第三千五百九十五話 獅子神皇の秘密(四)
獅子神皇の光背から放たれた無数の光線は、セツナたちを攻撃するために放たれたものではなかった。
ではなにを狙ったのかというと、翼だ。
翼の世界を構築するシルフィードフェザーの幾億の翼を尽く消し去るために光線を放ったのであり、流星群のように降り注ぐ光線の数々が地上を埋め尽くす無数の翼に直撃し、爆砕に次ぐ爆砕を引き起こした。地上だけではない。上空も、四方八方を覆い尽くし、壁となっている翼も、尽くが目標と定められていた。つまり、獅子神皇は、数億もの翼の数と同じだけの光線を放ったということだ。
さすがの獅子神皇も翼の世界は鬱陶しいと思ったのだろう。だから、力業で消し去ろうとした。
結果、爆砕に次ぐ爆砕が世界を震撼させ始めたのであり、翼の世界による時間静止も解除された。
すると、獅子神皇の残像が、獅子神皇本人に収斂するようにして消えていった。
「わたしよりも精確に、だと? 戯れ言を」
「なんとでもいえばいいさ」
セツナは、ミリュウをその場に解放すると、少し離れた。ミリュウの不満そうな声は無視し、羽撃く。超加速でもって獅子神皇との間合いを詰める。
「俺たちは、あんたを斃す。それだけだ」
「では、やってみるがいい。百万世界の真なる王たるこのわたしを斃せるものならばな」
「いわれなくてもやってやる」
翼と翼を重ね、エッジオブサーストの時間静止能力を発動すると、爆音が止み、絶対の静寂が訪れた。ただし、獅子神皇は当然のように動いていたし、セツナに向かって飛びかかってきていた。そして、その動きには残像が伴った。獅子神皇が体を動かすたびに残像が生まれ、その場に留まる。異様な感覚だった。獅子神皇の一連の動きがはっきりと確認できるくらいの数の残像が、その背後に連なっているのだ。
セツナは、それを確認するなり時間静止を解除し、獅子神皇の剣を矛で受け止めた。激突音が、復活した爆音の乱舞の中でも激しく響き渡り、衝撃波が拡散する。
「威勢だけでは、斃せぬぞ」
「俺がいつだって威勢だけじゃなかったさ」
「……そうだな。その通りだ」
獅子神皇は否定しなかった。剣と矛とで撃ち合いながら、いってくる。
「君はいつも約束を掲げ、いつだってその約束を護った。わたしが君に期待を裏切られたことは一度だってなかった。君は、いつだってわたしの英雄だったよ」
「っ……!」
セツナは、獅子神皇の瞳の中にレオンガンドを見出そうとしてしまい、舌打ちした。声音も獅子神皇ではなく、レオンガンドそのものだったからだ。危うく意気を飲まれるところだった。矛からの激しい叱咤に返す言葉もない。
爆音が止んだ。
翼の世界が消滅したのか、と、思いきや、気づくと、先程よりもさらに数多くの翼が四方八方、全周囲に満ちていた。数億枚の翼が数十億、数百億、いやさらにその何倍もの数になって、戦場を埋め尽くしている。
「これは……」
さすがの獅子神皇も呆気に取られたようだった。
そして、その隙を見逃すセツナではない。
矛を閃かせ、獅子神皇の剣を鍔元から断ち切り、全霊の突きで胸甲を突き破って見せた。確かな手応えが両手に残る。
「翼は羽を散らせ、羽は翼を生む。そして、翼の数だけシルフィードフェザーの力は増す。それが翼の世界が最大最強の能力たる所以」
ルウファが誇らしげに告げるのを聞きながらも、セツナの目は、貫いたはずの獅子神皇の胸甲が何事もなかったかのように元に戻っている様を見ていた。矛の切っ先は、元に戻った剣によってずらされていて、その結果こそが正しかったのではないか、と、錯覚させる。
(そんなはずはないが……)
この手には、確かな感触が残っている。獅子神皇の神威によって作り上げられた強靭極まりない装甲を貫いた感覚。手応え。その記憶が嘘だったとは考えられなかったし、やはり、獅子神皇のなにかしらの力が作用しているとしか想えない。
それがなんなのか。
先程見た残像のようなものが関係しているに違いないのだが、そこから本質を突き止めるのは簡単なことではない。
そのとき、大気が唸りを上げた。翼の世界そのものが激しく震え、世界に満ちた力が一点に集まっていく。その一点とは、無論、獅子神皇だ。シルフィードフェザーが生み出す風の力が急速に集中していくのを感じ取って、セツナは、一先ず獅子神皇の目の前から飛び離れた。
視界が歪み、獅子神皇の姿すら歪んで見える。
物凄まじい力が、獅子神皇に集まっているのがはっきりと見て取れた。しかし。
「こんなものではな」
獅子神皇が剣を真横に振った瞬間、空間に無数の剣閃が走り、風の力が爆散した。同時に生じた爆風は、むしろセツナたちに猛威を振るい、それぞれの全身に強く打ちつけた。
「わたしは獅子神皇だぞ。神々が王にして、百万世界を統べるもの。すべてを束ね、統率し、支配する。それがわたしだ。そして、これが、そのための力だ」
獅子神皇が双眸を強く輝かせると、すぐさま反撃に転じようとしていたファリアたちの動きが止まった。セツナは動けたし、即座に獅子神皇との距離を詰めたのだが、ファリアたちの身に起きている事態が気がかりだった。
見覚えのある光景だった。
ファリアたちのだれひとりとして、身動きひとつ出来ないまま、空中に固定されている。まるで彼女たちだけの時間が止まっているかのように。まるで、見えざる巨人の手で掴まれているかのように。
あのときと同じだ。
ファリアたちが獅子神皇の分身によって抹消されていったときとまったく同じ光景。
実際、同じ展開になった。
ファリアやミリュウ、ルウファたちの眼前に獅子神皇の分身が出現したのだ。
あのときは、クオンとシールドオブメサイアのおかげでどうにかなったが、今度は、どうか。クオンとシールドオブメサイアの能力に頼っているばかりでは、彼に負担がかかりすぎる。決して得策ではない。
だから、というわけではないが、セツナは、獅子神皇の分身を攻撃しようとした――そのときだった。
「理解したよ、獅子神皇」
クオンの声が、遠方から強く響いて聞こえてきた。全員の庇護と重傷を負ったさいの復帰を担う彼は、戦場が見渡せる遠方の高所に位置取っているのだが、故に、彼はまさしく天使のように見えた。もちろん、彼は神の使徒であり、天使そのものなのだが。
「なぜ、セツナの、カオスブリンガーの攻撃さえも通用しないのか、やっとわかった」
「本当なのか!? クオン!」
「本当だよ、セツナ。それもこれも、君や彼が時間を止めてくれたおかげだ」
クオンの確信に満ちた声は、これ以上なく頼もしかった。
「そして、いまこそそれを打ち破ろう」
直後、彼は予期せぬ言葉を紡いだ。
「アズマリア」
気づくと、紅き魔人がクオンの頭上にいた。




