第三千五百四十五話 魔王の杖対神理の鏡(一)
獅徒ヴィシュタルは、クオンが愛用した盾型召喚武装シールドオブメサイアと合一した存在だろうことは想像に難くなかった。
獅徒ウェゼルニルが、同様の存在だった。ウェゼルニルは籠手型召喚武装ブラックファントムの使い手であり、彼の腕と籠手は融合していたことを覚えている。
つまり、召喚武装と合一した存在なのだ。
獅徒が使徒よりも強大な力を持つ理由の一つがそれだろう。
もちろん、獅子神皇の使徒であり、膨大な力を分け与えられていることも大きいし、武装召喚師ではなかったものたちの成れの果てとしての獅徒が弱いわけではなかった。
元武装召喚師たちは、愛用の召喚武装と同化することで、召喚武装の力をより大きく引き出せるようになったという点で、他の獅徒とは違うはずだ。
ヴィシュタルのように、召喚武装の全力を引き出すこともできるようになったものもいるかもしれない。
まるで、召喚武装の最終試練を乗り越えたように。
いや、実際、そうなのかもしれない。
ヴィシュタルは、シールドオブメサイアの最終試練を乗り越え、故にこそ、その全力を引き出し、眷属をも自在に操れるようになったのではないか。
(それ以外には考えられないな)
セツナは、紅蓮と燃えるヴィシュタルの姿に神々しささえ覚えながら、目を細めた。彼はいった。全力を出さずに斃せるとでも想っているのか、と。
想っていなかった、といえば嘘になる。
なにせ、この戦いは、前哨戦に過ぎないのだ。
斃すべき敵は、獅子神皇であり、その使徒如きに手こずることなどあってはならないのだ。
一蹴し、その勢いでもって獅子神皇との決戦に臨みたかった。
だが、どうやらそういうわけにはいかないらしい、ということが対峙した瞬間にわかった。
そして、戦っているうちに、ヴィシュタルが並外れた力を持っていることがわかり、斃すためには、それこそ、持ちうるすべての力を発揮しなければならないという事実に直面したのだ。
この先の戦いのために力を出し惜しんでいては斃せない相手だ。
ここで負けるわけにはいかない。
斃し、先へ進まなければ。
でなければ、獅子神皇と戦うことすらままならない。
そうとなれば、セツナも覚悟を決めなければならなかった。
ここで、ヴィシュタルとの戦いで全力を発揮し、その上で、獅子神皇にも挑み、打ち勝つ。
そう決めた。
腹を括った。
「いうじゃないか、ヴィシュタルさんよお」
セツナは、ヴィシュタルを睨み据え、口を開いた。
「いうだけなら只だがよ、いったからには、多少なりとも食らいついてくれなきゃ嘘だぜ」
そして、続け様に呪文を唱えた。
「武装召喚!」
本来ならば、複雑怪奇といっても過言ではない古代言語を並べ立てた呪文、その最後を飾る結語たる四字。その四字を唱えるだけで、セツナとクオンは武装召喚術を発動することができた。それがどういう原理なのか、どういう理屈でそうなってしまったのか、いまならばなんとはなしにわかる。
召喚方法だ。
セツナとクオンは、武装召喚術とは異なる方法で、この世界に召喚された。
アズマリア=アルテマックスの召喚武装ゲートオブヴァーミリオンの能力による召喚は、武装召喚術の起源である召喚魔法によく似ていた。
かつて聖皇ミエンディアが用いた召喚魔法は、異世界の存在をそのまま呼び寄せ、その力を借りる技術であり、聖皇が聖皇たりえた理由といっても過言ではない。アズマリアは、その召喚魔法を元にして武装召喚術を作った。制御どころか行使すら困難な超絶技巧よりも、修練さえ積めばだれにでも制御できる技術のほうが普及させやすいと考えたからだ。
そんな武装召喚術と召喚魔法の最大の違いといえば、召喚の際における召喚対象の状態だ。
召喚魔法が召喚対象をありのままの状態で呼び出すのに対し、武装召喚術は、術式によって召喚対象を武器や防具、あるいは道具に変化させた状態で呼び出す。そうすることで召喚対象の制御難度を格段に低下させることに成功したのだといい、従来の召喚魔法が如何に高度で、聖皇が如何に超絶技巧の使い手だったのかがわかるというものだろう。
さて、本題だ。
セツナとクオンは、変わらぬ姿で、この世界に召喚された。
ゲートオブヴァーミリオンの能力は、隔てた空間と空間を繋ぎ、行き来することができるというものであり、その能力の使い方次第では、召喚魔法のように異世界の存在をイルス・ヴァレに呼び出すこともできるからだ。それにより、セツナとクオンは、この世界に紛れ込んだ。
召喚魔法でも、武装召喚術でもなく、召喚武装の能力によって、だ。
ゲートオブヴァーミリオンを通り抜けて辿り着いたのがこの世界であり、門を通過する際、なんらかの力が働き、セツナとクオンの肉体に変化をもたらしたのだ。
武装召喚の四字を唱えると、セツナの肉体は光を放つ。まるで武装召喚師が術式を完成させ、結語を唱えたときのように、まばゆいくらいの爆発的な光が生じ、光の中から召喚武装が具現する。
いまならば、わかる。
それがどういうことなのか。
術式だ。
術式が肉体に刻まれているのだ。
だから、詠唱を必要としない。常に呪文を唱えているようなものであり、故に結語を唱えるだけで武装召喚術が発動してしまう。
アズマリアは、クオンがそのような特異体質であり、シールドオブメサイアなどという極めて強力な召喚武装を呼び出した事実を受けて、もう一度、召喚を行った。結果、セツナが召喚される羽目になり、セツナもまた、同様の特異体質の持ち主であることが判明すると、魔人は大いに喜んだことだろう。
自分の考えに間違いはなかった、と。
これで、使命を果たせるかもしれない、と。
聖皇復活の阻止と、聖皇の力の抹消。
そのためだけに五百年もの長い時間を歩き続けてきたのがアズマリアなのだ。
そのための武装召喚術。そのためのリョハン。そのための――。
(そのための、俺のこれまで)
異世界に辿り着いた日から今日に至るまでのすべては、そのためのものだった。
それは、アズマリアの使命であり、宿願であり、悲願であり、大望なのだが、いまやセツナにとっても重大な使命となっていた。
獅子神皇の打倒こそ、聖皇の力の抹消に繋がるからだ。
「もちろんだとも」
ヴィシュタルの声が響く中、セツナは、召喚を終えていた。
黒き矛の、魔王の杖の眷属をすべて召喚したのだ。元より召喚していたメイルオブドーター、ロッドオブエンヴィーだけではない。エッジオブサースト、マスクオブディスペア、ランスオブデザイア、アックスオブアンビション――カオスブリンガーと合わせ、合計七つの召喚武装がセツナの周囲に合った。
完全武装。
それだけで精神力の消耗が大きくなるが、そんなことを気にしているような状況ではない。あらゆる感覚が肥大し、鋭敏化し、身体能力が飛躍的に向上していることも、些細なことだ。
これだけでは、足りない。
こんなものでは、到底斃せる相手ではない。
それも、わかっている。




