第三千五百九十話 無駄
「ほら見ろ、当たったぜ!」
シーラが手応え抜群だといわんばかりに大声を上げたが、破砕の尾の先では、獅子神皇の傷ひとつない姿があった。直撃したのは直撃したのだが、やはり、獅子神皇には効いていないのだ。
「効いていないみたいですが」
「だねえ」
「うるせえ! 当たったのは当たったんだよ!」
レムとエスクにシーラが言い返す中、獅子神皇の剣が閃き、破砕の尾が消し飛ぶ。
そこへ、蒼白い光の奔流が殺到した。ウルクの波光砲だ。空間を蒼白く染め上げる分厚い光芒は、一瞬にして獅子神皇を飲み込んだが、しかし、つぎの瞬間、光の奔流が硝子細工のように砕け散る。光が散りゆく中で、獅子神皇は、剣を掲げているだけだった。
「確かに、まずは当てないことには始まらないのも事実ね」
「だろ!」
「シーラのは、相手がわざと受けたように見えたけど」
「むう」
シーラが唸ったのは、彼女自身、納得の行くところではあったのだろう。
その間、セツナも、手を止めて観戦しているわけではない。波光砲が防がれた直後には、獅子神皇の背後を取っている。同時に、左側面にはレムが、右側面にはエリルアルムが、正面からはウルクが飛びかかっていた。
エスクにせよ、シーラにせよ、ウルクの波光砲にせよ、ひとりずつ順番に攻撃するから容易く処理されてしまう。
かといって、セツナたちが多方向から同時に襲いかかったところで、獅子神皇に痛撃を叩き込むことなどまったくできなかったのだが。
容易く処理された。
左側面の攻撃は盾で防がれ、右側面は剣で制され、正面には神威の波動を発し、背後からのセツナの攻撃は避けようともしなかった。矛の切っ先が獅子神皇の兜を貫き、後頭部に風穴を開けた――ように見えたつぎの瞬間、セツナは、遙か彼方まで吹き飛ばされていた。
全身を貫いた衝撃と痛みに歯噛みしながら見遣れば、獅子神皇の後頭部に穴など開いていなかったし、兜も無事だった。
(なんだ?)
抜群の手応えと、確かな記憶。
だが、獅子神皇の兜には傷ひとつついていない。
そこへ四方八方から殺到する羽弾と雷撃が渦を巻き、螺旋を描いた。超極大の竜巻が生まれ、獅子神皇を飲み込む。さらに無数の光芒が獅子神皇に向かっていく最中、ミヴューラ神の極大光剣が、電磁竜巻ごと獅子神皇を両断しようとする。
「無駄だ」
獅子神皇の声がはっきりと聞こえたのは、電磁竜巻と光芒の数々、そして極大光剣が消滅した瞬間だった。獅子神皇は、やはりまったくの無傷であり、悠然と空中に浮かんでいた。
そのとき、突如、天地を振るわせるほどの大音声が響き渡ったかと想うと、頭上が真っ白く染まった。その大音声がラグナの咆哮だということに気づいたときには、空を白く塗り潰したそれが竜語魔法によるものなのだと理解する。
「なにあれ!?」
「空が落ちてくる……」
そんなエリナの表現がまさに正しいと想えたのは、頭上を一瞥した瞬間、視界を覆い尽くすほどに巨大な物体が地上に向かって迫ってきていたからだ。それが超巨大隕石であり、ラグナの魔法によって呼び寄せられたものだと認識できたとして、一目見た瞬間、腰を抜かすほどに驚いたとしてもなんの不思議もなかった。
それほどまでに巨大であり、そんな質量の物体が仮にこの地上に衝突するようなことがあれば、この世界にどれほどの打撃を与えるのか、考えるだに恐ろしい。
この世の終わりの風景とは、まさにこれのことではないか。
だが。
「無駄だといった」
獅子神皇は、軽く剣を翳してみせると、それだけで超巨大隕石を真っ二つに切り裂いた。さらに剣閃が無数に走り、超巨大隕石は粉微塵になった。空を覆い隠していたものが取り払われ、この上なく綺麗な空が顔を見せる。
「これが力だ。セツナ」
獅子神皇がセツナに目を向けたとき、彼は、頭上に掲げたままだった剣を振り下ろした。すると、どうだろう。四方八方から悲鳴が上がった。
「これが、無双の力なのだよ」
セツナは、なにもいわず、獅子神皇に向かって飛んだ。悲鳴は、ファリアたちのものだ。ファリア、ルウファ、ミリュウ、レム、シーラ――突入組の全員が同時に切り裂かれたのだ。獅子神皇は、剣を振り下ろしただけだ。ただそれだけで四方八方、様々な距離の取り方をしている全員を同時に斬りつけ、絶命させた。
また、殺された。
「わたしが君に見出し、夢にまで見た力がこれだ」
「安い挑発には乗るなよ、セツナ!」
「わかってる!」
クオンにそう叫び返したときには、獅子神皇を間合いに捉えている。矛を振りかぶり、突撃すれば、矛と剣が激突した。轟音と衝撃が周囲に散らばっていく。
「挑発?」
「おまえは俺たちの攻撃が無駄だといったな、獅子神皇」
「間違ってはいないだろう?」
「確かにそうだな。だがそれは、おまえも同じなんだ」
セツナは、獅子神皇と切り結びながら、にやりとした。そのころには、既にクオンがシールドオブメサイアで事実を反射させていた。
つまり、ファリアたち全員の死がなかったことになったのだ。
また、クオンに助けられた。
セツナは、その重大な事実を噛みしめながら、獅子神皇の剣を弾いた。何度となく切り結び、隙を見出しては攻撃を叩き込むのだが、やはり、効果がない。手応えがあり、獅子神皇の肉体が傷つく様をこの目で見ているはずなのに、つぎの瞬間にはなにもなかったことになっている。
「おまえの攻撃も無駄だ」
「どうかな」
獅子神皇は、余裕に満ちた表情だった。
「さすがは神理の鏡だ。法理に干渉し、事実をもねじ曲げるその力、魔王の杖に並び立つだけのことはある。だが、その力を使うおまえはどうだ、クオン。おまえの力が及ぶのは、セツナたちだけのようだぞ」
「なにをいってるんだ?」
それで十分だろう、と、言いかけて、セツナは口を噤んだ。ある事実に気づいたからだ。
「ミヴューラは潰えた」
獅子神皇がいったとおりだった。
天高く聳え立つミヴューラ神の巨躯が影も形もなくなってしまっていたのだ。
これまで、ミヴューラ神は、獅子神皇との激戦の中で何度となくその真躯を破壊され、分解され、ほとんど消滅しかけていたが、そのたびに復活してきたはずだった。どれだけ剣を分解され、腕を消滅させられ、上半身を消し飛ばされても、瞬く間に復元してみせたのが救世神ミヴューラの底力だったはずだ。
それが、いまは気配さえ感じ取れなくなってしまっている。
ファリアたちはひとり残らず元通りに戻り、攻撃に参加する姿勢を見せているというのに、もっとも強く、もっとも頼れるはずの救世神が、完全に消滅してしまったのだ。
これには、さすがのセツナも絶句するほかなかった。
「アズマリア。おまえのしてきたことはすべて無駄になったな」
獅子神皇は、セツナを弾き飛ばすと、魔人を冷笑した。




