第三千五百四十七話 魔王の杖対神理の鏡(三)
“破壊光線”改め“真・破壊光線”とでもいうべき攻撃は、ヴィシュタルに見事命中し、シールドオブメサイアの防御障壁ごと遙か彼方まで吹き飛ばした。しかし、それを手応えとは感じられなかったのは、防御障壁を打ち砕き、ヴィシュタルの肉体を損壊したという感覚がなかったからだ。
犠聖の間には、損害が出ている。
“真・破壊光線”の軌道上の虚空に穿たれた外界と通じる空隙もそうだが、周囲四方に飛び散った破壊の力により、庭園にも相当な被害が出ていた。地が割け、花が燃え、祭壇も倒壊しつつある。
無論、だからといって力を抑える道理はない。
虚空に穿たれた外界への穴は、急速に塞がれていく。ナルンニルノルが持つ力なのか、それとも、獅子神皇が干渉しているからなのか、どうか。どちらにせよ、セツナがこの領域の外へ飛び出すことは不可能ではなさそうだったが、そんなことをしても意味がないことも間違いなかった。
セツナが、ヴィシュタルを斃さなければならない。
犠聖の間を抜け出し、獅子神皇の居場所までセツナひとりで辿り着けたとして、獅子神皇と戦っている間にヴィシュタルがなにをしでかすかわかったものではないし、場合によっては、セツナと獅子神皇の戦いに割って入ってくる可能性もあった。
一対一ですら勝算があるかどうかもわからないというのに、そこにヴィシュタルが加わってくれば、圧倒的に不利となる。
ましてや、彼がセツナと同等の力を持っている可能性がある以上、放っておくことはできない。
(ここで、斃す)
そのためには、ヴィシュタルが全力を発揮する前に決着をつけておきたかったのだが、どうやら、そういうわけにはいかなそうだった。
「神と魔は、相反し、対立するもの」
ヴィシュタルの声が響き渡る。
「だから、これは運命」
濛々と立ちこめていた爆煙が消え去れば、ヴィシュタルの姿が明らかになる。
彼が“真・破壊光線”の直撃を受けてなおまったくの無傷であるという事実を受けて、セツナは、憮然とするほかなかった。無敵の盾たるシールドオブメサイアの防御が完璧だったというのはわかるのだが、こちらも最強の矛による容赦のない攻撃を叩き込んだのだ。
百万世界の魔王の力を、ぶつけた。
それなのに、ヴィシュタルはぴんぴんしている。
「ぼくと君がこうして戦うことは、雌雄を決することは、最初から決まっていたことなんだよ」
「……最初から?」
「そう、最初から」
微笑みながら肯定するヴィシュタルの姿は、先程とは明らかに異なるものだった。さらにいくつかの召喚武装を呼び出した上で、セツナと同じように深化融合を果たして見せたのだろう。
深化融合は、セツナだけに許された技法ではない。武装召喚術の技法ではないにせよ、召喚武装に干渉し、術式を組み替える能力さえあれば、だれにでも可能なのだ。そして、ヴィシュタルの肉体は、クオンのころのまま、セツナと同じ特異体質だった。故に、彼は武装召喚の四字で召喚武装を呼び出せたのであり、また、深化融合も果たせたのだ。
黒く、昏く、禍々しいとしか形容しようのないセツナの姿とは正反対に、彼の姿は清く美しく神々しかった。
元々、獅徒の肉体は、真っ白だ。神威によって変容した生物のそれと同じであり、淡く発光してもいた。それ自体を神々しいといえなくもないが、その上で純白の衣を纏っており、その衣がいかにも神聖で、まばゆいくらいに輝いていた。
両腕には白金の籠手を、両脚には白金の脚具を身につけており、いずれも魔王の鎧のような異形感はなかった。芸術品のような美しさと完成度がある。
右手に剣を、左手に盾を持っている。剣は七支刀のような刀身を持つあの炎の剣だが、全体的に白く変色し、形状も微妙に変化しているようだった。盾は、シールドオブメサイアであり、それ自体に変化はない。セツナの深化融合におけるカオスブリンガーの立ち位置と同じなのだから、当然といえば当然かもしれない。
頭の上には、光の冠が載っかっている。禍々しい魔王の冠とはまったく異なる繊細で美しい形状をしたそれからは、神々しさを感じることができるだろう。
背には六対十二枚の翼が広がっていた。大きな大きな翼だ。ひとつひとつがヴィシュタルの身の丈よりも大きく、それが十二枚もあるのだから、彼の姿が大きく見えるのは必然なのかもしれない。
そして、光の輪。神々が負う光背と同様のものだろう。
彼は、まさに神に等しい存在となったということだ。
「最初っていつだよ」
「生まれたときからさ」
ヴィシュタルは、当たり前のことのようにいってくる。そのまなざしは真っ直ぐにこちらを見つめていて、怖じることがない。清々しいほど自分を信じていて、疑いを持っていないようだった。
「いや、もしかしたら、生まれる前からかもしれないな」
「はっ」
セツナには、到底、理解しがたい言葉だ。
「俺がこのイルス・ヴァレに召喚されることも、生まれる前から決まっていたっていうのかよ」
「そうとも。そうとしか、考えられない。君は、そう想わないのかい?」
「……俺は」
セツナは、ヴィシュタルの発言を受けて、そのことについて考えようとしたが、止めた。ヴィシュタルと問答をする意味も、している時間も、余裕もないという事実に行き着き、それこそが重要な答えだということに気づいたからだ。
ヴィシュタルもまた、深化融合を果たした。
シールドオブメサイアとその眷属たちによる深化融合だ。
カオスブリンガーとその眷属たちによる深化融合と同等の力を持っているとしても、なんら不思議ではない。
実際、ヴィシュタルから感じる神威の圧力は、先程までとは比較にならないほどに強烈で、凶悪なものになっていた。
(だったら、なんだ)
セツナは、内心、頭を振った。
時間をかけている暇はない。
一刻も早くヴィシュタルを斃し、獅子神皇を討ち滅ぼさなければならないのだ。
「なんだっていい。俺はおまえを斃すだけだ」
「……単純だね、君は」
「それが俺だ」
「……まあ、君らしいのは嫌いじゃないよ」
ヴィシュタルの発言を掻き消したのは、“真・破壊光線”だ。昏き力の奔流が虚空を突き破り、破壊を拡散しながら、ヴィシュタルへと殺到する。ヴィシュタルが盾を掲げた。光の波紋が空中に広がったかと思うと、“真・破壊光線”を受け流していく。黒く破壊的な力の奔流が打ち砕くのは、虚空であり、大地であり、犠聖の間だけだった。
「この程度じゃ、駄目だ」
ヴィシュタルが冷ややかにいってきたが、セツナは、彼の言葉など聞いていなかった。そのときには虚空を蹴り、羽撃いて上空へ至っている。超高速飛行の連続によってヴィシュタルを頭上から襲いかかる。激突。黒き矛の一撃を受け止めたのは、白き盾だ。
「百万世界の魔王の力、こんなものではないだろう?」
ヴィシュタルが炎の剣を振り翳すと、爆炎が噴き出した。




