第三千五百九十七話 突然の
「俺の出番……か」
セツナは、クオンの目を見て、うなずいた。
クオンはシールドオブメサイアで、アズマリアはゲートオブヴァーミリオンで、それぞれ重要極まりない役割を果たした。ふたりとも力を使い果たしたといっても過言ではない状態なのだ。
であれば、役割を果たすのは、セツナの番だ。
もちろん、セツナひとりではない。
ファリアもルウファもミリュウも、皆いる。
皆と協力し、獅子神皇を討ち果たすのだ。
「おおおおおおおおおおおっ――」
獅子神皇の咆哮が幾重にも響き、跳ね返り、拡散し、乱舞している。
百万世界と呼ばれる異世界群、そのすべてに同時に存在していたという獅子神皇たちがこのイルス・ヴァレに集まり、ひとつになっていくというとんでもない出来事が起きているのだ。世界そのものが激しく震撼し、絶叫しているかのようであり、獅子神皇の力が容易く世界全土に及ぶほどのものであることを証明していた。
ルウファが構築し、たとえ壊されてもすぐさま元通りに、いや、それ以上の存在となるはずの翼の世界が、瞬く間に崩壊し、跡形もなく消し飛んでいったのも、これまでにないほどの神威が満ち溢れているからであり、セツナたちは、獅子神皇から素早く離れるほかなかった。
近づけば、巻き込まれる。
いくらシールドオブメサイアに護られているからといって、いままさに暴走している力の奔流の真っ只中に飛び込むのは得策ではない。
目が灼けるほどの光を発しながら膨張を続ける獅子神皇の力は、百万世界に分散していたものが統合されたからこそのものだということは、だれの目にも明らかだ。
そんなセツナの推察をミリュウが疑問として、言葉にした。
「百万世界中の獅子神皇をひとつに纏めたってことは、力もそれだけ増大してるってこと?」
「そうなるね」
間髪を容れず、クオンがいう。
視線の先では、獅子神皇の統合が続いている。神威の爆発的な増大による閃光と轟音の連鎖。それに伴う異常現象の連続。天が割れ、地が割け、虚空が砕け、時間が歪む。イルス・ヴァレそのものに大打撃を与えているのは間違いないが、それを止めることは出来ない。
「ちょっと、それって」
「とんでもなくやばいってことですな」
「怖いなら降りてもいいんだぜ」
「御冗談を」
軽口を飛ばすシーラに対し、エスクが笑い返した。
膨張し続ける獅子神皇の力を前にして、怖じるどころか、むしろやる気を見せているのがシーラとエスクだ。すると、ミリュウが想わぬことを口走った。
「そうそう、いまさら降りるなんて、ありえないわ。あたしは獅子神皇を討ち斃して、セツナと添い遂げるのよ!」
「この状況でなにいってんだよ、おまえは」
セツナは、ミリュウの発言に唖然として、頭を抱えたくなった。しかし、ミリュウは当然のようにいってくる。
「こんな状況だからでしょー」
「はあ!?」
「こんな状況だから、か……確かにそうかもね」
「さっすが、ファリア。わかるわよねー」
「わかるのかよ……」
ファリアが満面の笑みを浮かべる様を見て、セツナは途方に暮れた。ファリアが冗談や軽口のわからない人間ではないにせよ、このような状況でミリュウに同意するとは想定外にもほどがある。そして、ファリアは、眩しいばかりの笑顔で言い切った。
「でも、セツナと添い遂げるのはわたしよ、ミリュウ」
「ええっ!?」
「はっ、一番付き合いが長いからっていい気になるなよ、ファリア!」
素っ頓狂な声を上げるミリュウに対し、シーラが吼えるように挑戦状を叩きつける。
「最後に勝つのは俺だ!」
「シーラまで……なにいってんだ」
「よいではありませんか、御主人様。絶望しているよりは、余程」
「そりゃあそうだが……」
レムの言い分もわからなくはないものの、セツナには、なんとも言い難い感情が押し寄せてきていた。名状しがたい複雑な気分だ。まさか、獅子神皇との命を懸けた戦いの中でこのような感情に襲われるとは、夢にも思っていなかった。
「とはいえ、御主人様は永遠にわたくしの御主人様でございますから、御安心なさいませ」
「永遠ってなんだよ」
「永遠は永遠でございます。無論、これも愛の告白でございますよ」
「そうかよ……」
セツナは、もはやなにも言い返す気力もわかなかった。女性陣の言い合いに首を突っ込めば痛い目を見ることはわかりきっている。ならば、軽くかわし、流すほうが遙かに懸命だ。
そう想っているところへ、ラグナが首を突っ込んでくる。
「さすがは先輩――といいたいところじゃが、セツナはわしと一緒におるのが幸せじゃというておったのう」
「いってねえ」
「いっておったいっておった」
「どこでだよ!」
「ううむ、どこじゃったかのう」
ラグナが本気でそう思い込んでいるらしいという事実に愕然とするが、そんなラグナに対し牙を剥いたのはミリュウだ。
「年取りすぎてぼけてきたんじゃないの、この色惚け竜王!」
「だれが色惚け竜王じゃ!」
「あんた以外のだれがいるのよ!」
「じゃったら、おぬしは色惚け魔女ではないか!」
「師匠は色惚け魔女なんかじゃないよ! ラグナちゃん! お兄ちゃんが好きなだけだよ!」
「わしだって好きじゃ!」
「わたしだって好きだよ! 大好きだもん!」
エリナまで混ざり、いよいよ混沌染みてきた告白大会を眺めながら、セツナは、憮然とするほかなかった。
「なにやってんだ、あいつら……」
「本当、なにやってんですかねえ、この状況で」
「君たちは凄いな」
半ば呆然とした様子で話しかけてきたのは、クオンだ。女性陣の激しいぶつかり合いを目の当たりにして、なんといえばいいのかわからないといった有り様だ。
「だろ」
「だろ、って」
「引くなよ、そこで」
「引くでしょ、普通。君だって引いてたじゃないか」
「むう……」
「しかしセツナ。この場合、わたしはどうしたらよいのでしょうか」
「質問の意図がわからん!」
「セツナを取り合えばいいのか、それとも……」
「んなことしなくていい、戦闘態勢を取るんだよ!」
「わかりました」
「まったく、困ったひとたちだな」
言葉ではそういいながらも、満更ではなさそうな表情でエリルアルムがいった。彼女だけは、女性陣の乗りと勢いに巻き込まれなかったのは、喜ぶべきなのだろう。冷静な人間がひとりくらいはいてくれないと、困りものだ。
「……でも、頼もしいと想う」
「頼もしい?」
「こんな状況でも普段通りに振る舞えるんだ。こんな絶望的な状況なのにな。これを頼もしいといわずして、なんというやら」
「そう……だな」
エリルアルムが静かにうなずく横で、トワがこちらを見ていた。
「どうした、トワ」
「兄様。だいじょうぶだよ」
「え?」
「絶対、だいじょうぶだから」
トワがそんなことをいってきたときだった。
咆哮が止まった。
これまで世界全土を震撼させていたはずの轟音が消え去ると、天変地異が消え去り、静寂が訪れた。完全な沈黙。まるで時間までもが止まったかのような、無音の世界。だが、時間は止まっていない。
獅子神皇が発していた莫大な光もまた、収まっていた。
そしてそこに、獅子神皇がいた。
さっきまでとなんら変わらない姿の獅子神皇が、剣を振り下ろしていた。




