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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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第三千五百七十六話 嘲笑う


「だったら、尚更だな」

 セツナは、ルウファの目を見つめて、いった。

「尚更、負けるわけにはいかない」

「はい」

 ルウファが力強く頷くのを見て、セツナは、アルガザードとの戦いを経て、彼の決意がより強固なものになっていたことを理解する。神将に変わり果てた実の父との対決ほど、彼にとって辛いことはなかったはずだ。それだけではない。兄も神将となり、弟は獅徒となった。バルガザール家の人間は、彼ひとりを残して、ネア・ガンディアに与し、彼の敵となってしまったのだ。

 ルウファにしてみれば、獅子神皇は、親兄弟の尊厳を奪った憎き敵であり、故にこそ、その決意が揺らぐことはないのだ。

 獅子神皇が、レオンガンド・レイ=ガンディアの成れの果てであったのだとしても。

 ルウファの決然としたまなざしには、絶対的な覚悟を感じられた。

(託された想いに応える……か)

 周囲を見回しながら、胸中でつぶやく。

 いまは、そういった。

 しかし、この戦いに身を投じたのは、ひとびとに想いを託されたからではなかった。

 そうしなければならないと断じたから、そうしたまでのことだ。

 自分の意思、自分の想いこそが、この決戦の地に飛び込むことになった最大の力なのだ。セツナだけではない。突入組の全員がそうであるはずだ。そうでなければ、これほどまでの死闘を潜り抜けることなどできなかったはずだ。

 一歩間違えれば死ぬかもしれないのだ。

 実際、ミリュウもファリアもだれもかれも死にかけている。

 それほどの激戦が待ち受けていることはだれもが理解していた。故に、生半可な覚悟や決意では駄目だったのだ。ただひとにいわれるままでは、ここには至れなかったに違いない。

「……準備は、いいな?」

「ええ!」

「もっちろん!」

「はい!」

「うん!」

「うむ!」

「応!」

 セツナが皆に尋ねると、異口異音の肯定があった。

 セツナも準備万端だ。ヴィシュタルとの戦いで切り取られた右腕も、トワの御業によって接合され、全身の傷同様完治している。精神的な消耗までは回復できていないが、こればかりは致し方がない、回復を待っている時間など、どこにもないのだ。

 最終最後の決戦、その幕を開くときがきた。

 そう想った矢先だった。

 軍神の間は、一見、どこかで見たことがあるような気のする広大な平野だった。その一部に戦いの痕が刻まれており、エインとアレグリアがなんらかの方法で戦っていたことが窺い知れる。そんな平野を包み込む空の色が大きく変わった。

 群青から純白へ。

 大地も白く塗り潰されたかと思うと、凹凸のあった地面が真っ平らな床へと変わっていく。

「なに?」

「なんなの?」

「これは……」

「こうなった以上は致し方あるまい」

 セツナたちの反応を掻き消すようにして、その声は、朗々と響き渡った。極めて威圧的で神々しさ満点の声。神々の王の偉大なる声。耳にするだけで身も心も震え、身動きひとつ取れなくなりそうなほどだった。声を直接耳にするだけで、だ。

 あのときと同じだ。

 初めて獅子神皇と対面したときと同じ感覚。

 だが、あのときとは確実に違うこともあった。

 セツナの体が思うままに動いたのだ。

 顔を声のした方向に向けることができたし、そのまま体勢を整えることだってできた。全身に満ちた魔王の魔力が神の声に満ちた莫大な神威に対抗しているからだ。そして、魔王の杖と六眷属が、神々の王に対する凄まじい怒りと憎しみを剥き出しにしていることが肌で感じられた。溶岩のように煮えたぎる怒りと、どす黒く渦巻く憎しみは、魔属が神属に対して抱く当然の感情なのだ。

