第三千六百話 届く
「俺だけ?」
三枚目の盾をも貫けば、つぎに立ちはだかったのは剣だ。剣も盾と同じような構造になっているようだが、獅子神皇は、剣は分散させず、そのままでぶつけてきた。剣と矛が激突し、神威と魔力がぶつかり合う。激しすぎる力の衝突は、凄まじい熱となってセツナの体を突き抜けていく。
だが、セツナはと止まらない。空中で踏ん張り、剣を押し返し、前進する。獅子神皇は眼前。余裕たっぷりだったその表情に変化が生まれていた。
「それは違うな」
「違わないだろう。そなた以外のだれも、我に届いておらぬではないか」
「それはつまり、俺は、届いたってことだな。そうだよな!」
全力で矛を振り抜き、獅子神皇の剣を弾く。
その瞬間に生じた隙を見逃さず、矛を突き入れれば、黒き切っ先が獅子神皇の兜を突き破った。そして、そのままの勢いで頭部に突き刺さり、頭蓋を貫く。これ以上ないくらいはっきりとした手応えが、両手から全身に伝わってくる。しかし、そこで喜んではいられない。
セツナは、透かさず“真・破壊光線”を撃ち放つと、その状態のまま、矛を振り下ろした。
矛先から放出される黒き光の奔流は、さながら黒き光刃のようであり、獅子神皇の巨躯を頭部から真っ二つに切り裂いていった。
「届いた!」
だれかが歓喜の声を上げる。
「おおおおおおおおおおおっ!」
獅子神皇の咆哮がどこからともなく聞こえる中、セツナの目は、真っ二つになった巨躯がゆっくりと再生していく様を確認していた。不老不滅の存在たる神ならば当然のことではあるのだが、しかし、それは統合以前には見られなかった光景だ。
つまり、クオンとアズマリアの推察が正しかったということだ。
獅子神皇は、統合によってよる強大な力を得たが、同時に無敵の存在ではなくなったのだ。
もっとも。
「爆ぜよ!」
「吹き飛べ!」
「捻れよ!」
「砕けよ!」
獅子神皇の叫び声がどうじにいくつも聞こえたかと思うと、セツナは、突如として爆風に襲われ、吹き飛ばされた。両腕両脚があらぬ方向にねじ曲がり、全身の骨という骨が砕け散る。筆舌に尽くしがたい激痛に苛まれたのは、一瞬。つぎの瞬間には、すべてがなかったことになった。
ねじ曲がり、粉砕された骨という骨が元通りに戻った上、あらゆる傷も痛みも消えて失せている。
クオンのおかげに違いない。
セツナは、心の中でクオンに感謝しながら、獅子神皇に目を向けた。獅子神皇の再生速度は、統合以前とは比較にならないほど遅いものの、それでも十分すぎるほどに早い。既にほとんど完全に復元しており、傷跡ひとつ見当たらなくなっていた。
「あれは……神の声」
ルウファが、信じられないというような声でいった。
「神の声?」
「いったことを実現するという神将ナルドラスの能力です。なるほど、神将の能力は、獅子神皇から貸し与えられたものだった、ということですね」
「じゃあ、ナルノイアの能力も?」
「あの剣がナルノイアで、あの盾がナルガレスでしょうね」
「なーる……」
ミリュウとファリアがそれぞれに渋い顔をする。
ルウファにせよ、ミリュウにせよ、ファリアにしてもそうだが、神将との死闘は思い出したくもないくらいきつかったに違いない。死んでもおかしくはなかったのだ。特にミリュウはほぼ死んでいたというし、トワがいなければ、助からなかったのだという
「アレグリ……ナルフォルンは……」
「あの兜の内側に隠れてたぜ。神の目とやらはな」
セツナは、黒き矛が兜を貫き、切り裂いた一瞬に垣間見た光景を思い出しながらいった。獅子の兜に覆い隠された獅子神皇の額には、第三の目があったのだ。それがおそらく神の目であり、ナルフォルンに貸し与えていた能力なのだろう。
「兜に隠れていて意味があるのかどうかは知らないがな」
「あるでしょうね」
「へえ」
「神の目は、隔絶された空間の出来事すら見抜いていたわけですから、兜くらいどうってことありませんよ」
「そうとも」
エインの発言にうなずいたのは、獅子神皇だった。
「我が目は、万象一切を見通すものなり」
完全に回復した獅子神皇は、兜の形状を変化させた。獅子の頭部を模した兜に穴を開け、額にある第三の目を覗かせたのだ。そうすることで神の目の存在を主張したのだろう。
「そなたらがなにを企んでいようと、我が目を騙すことはできぬぞ」
「だが、届いた」
「なに?」
「黒き矛は、確かにあんたに届いたんだよ、獅子神皇」
セツナは、黒き矛を突きつけながら、いった。この手には、獅子神皇を切り裂いた手応えがはっきりと残っている。獅子神皇の肉体は復元してしまったが、なかったことにはならないはずだ。
魔王の力は、魔力は、神にとって大いなる毒だ。
並の神ならば再生を阻害されてしまうほどのものなのだ。
「それがどうしたというのだ。届いたからなんだというのだ。そなたの攻撃で受けた傷はもはや完全に回復した。わかるか? これが絶対的な力の差というものだ。そなたがどれだけ我を傷つけようとも、どうにもならない。我が滅び去ることは決してないのだ。我こそは唯一無双の存在なり」
「それはこちらも同じだ、獅子神皇」
クオンが、盾を輝かせながら、いった。
「セツナたちがどれだけ傷つけられようと、どうにもならない。セツナたちが滅び去ることはないんだ。ぼくがいる限り、決して!」
「そうだな、俺たちには最強の後ろ盾がある!」
クオンの力強く心底頼りがいのある声に押されるようにして、セツナも叫んだ。無敵の盾が後ろ盾となってくれているのだ。これほど心強く、頼もしいことはない。どんな負傷も、どれだけの致命傷も、死すらもなかったことにしてくれるのだ。
クオンの力が続く限り。
いや、クオンの命がある限り、その恩恵がなくなることはない。
「だから、なにも恐れる必要はない!」
「愚かな。力の差を思い知るがいい」
「思い知っているさ。だからといって諦めるわけにはいかないんだよ!」
セツナは、空を蹴るようにして、飛んだ。全速力で獅子神皇に接近すると、獅子神皇の光背が瞬いた。無数の光線が四方八方に飛んでいき、そのうちの数百本ほどがセツナに殺到した。セツナは、超高速で飛ぶことでかわしきろうとしたが、光線の追尾性能は凄まじく、追い着かれそうになる。仕方なく、矛を振り回して半数近くを消し飛ばし、残りを防御障壁で受け止めた。
瞬間、凄まじい爆発が起き、防御障壁が貫かれた。爆圧が前面から襲いかかってきたのと同時に、鋭い痛みが背中から襲ってきた。斬られたのだ。振り向き様、踵を叩き込もうとするが、獅子神皇の姿はなかった。あったのは、剣の刀身だけだ。無数に分かれ、飛び回り、こちらの攻撃を防ぐ盾と同じ構造の剣なのだ。刀身だけが自由自在に飛び回ることだって予想はできている。
切り傷がなくなるのを感じながら、獅子神皇を見遣る。
獅子神皇の周囲には、無数の光線が渦巻いていて、近づくことを拒んでいるかのようだった。
「凍てつけ」
「燃えよ」
「貫け」
「弾けよ」
神の声が幾重にも響き渡れば、エスクの光刃が凍り付き、シーラの尾が燃え上がり、ウルクの下腹部に穴が開き――獅子神皇の兜が弾け飛んだ。




