘に身を投じていった。
「きっと、あれだけではないはずです」
エインが忠告してきたのは、エスクたちからかなり離れてからのことだった。
銀獅子の神々しく輝く体毛を目前に捉えている。また、先程のように体毛が破裂し、敵が出現するかもしれないと思えば、緊張するのは当然だった。
「こちらの戦力を削ぐべく、あらゆる手段を講じてくるに違いありませんよ。気を引き締めていかないと」
「ああ、その通りだな」
「もしそうなったら、あたしたちの出番ってわけよ」
「師匠、やる気全開ですね!」
「あったり前じゃない! あたしとセツナの幸福な未来のためにも、さっさと完全無欠の決着をつけなきゃ!」
「またひとりで盛り上がって……」
「エリナちゃんも盛り上がっていますが」
「はあ……あの子の将来が心配だわ」
ファリアが肩を竦めながら、ミリュウとエリナの盛り上がりぶりを見ていた。この緊張感を台無しにする師弟のやり取りについては、セツナも苦笑する以外にはない。
「……さて、ここからどうする?」
神威を発し、輝き続ける膨大な量の体毛を目前にして、皆に相談しようとしたときだった。
突如、眼前の体毛が波打ったかと思うと、波紋を広げるようにして、巨大な穴が開いた。セツナたちのだれかが力尽くで開けた穴ではないことは、一目でわかる。
真っ白に輝く穴は、まるで天国に通じる回廊のようだ。
「って、なんだよ、おい」
「これはいったい……」
「散々邪魔しておいてこの有り様は……わしらを誘っておるようじゃな」
「罠や仕掛けの準備が万端整った、といったところでしょうね」
エインがなんともいえないといった表情でつぶやく。
「ま、相手が招待してくれてるんだ。招きに応じない手はないさ」
なにより、元々、銀獅子の体内に突入するのが目的だったのだ。間違いなくこの世のどんな金属よりも硬く、強固な銀獅子の体毛に穴を開ける必要がなくなったのだから、むしろ、有り難く思うべきなのかもしれない。無論、エインのいうとおり、獅子神皇がセツナたちを迎え撃ち、斃しきるための策や罠を張り巡らせているのは間違いない。
だからといって、突入する以外の選択肢もなかった。
ほかの場所に穴を開けている時間的猶予もないし、どうせ体内に突入すれば同じことだろう。
獅子神皇は、時空間を自在に操る。
別の場所に開けた穴から飛び込んだとしても、同じ場所に転送されるかもしれない。
「行くぞ」
告げて、皆の反応も待たずに穴の中に飛び込むと、眩いばかりに真っ白に輝く通路が広がっていた。銀獅子の体内に入り込んだようには思えない。穴の中を覗き込んだときに感じたのと同じ感覚だ。まるで、神の楽園を進んでいるような、そんな錯覚。
しばらく進むと、通路よりも広い空間にでた。
『銀獅子の体内には、このような空間がいくつもあり、それらが通路で繋がっているようだ。そして、それら空間のひとつひとつに敵がいる。あのように、だ』
と、エインの中のマユリ神が指し示した先には、人影が五つ、あった。真っ白な空間に佇む五人の男女。
「あれは……」
「……なーんか、嫌な予感がしてたのよねー……」
うんざりしたような口調でいいながら、ミリュウが地上に降りていく。
「さっきがログナーなら、つぎはザルワーンじゃないかってさ」
ミリュウのいうとおり、この空間に待ち受けていたのは、ザルワーン戦争と関連するものたちだった。
ザルワーン戦争でザルワーン側に属していた五人組といえば、ザルワーンが誇る武装召喚師育成機関・魔龍窟出身の武装召喚師たちであり、その中には、当然のようにミリュウの姿があった。ミリュウ=リバイエンと名乗っていた当時の彼女が、かつての仲間たちとともに立ちはだかったのだ。
ほかの四名は、それぞれ、クルード=ファブルネイア、ザイン=ヴリディア、ジナーヴィ=ライバーンとフェイ=ヴリディアだ。
彼らはザルワーン戦争当時の姿であり、手にしている召喚武装も当時のものを完全に際限されている。
ミリュウ=リバイエンが手にしている召喚武装も、ラヴァーソウルではなく、幻竜卿だった。
「というわけで、ここはあたしにまっかせなさい!」
などと自信たっぷりにいってきたミリュウだったが、彼女がみずから進んでこの場を引き受けたのは、きっと、相手が自分自身の過去だったからだろう。
「ああ、頼んだ」
「愛情たっぷり頼まれたわ!」
ミリュウが満面の笑顔を向けてきたことで、セツナは、言葉にならない安心感を覚えた。普段通りの彼女がそこにいたからだ。過去の自分ともいえる偽物と向き合うことで、感情が高ぶるようなことはなさそうだった。
と、エリナがミリュウの後を追った。
「師匠! わたしも手伝います!」
「いいわね、それ!」
「はい! 師弟の絆の力、見せつけてやりましょう!」
「そうよ、そうこなくちゃ!」
ミリュウは、エリナの応援を受けて、興奮気味に叫んだ。そして、そのときには、既に攻撃が始まっている。無数の破片となったラヴァーソウルの刀身が、まるで鞭のように虚空を薙ぎ払い、五人の敵をほとんど同時に攻撃したのだ。
しかし、敵も、ただものではない。
ミリュウの攻撃など見透かしていたかのように散開し、それぞれ異なる召喚武装を振るった。
暴風が逆巻き、幻影が乱舞し、光が迸り、雄叫びが駆け抜ける。




