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第三百五十八話 矛と盾(八)

 クオンは、遥か頭上で行われている戦闘をただ見守ることしかできなかった。

 だからといって、苛立ちを覚えたりはしない。それが自分の役割だということを認識しているし、なにもせずに突っ立っているわけでもない。

 精神を擦り減らし続けている。

 召喚武装を維持するということは、そういうことだ。

 召喚武装は、使用者の精神を喰らうことで、その能力を発揮しているといっていい。使用者が精神の供給を拒めば、召喚武装は能力を発揮しないだろうし、召喚に応じなくなるだろう。召喚者と召喚物の関係とは、その程度のものだ。

 契約によって結ばれた関係。

 契約によって縛られた絆。

 それだけの関係。

 その程度の絆。

 その程度の。

 果たしてそれは絆などと呼べるものだろうか。

 クオンは、シールドオブメサイアを召喚するたびに想うのだ。この純白の盾は、なぜ、クオンの召喚に応じ、自分の召喚武装となったのだろう、と。考えても答えは出ない。夢と現の狭間に現れる彼女は、こちらの問いをはぐらかすだけだ。

 薄弱な、それでいて強い結びつき。奇妙な関係。奇異な絆。

 真円を描く純白の盾。無敵の盾。《白き盾》の象徴にして、彼の名を大陸小国家群に轟かせた規格外の召喚武装。召喚武装のほとんどが規格外といえばそれまでなのだが、それら数多の召喚武装の中でも、シールドオブメサイアの能力は異彩を放っていた。

 一切の攻撃能力を持たない代わりに、一切の攻撃を受け付けないという能力は、彼個人で戦うときには使いにくい能力だ。

 無論、盾を召喚したまま戦うことは不可能ではない。防壁を維持したまま、剣や槍を振り回すことも十分可能だろう。しかし、彼はそういう風に戦ったことはなかった。

 いつだって、仲間がいたからだ。

 ウォルド、マナ、イリス、グラハム、そして、彼ら以外の多くの団員たち。

 数多の仲間が、彼の剣や矛だった。その代わりといってはなんだが、クオンは、彼らの盾であり、鎧だった。それも絶対無敵の盾であり、金剛不壊の鎧である。仲間たちは、恐怖とは無縁の戦いを続けてきた。

 どんな敵を相手にしても、彼らが怖じる必要はない。敵の攻撃はすべて、シールドオブメサイアが受け止めるからだ。皇魔が相手でも、圧倒的大軍勢が相手でも、そして、ドラゴンが相手であっても、《白き盾》の団員たちは勇猛果敢に戦った。

 だが、ドラゴンには敵わなかった。ドラゴンは、マナのスターダストのみならず、シールドオブメサイアの能力をも模倣してみせたからだ。

 無敵の防壁を得たドラゴンを傷つけることは、ルクス=ヴェインのグレイブストーンを持ってしても不可能であり、当然、ウォルドのブラックファントムやマナのスターダストで打ち破れるはずもなかった。

 撤退という判断に間違いはなかった。中央軍は、それによって各軍との合流を成し、ガンディア軍は七千の大軍勢に膨張したのだ。これだけの戦力があれば、龍府を落とすのは難しくはない。

 問題は、龍府までの道中に立ちはだかるドラゴンだ。五方防護陣の各砦に出現したと思しき龍の首は、ヴリディアと同じく召喚武装を模倣する能力を有すると目されていた。ドラゴンとドラゴンの間を通過して龍府に向かうという方法も、提案されたようだ。しかし、二体のドラゴンによる挟撃を受ける可能性を考慮すれば、却下せざるを得まい。

 かくして、ガンディア軍が取ったのは、作戦というのも憚られるような代物だった。

(ぼくとセツナのふたりで釘付けにする、か)

《白き盾》団長クオン=カミヤと王立親衛隊《獅子の尾》隊長セツナ・ゼノン=カミヤの初の共同作戦は、ガンディア軍を大いに沸かせたようだ。ガンディアの誇る最強の矛と、ガンディアにとっても小憎らしい無敵の盾の共演なのだ。ふたりの活躍を知っているものならば、興奮するのも当然だった。