 魔と神は相反し、対立する。

 百万世界の根本原理のひとつだ。

 故にこそ、セツナは、獅子神皇を見ることが出来た。

「わたしみずから、おまえたちの相手になろう」

「獅子神皇……!」

 セツナは、矛を握る手に力が籠もるのを認識しながら、獅子神皇を見据えた。

 獅子神皇レオンガンド・レイグナス=ガンディアは、玉座に腰を下ろしていた。ゆったりと、別段、構える風でもなく、余裕に満ちた態度、様子でこちらを見ている。その顔は、やはり、セツナの知るガンディア国王レオンガンド・レイ=ガンディアそのひとのものであり、白化し、金色の目を持っていなければ、目の前で平伏したかもしれないくらいの威厳を感じてしまうほどだ。

 白は、神の色。

 肌や頭髪だけでなく、身に纏うものも白を基調としており、派手な装飾や複雑な意匠は見受けられなかった。むしろ簡素そのものといっても過言ではない。だが、むしろ、その簡素さこそ、獅子神皇が神々の王たる所以なのかもしれない。

 外面を取り繕う必要がないのだ。

 強く見せる必要も、偉く見せる必要もない。

 ありのままの姿で十分である、とでもいわんばかりだった。

 そして実際、その通りなのだろう。

 玉座は、セツナたちが立っている場所より数段高い位置にある。その背後には純白の壁があり、遙か頭上に天井がある。それも真っ白だ。ここはどうやら、ナルンニルノルの中枢であるらしい。

 つまり、軍神の間が溶けるようにして変化したように見えたのは、空間転移の一種だったことを悟る。獅子神皇の力を以てすれば、あのような方法で空間そのものを別空間に移送することも可能だということだろう。それだけで獅子神皇の力の凄まじさがわかるはずだ。生半可な神業ではない。

 獅子神皇は、冷厳なまなざしをこちらに向けていた。金色の瞳に宿る意思からは、感情を読み取ることはできない。

「獅徒も、神将も、役には立たなかった。侵入者のだれひとりとして斃せなかったどころか、裏切り者まで出る始末。これを役立たずといわずして、なんという?」

「いいや」

 セツナは、頭を振った。同時に、魔王の魔力でもってファリアたちの精神的拘束を解き放つ。金縛りから解き放たれたファリアたちは、すぐさまセツナの側に駆け寄ってきた。皆、獅子神皇を背後に感じていたのだ。

「役には立ったさ」

「ほう? どう、役に立った?」

「俺たちが強くなれた」

「……なるほど。それは盲点だったよ、セツナ」

 獅子神皇は、冷淡に微笑を浮かべた。その表情を見せつけられるだけで、セツナはどうしようもない怒りを感じずにはいられなかった。それは、レオンガンドの表情ではない。レオンガンドが見せたことのない表情であるそれは、獅子神皇のものだ。獅子神皇という怪物の顔。

 レオンガンドを名乗る神の怪物。

「だが、そんな風に勝ち誇っている場合ではあるまい」

 不意に獅子神皇の頭上の空間が歪むと、光の幕が展開した。映写光幕のようなそれは、ナルンニルノルの外の光景を映しだしていた。

 ナルンニルノルを遙か上空から捉えた映像。

「おまえたちがわたしと戦っている間に、ナルンニルノルが世界を滅ぼしてしまうぞ?」

 獅子神皇が危機感を煽ってくるのも当然の光景が、光の幕の向こう側に展開していた。ナルンニルノルが異形の獅子に変形したことによって、連合軍対ネア・ガンディア軍の大決戦は、悲惨極まりない状況になっていた。なぜならば、異形の獅子は、連合軍のみならず、ネア・ガンディア軍にまで攻撃を加えており、その攻撃が苛烈極まりないからだ。

 異様な建造物に見えたナルンニルノルがまさか戦略兵器のような存在になるとは、さすがのセツナも想像していなかったし、その結果、連合軍が窮地に陥るなど、想定の範囲外も範囲外だ。だが。

「そんなことにはならないさ」

 神を嘲笑うような声が、響き渡った。

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