第三千五百五十話 魔王の杖対神理の鏡(六)
メイルオブドーターの闇の翅が防御障壁となってセツナを包み込み、護る。
そこへ殺到した光の槍は、闇の翅につぎつぎと突き刺さり、凄まじい破壊力を炸裂させていった。光の槍一本一本の威力は凄まじく、闇の翅を広げていなければ無事では済まなかっただろうこと間違いない。
闇の翅を広げ、鱗粉を振り撒いていなければ、光の槍の数々による全力の攻撃を受けていたのだ。その場合、防御障壁も貫かれ、肉体に大打撃を受けていたか可能性がある。
なにせ、防御能力においてはヴィシュタルに大きく劣るのが、セツナなのだ。たとえヴィシュタルの攻撃能力がこちらより劣っていたとしても、こちらの防御能力を上回る火力を発揮した場合、それだけでセツナの命は危うくなる。
最強の矛と無敵の盾。
まさに矛盾した存在同士だが、互いにそれぞれの力を多少持ったとすれば、どちらが有利になるか、考えればわかるというものだろう。
防御に徹しながら攻撃できるのであれば、なおさらだ。
とはいえ、メイルオブドーターの闇の翅は、鱗粉を振り撒いたこともあり、光の槍の猛攻を凌ぎ切れたのだから、十分活躍したといえるだろうし、なんの問題もない。セツナ自身の予想通りに終わったともいえる。
闇の翅が生み出す鱗粉は、高密度の重力場を生み出し、光の槍を減速させることに成功したのだ。破壊力は、速度の影響を受けるものだ。飛行速度が遅くなれば、それだけ威力も低下する。故にセツナは、光の槍の猛攻から生還できたのであり、光の槍がすべて消滅した直後、頭上から降り注いだ光の雨も、重力場の影響を受けて減速し、セツナに触れることも出来なかった。
セツナが飛んだからだ。
右へ飛び、さらに空中へ渡った。翅と翼を羽撃かせ、一気に加速する。超加速がヴィシュタルとの距離を詰めれば、ヴィシュタルの光輪が回転しながら無数の光線を撃ち出してくる。先程降り注いだ光の雨そのものだ。セツナは、メイルオブドーターの鱗粉を前方に撒き散らすと、自分自身は後退した。
光線が高密度重力地帯で減速した瞬間を狙って、飛ぶ。重力地帯の真下を潜り抜ければ、ヴィシュタルは目前だ。殺気がした。
「サイスオブアズラエル」
ヴィシュタルが右腕を頭上に掲げると、虚空に断裂が生じた。常人の目には見えないであろう空間の断裂は、ヴィシュタルの右腕の動きに合わせるかのように虚空を走り、セツナに迫った。
「真の名を、死の王子デミウル」
眷属の能力がなんであれ、喰らうわけにはいかないと判断すると、セツナは、大きく左に飛んで断裂をかわした。が、断裂は、セツナを追いかけてくる。しかも、物凄まじい速度で、だ。一瞬たりとも速度を落とせない。立ち止まったり、速度を落とした瞬間、断裂の餌食になるだろう。
断裂の追尾速度に対する疑問は、瞬時に氷解した。
(そういうことかよ)
断裂は、ヴィシュタルの右手の先に生じているのだ。そして、右手の動きに合わせて、断裂そのものが動いている。しかも、右手の動きと断裂の動きに時間差はない。故に、ヴィシュタルの右手がセツナを捉えれば、その瞬間、セツナは断裂に飲まれるということになる。
そうなったら、どうなるのか。
(考えたくもねえが)
セツナは、全速力で空中を飛び回ることで、ヴィシュタルの魔手から逃れ続けなければならなくなった。断裂の威力がわからない以上、迂闊に受け止めるわけにはいかないのだ。防御障壁を展開したとして、防御障壁ごと破壊されるような結果になれば、終わりだ。断裂が鱗粉の重力場の影響を受けないことは、逃げ回っている間に判明している。つまり、減速による威力の低下もないということだ。そもそも、ヴィシュタルの右手の先に生じている空間の断裂なのだから、その破壊力に速度が関係するはずもないのだが。
(厄介だな!)
なんだか腹立たしくなってきたが、八つ当たりするわけにもいかないし、そんな相手もいない。
「エッジオブサースト!」
叫び、深黒の双刃が変化した異形の翼から、羽を飛ばす。まるで短刀状態のエッジオブサーストそのもののような羽が無数に飛び散っていくと、そのいくつかは断裂に飲まれ、跡形もなく消滅した。羽が脆いわけではない。むしろ、頑強といっていい。なにせ召喚武装であり、魔王の鎧の一部なのだ。生半可な攻撃は通用しない。
つまり、断裂は、魔王の羽程度ならば有無を言わさず消滅させるだけの威力を持っているということだ。
仮に魔王の鎧が耐えられたとしても、それを身につける人間の肉体は、耐え抜くことなど出来ないだろう。それだけは疑う余地もない。
だからこそ、セツナはエッジオブサーストの能力を発動した。
座標置換。
飛び散らせた羽と自分自身の現在位置を入れ替えることで、ヴィシュタルの視界から逃れ、断裂の追跡からも逃れて見せたのだ。
「真の名を、黒き金色の獣エトラ」
エッジオブサーストは、深化融合状態では翼となり、主に飛行能力ばかりが活用されているのだが、その多様な能力には本来、様々な使い道があるのだ。座標置換もそのひとつだ。二刀一対の短刀たるエッジオブサーストは、短刀の現在座標を置き換えることで、空間転移を起こすことができた。
その応用が、セツナがいまやってのけたことだ。
羽と自分自身の座標を置き換えることによる、空間転移。
「せっかく逃れても、声に出したら意味がないよ」
「そうかな」
呆れながらこちらを振り返ったヴィシュタルだったが、そのときには、セツナの姿は彼の視界から消えていた。先程ばらまいた羽は、広範囲に散らばったまま、空中に静止している。つまり、座標置換し放題ということであり、セツナは、一カ所に留まることなく空間転移を起こしまくった。
座標置換のたびにヴィシュタルによって転移先を捕捉されるが、捕捉されたときには、セツナは既にその場所にはおらず、断裂は羽を消滅させるだけに終わる。
「せっかくの強力な攻撃も、当てられなきゃ意味がないな?」
「……そうだね。まったくその通りだ」
ヴィシュタルは、肩を竦めてみせると、すぐさま右腕を振り回した。するとどうだろう。それまでセツナを追いかけ回すだけだった断裂が、ヴィシュタルの全周囲を猛然と駆け巡り、蒼穹そのものを削り取っていった。虚空に走る断裂の数々。それらが一体なにを意味しているのか、座標置換で逃げ回っていたセツナは、はたと気づいた。
断裂は、エッジオブサーストの羽をつぎつぎと飲み込み、消滅させていたのだ。
「なるほど」
つまり、ヴィシュタルは、セツナが逃げ回っている能力の仕組みに気づいたのだ。
「一筋縄ではいかないか」
「それはこちらの台詞だよ、セツナ」
ヴィシュタルがこちらを見た。
右手、七支刀の切っ先がこちらに向く。断裂が迫る。が、セツナは、その瞬間には、遙か遠方に空間転移していた。
ヴィシュタルが断裂を振り回したのは、周囲。それでも広範囲ではあったが、地上までは削り取っていなかったのだ。その結果、地面に突き刺さった羽と座標置換することができたのだが、それは偶然でもなんでもない。
端からこうなる可能性を考慮していたからこそ、だ。