 クオン自身、その話を聞かされたとき、興奮を隠せなかった。

 もちろん、わかってはいたことだ。

 飽くまでも龍府の陥落に拘るのなら、五方防護陣を突破しなければならない。しかし、ドラゴンはあまりに強大であり、凶悪だった。

 七千の戦力を総動員しても勝てるかどうかわからない。いや、勝てないだろう。矢は通らず、剣も槍も斧も鎚も、竜の外皮を傷つけることもできなかった。召喚武装を用いれば、その能力を模倣され、手痛い反撃を食らう。

 なんの考えもなしに全軍突撃すれば、壊滅するのは目に見えている。竜の出現によって、絶対的な防衛戦が構築されたのだ。

 ザルワーンの首都たる龍府を守護する絶対防衛線。だれかがいっていた真の五方防護陣というのも、あながち間違ってはいないのかもしれない。そのために五つの防衛拠点を失ったものの、敵軍の龍府への接近を阻むというだけならばこれ以上のものはなかった。

 その防衛網を突破するためには、最高の戦力を投入する必要があった。

 ガンディアの最高戦力といえば黒き矛のセツナだというのは、だれもが認めるところだろう。彼の戦果は、だれもけちをつけることができない。このザルワーン戦争における戦功だけで、彼の一生は安泰ではないかと思えるほどだ。

 ふたつの都市の制圧に多大な貢献をし、ひとつの軍勢を叩き潰した。ドラゴンには敗れたが、それはクオンとて同じだ。無敵の盾が撤退を選択する相手だ。黒き矛が敗北を喫したところで、恥じるような相手ではない。もっとも、彼はその敗北を覆したがっているようだが。

 そして、セツナとカオスブリンガーだけでは、ビューネルと同じ過ちを繰り返すことになるのは、だれの目にも明らかだ。セツナはガンディアにとって重要な戦力。彼を失う賭けに出ることはできない。

 ならば、クオンに白羽の矢が立つのは、当然の成り行きだといえた。

 圧倒的な攻撃力を誇る黒き矛と、絶大な防御力を誇る白き盾が協力すれば、ドラゴンを倒すことは難しくとも、ガンディア軍が通過するまでの時間稼ぎくらいはできると踏んだのだ。

 それくらいならば容易い御用だと、クオンは思ったし、セツナも思ったに違いない。しかし、セツナはドラゴンを倒したがっている。ドラゴンを倒すことができれば、先の敗北を帳消しにすることは不可能でも、薄めることくらいなら可能だろう。ドラゴンに負けたところで、汚名にもならないのだが、彼は納得していないようだ。

 彼は、ドラゴンを倒す気で、天に至るほどに巨大な体躯を駆け登っていってしまった。

 地上に残されたクオンからは、セツナの姿はほとんど見えなかった。地上数百メートルの高度だ。いくら召喚武装によって視力が強化されているとはいえ、豆粒にしか見えなかった。豆粒くらいでも認識できるだけましなのかもしれない。

 彼の戦いぶりが見えないのは残念極まりないが、セツナの存在は感じ取れていた。でなければ、彼を護ることはできない。シールドオブメサイアがどれだけ強力な召喚武装であっても、認識できないものを護ることはできないのだ。

(だいじょうぶかな)

 クオンが心配しているのは、彼がドラゴンに敗れたり、負傷するようなことではない。シールドオブメサイアの庇護下にある限り、そんなことはありえない。

《白き盾》が無敵の傭兵団や不敗の軍勢と呼ばれるのは、シールドオブメサイアがまさに無敵の盾だからだ。大局的な意味で敗北することはあっても、《白き盾》が敵と戦って敗れ去ったことはなかった。それは自負でも何でもない。ただの事実であり、だからこそ勝ち誇る必要もない。

 クオンがセツナの位置を認識し、シールドオブメサイアが彼を守護している限り、負けることはないのだ。

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