第三千五百九十六話 獅子神皇の秘密(五)
アズマリアは、クオンの頭上、空中に固定した小さな門の上に立っていた。
アズマリアやクオンが自由に動き回れるのは、ファリアたちのように獅子神皇の力によって拘束されていないからだろう。その点はセツナと同じだ。しかし、それでも、いまのいままで観戦するだけに留まっていた彼女がみずから戦いに参加するというのだ。
本当に、獅子神皇の秘密を看破し、打開する方法を見出したということなのではないか。
否応なく期待値が上がっていくのを止められない。
「ほう? 面白いことをいうものだ。理解したからといって、なにができるというのだ、このわたしに」
「なにができるか、だと? この状況を打開することができるのだよ。クオンとわたしの力によって、な」
アズマリアは、強い口調で断言しながら、頭上に手を掲げた。上空に波紋が広がり、波紋の向こう側からなにかが降ってくるのがわかる。それらは多種多様な形状をした無数の門であり、アズマリアの召喚武装ゲートオブヴァーミリオンであることは明らかだった。
だが、その思惑は想像できない。
「そして、セツナがおまえに止めを刺すのだ。獅子神皇よ」
「妄言だな」
獅子神皇が吐き捨てるように告げた直後、獅子神皇の分身たちが手を翳した。すると、分身たちの目の前にいたファリアやミリュウたちが跡形もなく消滅する。前に見た光景だ。あのときは、獅子神皇が惜別の言葉を発したものだったが、今度は一切の躊躇も余韻もなく消滅させた。
そして、つぎの瞬間には、ファリアたちの姿が現れている。
クオンだ。
「ぼくが、何度だって元に戻す。セツナたちは殺させない」
「ならば、何度だって消し去ってくれよう。どちらが先に力尽きるか、見物だな」
「そんなことをしている暇はないぞ、獅子神皇」
アズマリアが嘲笑ったとき、魔人の頭上で起こっていた門の召喚が終わった。精確な数はわからないが、数百万はくだらないのではないかという数の門が、上空を埋め尽くしている。翼に覆い尽くされた世界の空を埋め尽くす数の門だ。異様というほかない光景だった。門の色や形は、同じものがひとつとして存在しないようであり、種類の豊富さだけで圧倒されかねない。
「おまえが唯一無双の存在でいられた時間は、ここまでだ」
「なに……?」
獅子神皇が疑問の声を上げたのは、アズマリアの確信に満ちた発言によるところが大きいのだろう。
空を覆うすべての門が、同時に扉を開いた。
そして、門の向こう側に様々な情景が垣間見えたつぎの瞬間だった。
クオンが、盾を翳した。盾の円環が大きく広がったかと思うと、純白の光が空に向かって放たれた。盾から発せられた光は、門の向こう側へと飛んでいき、消えた。
「なんだ……?」
セツナは、ただ見守ることしかできない。
それが起きたのは、数秒の間もなかった。
門の向こう側に消えたはずの光が戻ってきたのだ。そして、獅子神皇の元へと向かっていく。。
「これは……そんな、馬鹿なっ!?」
獅子神皇が狼狽したのは、押し寄せる光を目の当たりにしたからなどではあるまい。もっとなにか、別の理由があるはずだ。でなければ、獅子神皇が狼狽えるはずもない。シールドオブメサイアの力など、一撃の下に粉砕できるのだから、なにも恐れる必要も驚く理由もないのだ。
だが、獅子神皇は、迫り来る光の波動を避けようともしなかった。
むしろ、受け入れるしかない、とでもいわんばかりの表情で、光を浴びた。
その瞬間、セツナは、獅子神皇に集まった夥しい光がシールドオブメサイアのものだけでないことを悟ったものの、それがなんであるのかはわからなかった。
視界を白く塗り潰すほどに莫大な量の光が一点に集まり、その中心で、獅子神皇が咆哮を上げている。雄叫びが天地を震撼させ、世界そのものが鳴動するかのようだった。大地が割れ、翼の世界が崩壊の兆しを見せ始めると、空を覆い尽くす門の数々が壊れ始めた。
「なにが……起きているんだ?」
「そうよ、いったいなにが起きてるのよ?」
「わからない、わからない……けど」
「クオンさーん、説明してもらえますかー?」
「いま、すべての世界の獅子神皇が、この世界の獅子神皇とひとつになろうとしているんだよ」
クオンがさらっといった言葉があまりにも衝撃的過ぎて、セツナは、思わず彼を見据え、絶句した。
「すべての世界の獅子神皇……!?」
「どういうこと!?」
「まさか、異世界にも獅子神皇がいたっていうわけ!?」
「その通り」
クオンは、激しく拍動する光の中心を見つめながら、肯定した。彼は一切動揺していないどころか、冷静そのものだ。
「獅子神皇は、百万世界に該当するすべての世界に同時に存在していたんだ」
「そんな……」
「そんなこと……ありうるの!?」
「同一存在……って奴か」
「似てはいるかもね。けれども、根本的に異なるものだよ」
セツナの発言を受けて、クオンが訂正するようにいった。
同一存在とは、セツナにおけるニーウェ、クオンにおけるヴァーラのような存在のことだ。同じ魂を持ったもうひとりの自分。ただし、世界も違えば成長過程も異なる以上、性格や外見に多少の違いがあってもおかしくはない。同じなのは、魂だけなのだ。しかし、それでも世界は許さない。同じ魂を持つものがふたり以上同じ世界に存在することは許されないのだ。
故に、ニーウェは全存在を賭けてセツナとの決戦を挑んだのであり、ヴァーラはクオンとの合一を選んだ。
などということを思い出せば、獅子神皇が盾が運んでくる光を受け入れたのも無理はない、と、思ったのだが、どうも違うらしい。
「百万世界に同時に存在し、互いに互いを補い合い、支え合う存在。だから、この世界の獅子神皇がどれだけ損傷しても、致命傷を負っても、瞬時に元に戻ってしまう。たとえば、腕を失えば、異世界の獅子神皇の腕と挿げ替えればいい。首を失えば首を、目を失えば目を、ってね」
「そうすれば、魔王の杖による攻撃からも身を守ることができる。よくもまあ、考えたものだ」
「つまり、獅子神皇は、常に異世界の自分と繋がっていた、ってわけじゃな?」
「そうだ。そして、その状態では、わたしたちには勝ち目がなかったということだ」
クオンとアズマリアの説明のおかげで、獅子神皇が損傷後瞬時に原理は、セツナにもなんとはなしに理解できた。しかし、クオンとアズマリアがどうやってそこまで見抜いたのかは、セツナにはとても理解できなかった。しかも、それが当たっているのかどうかもわからないのに行動に移し、成功させようとしているのだから、言葉もない。
「だが、いまや獅子神皇は、唯一の存在となった。この世界だけの存在となったのだ」
「そのためにぼくもアズマリアも力を使い果たしたけれど」
あっさりと衝撃的な事実を告白してきたクオンだったが、セツナに驚きはなかった。むしろ、あれだけのことをやっておいて力が有り余っているのなら、そちらのほうが余程異様だ。
アズマリアは、ゲートオブヴァーミリオンで世界中を繋げている上に、百万世界に属するすべての異世界と繋がる門を召喚した。
クオンは、セツナたち全員を護っている上で、そのすべての異世界にシールドオブメサイアの力を及ばせ、獅子神皇を捕らえ、イルス・ヴァレに運んできた。
どちらも、やれるだけのことやったのだ。
「セツナ。つぎは、君の出番だ」
クオンの目は、まっすぐにこちらを見ていた。




