第三千五百九十二話 獅子神皇の秘密(一)
「威力だけの問題じゃなさそうだけど?」
そういってきたのは、ファリアだ。再びオーロラストームが咆哮し、雷の渦が獅子神皇を襲う。先程の落雷よりも遙かに強力で凶悪な、雷光の奔流。獅子神皇は、やはり、避けようともしなかった。盾で防ごうともしない。当然、雷撃は直撃した。
しかし、獅子神皇は無傷だ。
セツナの目には、獅子神皇が損傷した様子すら見えなかった。
「その通り」
「うん? どゆことですか」
「奴には攻撃が通用しないわけじゃないんだ。これまでだって何度も痛撃を喰らわせられたんだ。奴の盾を粉砕したことだってある。でも、気がついたときには、元に戻っていた。再生でも、復元でもなく、な」
「それってやっぱり効いてないってだけなんじゃないの?」
「セツナのいっていることはわかるわ。いまのわたしになら」
ファリアが確信を持って、口を挟んでくる。
その間も、獅子神皇は野放しになってはいない。レムが矛でもって斬りかかったのと同時にウルクが殴りかかっており、ルウファの羽弾が獅子神皇を包囲していた。それらの攻撃がやはり獅子神皇に効かなかったのだとしても、ただ放置しておくよりはずっとましだろう。
「いまの攻撃のことよ。確かに、獅子神皇の鎧に傷つけたわ。でも」
「気がついたときには元通りだった」
「ええ。再生でも復元でもなく、ね」
「そして、ファリアの攻撃が傷つけた様子は、俺には見えなかった」
この場にいるだれよりも五感に優れ、動体視力も勝っているはずのセツナが、ファリアが見たはずの光景が見れないのは異様としかいいようがなかった。ファリアが嘘をいっているわけもなく、彼女が言うとおり、オーロラストームの雷撃は獅子神皇を撃ち抜いたのだろう。獅子神皇の鎧を傷つけたのだ。だが、つぎの瞬間には元通りに戻っている。
「あたしにも!」
「わしも見ておらんぞ。セツナよ、おぬしが傷つけたのもな」
「……どういうこと?」
「つまり、傷つけた本人にしか見えなかったってことだろ。どういう原理かは知らんが」
獅子神皇の剣によってレムが真っ二つに切り裂かれるのと、盾による殴打でウルクが遙か彼方まで吹き飛ばされるのはほとんど同時だった。そして、それとともに獅子神皇を包囲していた羽弾の尽くが砕け散る。
「そして、その原理を解明しない限り、俺たちに勝ち目はない」
「上等じゃない!」
ミリュウがラヴァーソウルの柄を掲げながら、叫んだ。当然のようにラヴァーソウルの刀身は存在しない。既に無数の破片となって空気中に漂っているのだ。それもただの破片ではない。微粒子ほどに小さく細かな破片であり、それらがミリュウの思い描く通りに動き回り、集まり、散らばり、虚空に無数の呪文を描き出していた。
「あたしが一番乗りに解明してあげるわ!」
「それは俺の役目だと想うんですけど……」
「戦えないあんたは下がってなさい!」
「まあ、それもそうですね……」
にべもないミリュウの発言にエインががっくりと肩を落とす。致し方のないことだ。彼はそもそも戦闘要員ではない。この場にいるのは、突入組の一員に名乗り出たからだったし、それは彼が必ずや自分が必要となるという結論を導き出していたからだ。そしてそれは間違っていなかった。
神将ナルフォルンことアレグリアは、エインとの対決を渇望していたからだ。
ナルフォルンは、クオンの半身を隠していたのだから、セツナたちの味方だったといえるだろう。その役割とは、ナルンニルノルでの戦いを突破したセツナたちにヴァーラを引き渡すことであり、そのとき、彼女は獅子神皇に滅ぼされることになっていたし、実際にそうなった。
アレグリアは死を覚悟して、クオンの計画に乗ったのだ。そして、消滅した。
だからこそ、エインの存在は、重要だったのだ。
少なくとも、アレグリアはそう想って逝ったはずだ。そう、信じている。
エインが役に立てないからといって消沈する必要はない。
「エイン。おまえはマユリ様と援護に徹してくれ。それだけで十分だ」
「はい!」
「現金な奴ね」
「彼もあなたにはいわれたくないと想うわよ」
「どういう意味!?」
ファリアが小さく告げると、ミリュウが素っ頓狂な声を上げた。
「そのままの意味だけど」
「いいのか? 俺が一番乗りに解明するぜ?」
「できるものならやって見せなさいよ、無理だから!」
「無理かどうかはやって見なくちゃ――」
ミリュウが宥めるというよりは煽り気味にいうと、エスクは、猪突猛進といわんばかりの勢いで獅子神皇に突撃していった。彼の背には一対の翼があったが、それはエリルアルムの召喚武装ソウルオブバードの能力によるものだ。ソウルオブバードは自分のみならず、他者に翼を与える能力を持っている。
空を飛べないものにとっては、これほど有り難い能力はないだろう。見れば、いつの間にやらファリアやミリュウ、エリナにまで翼が生えていた。ファリアもミリュウも召喚武装の能力の使い方次第で空を飛び回ることも不可能ではないが、移動のために頭を使い、能力を行使するよりも、ソウルオブバードの恩恵を受けたほうが負担が少ないのかもしれない。
エスクは、翼だけでなく、ホーリーシンボルの巨大な光輪を背負っており、その姿はどこか神々しく見えなくもなかった。とはいえ、だ。
「ぬおおおおおおおおおっ!?」
「いくらなんでも調子に乗りすぎだ」
獅子神皇に一蹴され、吹き飛ばされていくエスクを見ていると、セツナの視界に羽が舞った。白く美しい羽が無数に舞い踊ったかと想うと、羽から羽が生え、翼を形成していった。空中に舞う無数の羽が無数の翼となり、数多の翼がさらに大量の羽を散らせていく。羽が翼となり、翼が羽を増やすという異様な光景が目の前で繰り広げられ、セツナは唖然とした。
「なんだ、これは……?」
「ルウファよ」
「ルウファ?」
「そう、これが俺とシルフィードフェザー最大最強の能力なんですよ!」
ルウファが待ってましたといわんばかりに声を張り上げる。
彼の背には、既に数え切れないくらいの翼が生えていて、その姿は神々しいというよりも異様かつ圧巻といったほうが正しいだろう。彼の肉体の質量よりも翼の質量の圧倒的であり、どちらが本体なのかわからないといった有り様だ。しかし、当然ながら、主はルウファであり、翼たちは彼の想うがままに動き、羽撃いている。
かつて、六枚の翼を生み出すだけで多大な負担がかかっていた彼が、そのときとは比べものにならない数の翼を生やしているだけでなく、さらに無数の翼で戦場を埋め尽くしていくのだから、成長とは凄まじいとしかいいようがない。
「世界の理は翼」
ルウファがそう告げたときには、獅子神皇を中心とした戦場全体が数え切れない量の翼に包み込まれていた。
まさに翼の世界であり、神秘的かつ幻想的な空間に変わり果てた。




