第三千六百二話 反乱
神速で飛来する剣や盾の軌道を見切り、完全無欠に回避することに成功したことで、あの瞬間、直近の未来を垣間見たのだという確信を持つに至る。
ただ未来を視ただけではない。
殺到する獅子神皇の剣と盾、その複雑ででたらめといっても過言ではない無数の軌道が手に取るようにわかるような映像であり、その映像通りに動くことで、セツナは、剣も盾も完璧に避けきることができたのだ。
それが魔王の力ではないことは、これまでの戦闘からも明らかだ。
魔王が未来視の能力を持っているというのであれば、この戦いのみならず、ヴィシュタルとの戦いにも大きな影響を与えたはずだ。だが、それはなかった。
しかも、だ。
直近の未来を視、襲来する数多の剣と盾をかわしきって見せたのは、セツナだけではなかったのだ。
ファリアやルウファ、ミリュウたち――この戦闘に参加した全員が無傷であの過剰なまでの猛攻を切り抜けている。力を使い果たしたアズマリアや、非戦闘員のエインですら、見切っている。
それはつまり、セツナのみならず、全員が未来視をしたということであり、その未来に従って移動したことで掠り傷ひとつ負わなかったのだ。
「いまのは?」
ファリアがセツナに問いかけてきたのは、未来視が魔王の力なのではないかと考えたからだろう。
「俺じゃないし、たぶん、クオンでもない。そうだろ?」
「ああ。シールドオブメサイアの能力じゃあないよ。しかし、君じゃないとしたら、一体……」
クオンが訝しむのも無理はない。
突如として、セツナたちの全員が未来視の能力に目覚めた、などという都合のいい話があるはずもないのだ。だれかが、なにものかが、セツナたちに力を貸してくれたと考える以外にはない。だが、そんなだれかがこの場にいるわけもないし、どこかからこの戦場に飛び込んできたわけでもない。
だとすれば、一体、なにが起きたというのか。
だれが、力を貸してくれたというのか。
しかも、獅子神皇の攻撃を見切るほどの力だ。
「なぜだ!?」
獅子神皇が理解できないとでもいわんばかりにわななき、声を荒げていた。獅子神皇がそうなるのも当然だろう。なにせ、先程の獅子神皇の攻撃は、圧倒的な数の剣と盾を神速で飛ばすというものであり、一見すると、回避することなどできないのではないかというほどのものだったのだ。魔王化したセツナやシールドオブメサイアの使い手たるクオンならばまだしも、ほかの仲間たちが無傷で切り抜けられるとは、到底考えられなかった。
全員がなにかしらの攻撃を受け、重傷を負うなり、致命傷を負うなり、命を落としたとしても、なんら不思議ではなかったし、獅子神皇がそんな地獄絵図を想像していたとしても、おかしくはない。
しかし、現実には、そうはならなかった。
全員が完璧に剣も盾も回避していたのだ。
「なぜ、当たらない!?」
「そりゃあ、全部視ていたからさ」
「視ていただと……?」
獅子神皇が疑問に表情を歪める様を視て、セツナは、はたと気づいた。獅子神皇がわざとらしく見せつけたままの第三の目が輝きを増している。左右の目とは異なり、縦になっているその目の輝きは、両目のそれとは明らかに違う感覚があった。
その違和感の正体がわからずにいると、獅子神皇が再び剣と盾を自分の元に集合させた。剣は剣の円環を、盾は盾の円環を構築し、獅子神皇を中心に回転する。大気を掻き混ぜ、切り裂き、破壊しながら、神威を撒き散らしていく。
「そのようなこと、あるわけがない!」
獅子神皇が吼えたときには、セツナたちは、ものの見事に散開している。
再び、視たのだ。
「あるんだなあ、これが」
「大ありでございますね」
「うむ、わしにもしかと見えておるぞ」
エスクやレム、ラグナがこれ見よがしに言い返す中、セツナは、未来視の中を加速していた。怒濤の如く殺到する剣と盾の複雑に絡み合い、隙ひとつ見当たらないような軌道の狭間にわずかばかりの間隙を見出し、隙間を縫うように飛翔する。それもこれも、未来視のおかげだ。だれかが見せてくれている一瞬先の未来は、約束された勝利の道となって輝いていた。
その輝いた道を突き進めばいい。
そうすれば、獅子神皇渾身の剣盾乱舞の真っ只中を掠り傷ひとつ負わず突破し、獅子神皇に肉薄できる。
事実、セツナは、獅子神皇の懐深くまで到達し、その胸に矛を突き立てた。胸甲を突き破り、強靭な肉体をも貫く。人間ならば心臓までも損傷するはずの一撃。無論、獅子神皇にそのような常識は通用しない。そもそも人間ではなく、また、それ以外の生物でもないのだ。
心臓の代わりに神兵や使徒、神将たちのような“核”を持っているわけでもない。
では、斃せないのか、といえば、そんなわけがあるはずもない。
神は不老不滅の存在だというが、封印することもできるし、滅ぼすことも出来る。
そして獅子神皇は、聖皇ミエンディアの力の継承者なのだ。
聖皇は、一度、敗れている。聖皇六将たちの前に命を落としているのだ。
その継承者に過ぎない獅子神皇が斃せないわけがない。
セツナは、獅子神皇の目を睨み据え、告げた。
「また、届いたな」
「セツナ……!」
獅子神皇が、両目を見開き、セツナをにらみ返してくる。その両手が胸に突き刺さった矛を両手で掴んだ。獅子神皇の莫大な神威とカオスブリンガーが放つ膨大な魔力が衝突し、凄まじいばかりの反発が起こる。強大な力の爆発。魔王が怒り狂い、獅子神皇もまた、怒号を上げる。
「裂けよ。割れよ。壊れよ。潰れよ。燃えろ。凍てつけ。吹き飛べ」
立て続けの神の声は、すべてセツナを対象としたものだった。皮膚という皮膚が裂けるのとともに、眼球が割れ、複数箇所の骨が折れた。内臓が潰され、髪が炎上し、皮膚が凍り付き、吹き飛ばされると、意識が消し飛ぶほどの痛みが襲ってきた。さらに神の剣と盾がセツナに襲いかかってくる。
「消し去れ」
またしても、神の声が聞こえた瞬間、セツナに殺到していた剣と盾が消滅した。そして、セツナの全身の負傷が消えてなくなる。こちらは、神の声ではない。クオンの援護だ。
「……そうか」
セツナは、空中で態勢を整えながら、確信を持った。獅子神皇を見遣る。
獅子神皇は、いまにも歯ぎしりが聞こえてきそうな凄まじい形相でこちらを睨み据えていた。力を誇り、唯一無双の存在と勝ち誇っていたころとはまったく異なる表情であり、様子だ。それもそうだろう。獅子神皇にとって想定外の出来事が立て続けに起きている。
そのひとつが、神の声の反乱であり、神の目の反乱だ。
反乱。
(違うな)
そんな単純なものではあるまい。
もっと複雑で、悲壮なものだ。
そのとき、セツナは、三度、未来を視た。
それは、超神速で飛来する獅子神皇の剣と盾がぶつかり合う光景だった。
ああ、そういうことか、と、セツナは想った。
セツナたちの目の前にいるのは、獅子神皇なのだ。




