第三千五百六十一話 破壊(二)
極めて単純な理屈だ。
ただ、破壊する。
それだけのことだ。
それだけのことでいい。
それだけのことしかできないのだし、それだけのことに特化した武器なのだから。
そして、その力を信じている。
信じることは神の力の源だが、だからといって、魔王の力がそれによって低下するわけでもない。むしろ、増大する。
カオスブリンガーと六眷属の力が際限なく流れ込んできて、セツナのすべてを作り替えていく勢いだった。視覚、聴覚、触覚――ありとあらゆる感覚が肥大し、尖鋭化していけば、身体能力もまた、相応に増強されていく。
魔王の力。
魔王の魔力。
極めて禍々しく、破壊的で、邪悪と呼ぶに相応しい力の奔流がセツナの全身を貫いていく。
「どうやって――」
「破壊するかって?」
セツナは、ヴィシュタルの金色の目を見据えた。セツナの魔性が増幅するのに比例するようにして、ヴィシュタルの神性もまた、加速度的に増大しているように想えた。
気のせいなどではあるまい。
魔王の杖と神理の鏡。
相反する性質を持つふたつの召喚武装は、百万世界における二大属性、その頂点といっても過言ではないのだ。
魔属の頂点が魔王の杖ならば、神属の頂点が神理の鏡として、顕現している。
故に、魔王の杖がその力を増せば、神理の鏡もまた、その力を増す。
否応なく膨れ上がる力と力は、互いにぶつけ合ってもいないのに衝突し、火花を散らせ、空間に歪みを生じさせる。それだけでどれほど強大な力が渦巻いているのかがわかろうというものだ。
この犠聖の間という隔離領域の修正力すらも凌駕するほどの力がぶつかり合っている。
「ただ、破壊するんだよ!」
叫び、カオスブリンガーを掲げるのと同時だった。
黒き矛の穂先が変形し、昏き闇の力の奔流が撃ち出された。“真・破壊光線”。それこそ、魔王の魔力そのものであるそれは、両者の力の衝突によって歪みきった空間を打ち砕きながら、ヴィシュタルへと突き進んでいく。
全周囲、ありとあらゆる方向、角度から、だ。
マスクオブディスペアの能力で生み出した分身たちが放った“真・破壊光線”もまた、ヴィシュタルの元へと殺到していたのだ。
分身たち。それはもはや、セツナの影というべきものではなくなっていた。いうなれば魔王の影だ。魔王の影が操る黒き矛は、まさに魔王の杖そのものというべきなのかもしれない。
故に、“真・破壊光線”を撃ち放つことができる。
数千の“真・破壊光線”が殺到する中、ヴィシュタルの表情に変化はない。至って冷静で、無表情に近いくらいだ。
そんなことはどうでもいい、と、セツナは、無数の昏く黒い光がヴィシュタルを包み込む守護結界に激突する瞬間を見ていた。
凄まじい衝撃が、世界を揺らした。
犠聖の間だけではない。
数千もの“真・破壊光線”は、犠聖の間と外界の境界に修復しようのない巨大な穴を開けていたのだ。それによって、守護結界との衝突の際に生じた爆発は、犠聖の間に留まらず、外界にまで影響を及ぼしたはずだ。
言語に絶するとしかいいようのない大爆発は、ヴィシュタルを中心とする守護結界の周囲にとてつもなく巨大な空隙を作り出す。この隔離領域の隔壁に穿たれた巨大な穴は、ナルンニルノルの外ではなく、イルス・ヴァレの外と通じているようだった。
まるで宇宙空間のような混沌とした闇が広がっていたのだが、そのことに注目している暇はなかった。なぜならば、つぎの瞬間には、すべての“真・破壊光線”が反射されていたからだ。
“真・破壊光線”が直撃し、世界間隔壁に穴を開けるほどの超爆発を起こしたというのにも関わらず、ヴィシュタルの守護結界は無傷だった。しかも、爆発を反射しただけに留まらず、“真・破壊光線”をも、まったくそのまま完全無欠に反射して見せたのだ。
ヴィシュタルに殺到した数千の黒き破壊の奔流が、逆再生映像のように元に戻っていく。ただし、それは“真・破壊光線”が元の軌道を精確に辿っているだけであり、元に戻っているわけではない。目的地に辿り着けば、当然、破壊を起こす。
もっとも、セツナも魔王の影たちも、“真・破壊光線”を反射されたときには場所を移している。
よって、“真・破壊光線”は、目標を見失ったまま真っ直ぐに突き進んでいった。下方に向かったものは地面に激突して極大の破壊を起こし、なにもない空中を突き進んだものは、この隔離空間の見えない壁にぶつかり、これまた特大の破壊を引き起こした。
その瞬間、犠聖の間は、もはや隔絶された領域ではなくなった。
ヴィシュタルの周囲に大穴を穿たれていた世界間隔壁はあっという間に修復されてしまったが、犠聖の間と外界を隔絶する壁の修復は、まったく間に合っていなかった。
セツナがその気になれば抜け出すことも可能なくらいの時間的猶予があったのだ。
だが、セツナは、抜け出さなかった。
破壊しなければならない。
斃すべきは獅子神皇だ。獅子神皇打倒のために犠聖の間を抜け出し、ヴィシュタルをここに放置しておくという手もないではない。が、そんなことをすれば、獅子神皇との戦いに集中できなくなること請け合いだ。
ヴィシュタルが犠聖の間に留まってくれるのであれば話は別だが、そんなわけがない。
ヴィシュタルを無視して獅子神皇と戦えたとしても、その真っ只中に飛び込んでくるに違いない。そうなれば、ただでさえ強敵の獅子神皇がより強く、厄介な存在になることは目に見えている。
まずは、ヴィシュタルを斃すことだ。
この厄介極まりない神理の鏡を破壊し、ヴィシュタルを破壊し、そして、獅子神皇を破壊する。
(そう、それが……俺の!)
左腕を翳し、“真・闇撫”の発動させる。突如として出現した巨大で異形の闇の掌――魔王の掌が、ヴィシュタルを守護結界ごと包み込む。
「神理の鏡がただ反射するだけだと想ったら大間違いだよ。こんな使い方もできるんだ」
ヴィシュタルが鏡を掲げると、鏡面が透き通った光を発した。するとつぎの瞬間、巨大な光の掌がセツナを握り締めていた。
避ける暇もなかった。
気づいたときには、光り輝く掌の中であり、その凶悪極まりない握力によって押し潰されようとしていたのだ。まばゆいばかりに輝く指先、掌、すべてがセツナを押し潰そうとしてくる。
「そうかよ」
だが、セツナは、焦ることはなかった。
光の掌に握り潰されかけているのは、セツナ本人だけなのだ。
魔王の影たちはまったくの無傷であり、故にその行動にはなんら制限がかかっていなかった。
そして、魔王の影による一斉攻撃が巨大な光の手を打ち砕き、セツナを拘束から解放すると、想像通りの光景が広がっていた。
光り輝くヴィシュタルの分身たちが、彼の守護結界の周囲に浮かんでいたのだ。
セツナの分身が魔王の影ならば、それらは神の影とでもいうべきなのかもしれない。




