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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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第三千五百七十二話 神の目の瞬き(二)


「もっとも、その命は、獅子神皇様に拾われ、繋ぎ直されたもの。仮初めの、偽りの命」

 ナルフォルンがみずからの胸に手を当てる。声音は柔らかく、敵意も殺意もない。アレグリア=シーンのことを思い起こさせる。

「故に生の実感はなく、まるで過ぎ去った夢を見ているようなものでしかない」

「過ぎ去った夢……」

「悪い夢です」

 自嘲するように彼女は笑った。そのとき顔に刻まれた笑みはあまりにも儚く、触れただけで壊れそうなほどに脆く見えた。

「悪い夢に囚われている。獅子神皇様がそうであるように、わたしも……神将の皆様方も、そう」

 ナルフォルンの深い哀しみに満ちた声が、救いを求めているように聞こえたのは、都合のいい変換だろうか。セツナには、そうは思えなかった。心よりの慟哭に聞こえた。嘆きに。絶望の叫びに。だから、滅ぼしてくれ、とでもいうのではないか、と、戦々恐々とした。

 神将は滅ぼす以外にはないのかもしれない。

 だとしても、この手で滅ぼしたくなどなかった。

 覚悟は、とうの昔に決めている。敵は斃す。敵は殺す。敵は滅ぼす。そんなことは、当たり前といっていい。だが、それはそれとして、かつての同胞を、かつての仲間を、かつての友をみずからの手にかけることを心底望むことなどありはしないのだ。

「だからこそ、このときを待っていた。待ち侘びていたんですよ、エインくん。セツナ様」

 ナルフォルンの神々しい光を発する体が、より強い光に満ちていく。

「ヴィシュタル殿」

 そこにクオンの獅徒としての名が入るのは、彼が最初にナルフォルンになにかを促すようにいったことが関係しているのだろう。

 クオンとナルフォルン。

 ふたりの間には、なにやら深い結びつきがあるようだった。

「ねえ、これ、まずくない?」

 ここぞとばかりにセツナの腕をしっかり抱きしめてきながら、ミリュウがいった。まばゆいばかりの光の中で、ナルフォルンの肉体が急激に変化しているのがわかったからだろう。

「なにがだ?」

「なにがって、“真聖体”でしょ?」

「だろうな。だが、心配するような事態にはならないんじゃないか」

「なんでそう断言できるのよ」

「“真聖体”とやらがなにか知りませんが、俺もセツナ様と同じ考え、同じ気持ちですよ」

「なにそれ」

 ミリュウはまったく理解できないといった反応を見せたが、それもそうだろう。ミリュウがアレグリアと心を通わせ合う間柄だったなどという話は、聞いたこともなかった。むしろ、ミリュウがアレグリアを一方的に敵視している気配さえあった。アレグリアがセツナに好意を寄せていることを隠さなかったからであり、それがミリュウには許せなかったからだろう。

 とはいえ、セツナも、エインほどに彼女を理解しているわけではない。ただ、なんとなく、そう感じただけのことだ。

「セツナのいうとおり、なんの心配もいらないよ」

「信用性皆無のひとに保証されてもな」

「……まあ、そうだろうね」

 ハートオブビーストを構えるシーラの冷ややかな反応に対し、クオンは苦笑するほかなかったようだ。

 そうしている間にも、ナルフォルンの肉体に起きている変化は、終わった。軍神の間を包み込むほどに強烈だった光が薄れていくと、ナルフォルンの“真聖体”が明らかとなる。

 人間時代とさほど変わらない外見だった通常時とは大きく異なり、“真聖体”は、完全なる異形といってよかった。

 まず、体全体が二回りほど大きくなっている。人間から巨人になったような印象を受けるのだが、それでも華奢に見えるのは、体つきのせいだろう。細くしなやかなのだ。そんな体の上から白く華麗な装束が幾重にも重なって重厚感を増している。そして、袖から覗く細長い腕や足の表面には、無数の目があった。通常時のナルフォルンの目とは大きく異なるそれらの目は、手の甲から手首、腕までほとんど隙間なく存在しており、それは足も同じようだった。

 さらには胸元から首筋までも目によって覆い尽くされており、それだけで異形感が凄まじかった。

 ただし、顔面にふたつあるはずの目はなく、眼孔には真っ黒な空洞があるだけだった。

 頭上には天体を意匠としたような冠があり、背後には複雑な図形が光を放って浮かんでいる。

「あれがナルフォルンの“真聖体”……」

「まるで目玉のお化けね……」

「うわ、気持ち悪っ!」

 ミリュウの素直すぎる反応は、ナルフォルンの“真聖体”を見た全員の気持ちを代弁するようなものであり、だれひとりとして彼女の意見を否定しなかった。彼女のいうとおりなのだ。ナルフォルンの全身は神々しく輝いているものの、全身を埋め尽くす目玉の数々は、神々しさ以上の不気味さを感じさせ、ひとによっては吐き気すら催すのではないかと思えた。

 気味悪がっているのは、ミリュウだけではないのだ。

「わたしはナルフォルン。それは神の目を意味します」

 しかし、ナルフォルンは、こちらの反応など意に介することなく、告げてきた。

「この目は、獅子神皇様の目。世界を見通し、宇宙を見通し、すべてを見通す。過去も現在も未来も、この目に見えないものはありません」

「……この状況もお見通しだった、と?」

「いいえ。そうではありませんよ」

 ナルフォルンが少しばかり苦笑すると、体中のすべての目が反応した。やはり、“真聖体”の全身の目は飾りなどではなく、本物の目なのだ。目の数を増やせばそれだけ視界が広がり、視覚情報が増える、とでもいうわけではないだろうが、そう感じさせる姿だった。

「未来は常に揺れ動き、変動し続ける。特にセツナ様、あなた様の存在は、確定したはずの未来すら変動させる」

「とはいえ、こうなることを信じていたんだけれどね」

「おまえがか?」

「そうだよ、セツナ」

 クオンは、うなずくと、ナルフォルンの元へと近づいていった。警戒など一切していなければ、完全に安心しきっているとでもいわんばかりの様子だ。

「君ならば、必ずやぼくたちを打ち破り、ここまで辿り着くと信じていた。だから、ぼくは彼女と共謀したんだ」

「共謀?」

「すべてを見通す神の目を欺くには、どうすればいいと想う?」

「……なるほどな」

「どういうこと?」

「神の目そのものに協力を求めた、ということでしょうね。でも、いったいなにを?」

 エインの疑問ももっともだった。獅徒ヴィシュタルが神将ナルフォルンと共謀し、なにを企んでいたというのだろうか。

「ナルフォルン、頼む」

「はい、ヴィシュタル殿」

 ナルフォルンのすべての目が閉ざされたかと想うと、その重厚な衣がつぎつぎと開かれていく。するとどうだろう。ナルフォルンの体の内側から光が溢れ出し、質量を持ったなにかが飛び出してきた。そしてそれは、クオンの目の前で静止し、形を整えていく。

 光が薄れると、その姿がはっきりとした。

 クオンだ。

 それは、確かに人間時代のクオンそのものの姿をしていた。

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