第三千六百六話 突入(一)
銀獅子の咆哮は、十重二十重にも折り重なった波動となって拡散し、銀獅子を中心とする超広範囲の時空を激震させた。
時間が揺らぎ、空間が歪む。
その瞬間、銀獅子に向けて放たれた攻撃の数々がその矛先を変えた。。
神威の“破壊光線”も、羽弾の嵐も、雷撃の渦も、再現された擬似魔法も、波光砲も、なにもかもがセツナたちに殺到してきたのだ。
苛烈で圧倒的としかいいようのない猛攻は、しかし、セツナたちの眼前に展開された光の壁に激突すると、逆再生した動画のように銀獅子へと戻っていった。そして、銀獅子が再び放った攻撃とぶつかり合い、銀獅子の周囲で大爆発を起こす。
セツナたちを護った光の壁は、鏡面のように反射して輝いていたことからもわかる通り、シールドオブメサイアの能力だ。
銀獅子の攻撃さえも反射するのだから、神理の鏡は、まさに無敵の盾というに相応しい能力を持っている。
それでも獅子神皇の直接攻撃を完全に防ぎきることはできなかったのだから、獅子神皇の力がどれほど凄まじいものなのか、考えるまでもない。
「あいつの攻撃はぼくが封殺する。してみせる」
なんとも頼もしいクオンの言葉に、セツナは、微笑を浮かべた。敵に回すと厄介極まりない召喚武装とその使い手が味方になってくれているのだ。
これほど心強いことはなかった。
「君たちは、獅子神皇を斃すことに集中するんだ!」
「ああ、わかってるさ、クオン」
いわれるまでもないことだ。
セツナは、ファリアたちに目配せをすると、銀獅子に向かって飛んだ。
銀獅子を中心とした広範囲の空間が歪曲して見えているのは、先程の咆哮の影響が残っているからだろう。その歪みの中の時間の流れも空間の在り様も正常ではない。そんな中になんの対策もせずに飛び込むのは、愚行としかいいようがないだろう。
「時空を歪めることで、わしらの接近を阻んでおるつもりじゃろうな。小賢しいことにのう」
「小賢しいっていっても、どうすればいいかわかってるの?」
ラグナに対するミリュウの疑問ももっともだったが、セツナは、そこまで難しく考えてはいなかった。
歪曲した時空間の中心で銀獅子が吼えるたび、銀獅子の力が乱反射し、時空間内部で大爆発を起こしている。その中へ飛び込むのだから、簡単なことではないのだが、しかし、魔王の力を以てすれば、どうだろう。黒き矛と眷属たちの力を合わせれば、なにも難しいことではないのではないか。
「俺がこじ開ければいいだけだろ」
というセツナの提案は、即座に却下された。
「馬鹿なことをいってんじゃねえよ」
シーラによって、だ。
「セツナには、獅子神皇を斃すっていう重大な役割があるんだろ」
「そうね。そればかりは、わたしたちにはできないことだわ」
「俺たちじゃ力不足なのは否めませんし」
シーラの意見にファリアやルウファが賛同すると、ほかの皆も態度で同意を示した。
「なら、道を切り開き、獅子神皇の元にセツナを送り届けるのが、俺たちの役割ってことだ。違うか?」
「……ああ、そうだな」
セツナは、シーラのまっすぐなまなざしを受けて、強くうなずいた。なんの躊躇いもなければ迷いもない、純粋な目。そこには、彼女の覚悟と決意が現れていた。シーラだけではない。ファリアもルウファもミリュウも――突入組の全員が、決然たる表情と態度でもって、その心意気を示している。
「じゃあ、ここは俺に任せな」
シーラが、不敵な笑みを浮かべると、白き九つの尾が膨張しながら彼女自身を包み込んだ。あっという間に金眼白毛九尾へと変身したシーラだったが、巨大さでいえば、銀獅子とは比べものにならないくらいに小さい。無論、巨大さを競うために変身したわけではなく、九尾の狐は、歪曲空間に向かって、空気を蹴るようにして飛んでいった。
銀獅子を中心とする球状の時空間、その真っ只中へと突入するかに見えた瞬間、金眼白毛九尾の九つの尾が歪曲空間へと伸び、触れた。するとどうだろう。九つの尾と歪曲空間の接点がさらなる歪みを発生させていった。シーラとハートオブビーストによる時間と空間への干渉が始まったのだ。
シーラがハートオブビーストを通して、とてつもない力を発揮していることが、それだけでわかるだろう。彼女がそれだけハートオブビーストの力を引き出せている証拠であり、また、彼女が命を燃やしていることの証明でもある。
「さすがは獣姫。やるときゃやりますなあ」
「感心している場合か。シーラが道をこじ開けたらすぐさま飛び込むんだ!」
そういったときには、シーラの元に駆け寄っている。
時空間の歪曲を是正するのではなく、さらに歪曲させることで強引に血路を開こうというのが、シーラのやり方であり、そのために九尾の全力を発揮していることは疑うまでもない。
シーラの雄叫びが、天地の狭間に響き渡っている。
そして、九つの尾と歪曲空間の接点に小さな空隙が生まれた。
ひとひとりがやっと通り抜けられるくらいの隙間だが、セツナたちが飛び込む分には十分だった。
「行けえええええええ!」
シーラの咆哮に背を押されるようにして、セツナたちは飛んだ。
歪曲空間に穿たれた血路に飛び込めば、そこから銀獅子の巨躯まで広い空間がまっすぐな道となって繋がっていた。
銀獅子の咆哮は、絶えず、続いている。時空を激震させる幾重もの波動が、銀獅子自身を攻撃しようとしているはずのレオンガンドの攻撃を、敵対者に向かわせていく。つまり、セツナたちだ。だが、セツナたちは、歪曲空間に飛び込んだことで、銀獅子の攻撃対象から外れてしまったようだった。
その代わりといってはなんだが、セツナたちの進路上に異変が起きた。
遙か前方、銀獅子の体の表面に波紋が広がったかと思うと、体毛が膨れ上がり、破裂した。それによって飛び散った体毛が、セツナたちの進行方向で膨張し、変化し始めた。
「今度はなに!?」
「あれは……」
エインがなんともいえないといった様子で声を上げたのは、銀獅子の体毛から生まれたものの姿に見覚えがあったからに違いない。
「ログナーの青騎士と赤騎士……よね?」
セツナたちの進路上に立ちはだかったのは、蒼い甲冑の騎士と紅い甲冑の騎士であり、その外見は、かつてのログナーの二大騎士そのものだった。
だからこそ、ログナー出身のエインがまっさきに声を上げたのだ。
「見た目は、です」
エインが訂正するが、いわれるまでもないことだ。
銀獅子の体毛から生まれた存在ということは、獅子神皇の一部といっても過言ではないのだ。
「しかし、なんでまた……」
「おそらくですが、獅子神皇が陛下の記憶を読み取ったからではないでしょうか」
エインが仮説を述べ始めるのと、赤騎士と青騎士が動き出すのはほとんど同時だった。
青騎士が暴風を纏って突進してくれば、赤騎士は真紅の輝きを帯びて飛びかかってくる。
「陛下の記憶の中に在る強敵を再現したのでは」
「なるほど!」
青騎士が衝撃波によって吹き飛ばされ、赤騎士が光の刃によってその進撃を食い止められたのは、エスクが納得の声を上げた直後だった。
「つぎは、俺の出番ってわけだ」
彼は、セツナの前に陣取ると、ソードケインと虚空砲を構えて見せた。




