第三千五百四十九話 魔王の杖対神理の鏡(五)
(無敵の盾を展開した状態で攻撃してくるなんてな。クオンの野郎)
落下中のヴィシュタルの光輪からは、いまもなお光線が拡散されており、それらは目標たるセツナに向かって様々な軌跡を描きながら飛んできていた。大気を引き裂き、空を灼き、熱風を巻き起こしながら、殺到する。しかも、攻撃中の本人は、強力無比な防御障壁に護られているのだ。
(さすがだな)
セツナは、“闇撫”を解除すると、翼を羽撃かせた。怒濤となって殺到する光線の数々を超高速飛行でもってかわしながら、ヴィシュタルとの距離を狭めていく。
すると、光線が止んだかと思うと、ヴィシュタルの落下が止まった。防御障壁を解除し、翼を広げていた。六対十二枚の翼は、神々しい光を発していて、目が眩むようだった。もちろん、そんなものでセツナの感覚が狂うはずもない。飛行速度を落とすこともなく距離を詰め、咄嗟に左に飛んだ。
頭上から降り注いできた光線の雨を回避するためだ。
そして、つぎの瞬間、眼前にヴィシュタルの姿があった。七支刀がすべての切っ先から純白の炎を噴き出す。そして、そのまま斬りつけてきたものだから、セツナは咄嗟に矛の切っ先で受けた。矛と剣が激突し、相反する力が炸裂する。凄まじい爆音と閃光、それに衝撃波が体を貫く。
無論、そんなものが互いの勝敗を決することはなかったし、セツナもヴィシュタルも矛と剣を交えたまま、微動だにしなかった。ヴィシュタルは、そんな状況ですら微笑んでみせてくる。
「まだまだ修練が足りないようだね、君」
「そんなこと、いえた立場かよ!」
「いえるさ」
ヴィシュタルは、剣の切っ先を翻して黒き矛を絡め取るようにして跳ね上げると、その瞬間、セツナの目の前から姿を消した。
「なんでも、何度でも」
声と気配は頭上からだった。咄嗟に振り仰ぐと、踵が見えた。蹴りつけられる。
「ね」
セツナは、ヴィシュタルの蹴りを矛で以て受け止めた。ただの蹴りを受け止めたはずだった。
だがその一撃は、ただの蹴りとは思えないほどの威力があった。衝撃が矛を通じて体を突き抜け、一瞬にして地上まで叩き落とされた。
遙か彼方に遠ざかっていくヴィシュタルの姿を見遣り、セツナは、歯噛みした。
(くそがっ!)
背中から地面に激突するも、その際の衝撃も痛みも大したことはなかった。全身を魔王の矛とその眷属たちに護られている。防御障壁を展開するまでもなく、防御性能は素の状態よりも格段に上がっているのだ。
人間の肉体ならば一瞬で粉微塵になるような衝撃を受けても傷ひとつついていないことがその証明だ。肉体の強度そのものが飛躍的に向上している。まるで人間ではなくなったかのような錯覚さえ覚えるほどに。
(……そうだな)
速やかに冷静さを取り戻したセツナは、遙か前方、蒼穹の狭間に瞬く光を見た。それはいくつもの光の槍となり、豪雨のように降り注ぐ。
「俺は魔王だ」
自覚とともに右足の踵で地面を蹴りつけ、反動を利用して起き上がった。そのときには、光の槍の雨は頭上に迫っている。しかし、周囲の花々が事も無げに一掃されるのとともに、光の槍もまた、つぎつぎと飛散していった。
「アックスオブアンビション」
すべての光の槍が消し飛ぶと、高空にいるヴィシュタルの元にまで、破壊の連鎖は届こうとした。が、シールドオブメサイアによって妨げられ、そこで途絶える。
「真の名を煉獄の紅蓮ガルメア」
しかし、セツナは、さらに左足で虚空を蹴った。脚具から迫り出した斧刃が虚空を断ち切り、断層が生じると、周囲を自壊させていく。斧型召喚武装アックスオブアンビションの変化した姿である脚具には、当然、その能力が備わっているのだ。
アックスオブアンビションの能力は、端的にいえば、広範囲破壊。その攻撃範囲内から破壊対象を選別することもできる優れものだ。そして、魔王の脚具となったことで、威力も性能も段違いに向上している。なにもない虚空に波紋のように広がる自壊の連鎖がその証明だ。触れれば問答無用で自壊が始まるのだから、強力無比この上ない。
ヴィシュタルが降らせた光の槍も、犠聖の間の地面に植わった花々も、瞬く間に自壊し、消滅してしまった。
ただし、それだけの威力を以てしても、シールドオブメサイアの防御障壁を貫くことは出来ない。
二度目の蹴りによって生じた自壊の波紋も、やはり、ヴィシュタルには届かなかった。防御障壁が、彼を完全に護っている。
生半可な攻撃では、まったく効果がない。
セツナの攻撃は、それだけで終わらない。さらに三度、四度と虚空を蹴りつけ、自壊の波紋を上空に広げていく。その上で、アックスオブアンビションの破壊の力を束ねた蹴りを放ち、弾丸のように撃ち出せば、自壊の連鎖の直後、特大の破壊弾がヴィシュタルに直撃する。
「魔王の力がこんなものだとは、知らなかったよ」
当然のように余裕を見せるヴィシュタルの反応には、なんともいいようがなかった。シールドオブメサイアの防御を打ち破れなければ、彼を脅かすことなどできないのだから、当たり前だ。そしてそうとわかれば、アックスオブアンビションに拘っている場合ではない。
「ランスオブカマエル」
そのとき、頭上から降ってきた声の神々しさは、ヴィシュタルの神性故のものなのかどうかわからなかったが、セツナは、全身を凄まじい敵意が渦巻くのを認めた。魔王と眷属たちが怒り狂っている。神々に対する以上の敵対心が沸き上がっているのだ。
シールドオブメサイアとその眷属たるいくつかの召喚武装は、まさにカオスブリンガーとその眷属たちと相反する存在なのかもしれない。
「真の名を、破壊の王子グドラグ」
そういって、ヴィシュタルは、炎の剣の切っ先をこちらに向けた。すると、彼の周囲に無数の光が瞬き、それらは槍を象っていった。先程降り注いできた光の槍と同じ能力に違いない。ならば、と、セツナは、身構え、待った。光の槍が放たれる。透かさず虚空を蹴りつければ、自壊の波紋が空中を駆け抜け、光の槍をつぎつぎと粉砕していった。
(この程度じゃあ、ねえよな?)
セツナは、ヴィシュタルを訝しんだ直後、背後に殺気を認め、飛び退きながら振り返った。同時に目を見開く。無数の光の槍が視界を埋め尽くしていたからだ。いや、目の前だけではない。全周囲、ありとあらゆる方向と角度を埋め尽くしている。
(いつの間に?)
などと、疑問に思っている暇はなかった。
全周囲を埋め尽くした光の槍は、同時にセツナに襲いかかってきた。ほぼ、ではなく、完全に同時だった。避けることも、破壊することも適わない速度。であれば、取る方法はひとつしかない。
「メイルオブドーター」
闇の翅で全身を包み込み、全周囲からの攻撃を受け止めて見せる。
「真の名を夢幻蝶ネイ」




