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第三百五十三話 矛と盾(三)

 夜を越え、朝を迎えるころになると、見上げた視界にドラゴンの首が覗いていた。視界を埋める枝葉の狭間に、龍の首が見えたのだ。何百メートルもの巨体は、野営地からでも見えてはいた。しかし、近づけば近づくほど、その巨大さを再認識し、唖然となるものだ。一度はその巨大な存在と戦ったというのに、だ。

「見た目も同じ、なんだっけ?」

「ああ、同じだな。色が違うくらいで」

「その上、能力も同じかあ」

 クオンが頭上を仰ぎながらいった。ドラゴンの能力については、セツナも知っていることだったが、一応、エインからも説明があった。召喚武装を模倣する能力は、ミリュウの召喚武装である幻竜卿に似た能力だ。その事実は、ミリュウによって言及されており、彼女が幻竜卿を召喚できない事態ともなんらかの関係があるかもしれないとのことだった。

(幻竜卿……か)

 龍の鏡によって複製された黒き矛は、ミリュウが手にしたことでセツナを圧倒した。武装召喚師としての技量の差、実力の差を見せつけられ、セツナが死にかけたのは、記憶に新しい。

 ドラゴンはというと、セツナの夢に現れる黒き竜へと変貌した。それはまさに黒き矛の力の模倣といっていいのかもしれない。そして、黒き竜が黒き矛と同一の存在であると認めざるを得なくなった。セツナの妄想ではないのだと、明らかになった。

「ぼくの盾も、模倣されたよ」

「だから引いたんだよな」

「うん。勝てっこないからね」

 クオンは事も無げに行ってきたのだが、それは自信の現れに他ならないはずだ。シールドオブメサイアの能力に絶対の自信があるからこそ、能力を模倣したドラゴンとの戦闘を諦め、撤退という選択に至ったのだ。自負はともかくとして、その潔さはセツナも見習わなくてはならないだろう。

 セツナは、意地になって戦い、結果、負傷したのだ。馬鹿げたことだ。もし命を落としていたら、どうなっていたか。考えるだけで恐ろしい。

 とはいえ、可能性を考えても仕方がなかった。いまは、目の前の敵をどうにかしなければならない。

「さて、今回はどうなることやら」

 クオンの口は軽かった。夜通し軍馬を操り続けて、頭がおかしくなったのではないかと思うほどに脳天気な口振りに、セツナは眉をひそめた。

「楽しそうだな」

「そうかな」

「なんか、気楽そうだ」

「君がいるからね」

「あー、戦うのは俺だものな」

「そういうこと」

 クオンが、一瞬だけこちらを振り返って微笑んだ。すぐに進路に向き直り、手綱を捌く。馬は、彼のいうことをよく聞いていた。まるで長い間行動をともにしてきたかのような息の合いかたには舌を巻く。

 馬は、乱立する木々の間をすり抜けるように疾駆していく。草木の障害などものともせず、避け、飛び越え、前進する。道幅が狭くなれば速度を落とさざるを得なかったが、それでも予想より早くドラゴンの居場所に近づけていた。クオンの乗馬技術と、鍛えあげられた軍馬の脚力のおかげに違いない。

「でも、守りに関しては安心してくれていいよ。ぼくがいる限り、なにものにも君を傷つけさせたりはしない」

「ああ、無敵の傭兵団の団長様に任せておけば万事問題ないな」

「であればこそ、《獅子の尾》隊長殿におかれましては、あの怪物を排除していただきたく」

「ふっ、任せろ」

 セツナもクオンの軽口に乗った。すると、気が軽くなった。さっきまで意識の奥で蠢いていた靄のようななにかが晴れた、そんな気がして、彼は口の端で笑った。奇妙な感覚だった。気分爽快とはこのことなのかもしれない。

 クオンへの妙なわだかまり、こだわりが消えていた。

「で、どうする? 先制の一撃でも叩き込みたいところだけれど」

「そうだな」

 セツナは頭上を見上げた。視界を埋め尽くす緑の葉の向こうに、ドラゴンの首が見えている。天に刺さるほどに長大な龍の首は、ただでさえ太く、分厚い外皮に覆われており、黒き矛の斬撃や突きでも痛撃にはならないかもしれない。

 狙うのなら、頭部だ。

 カオスブリンガーは一度、ドラゴンの眉間を貫いている。

 しかし、龍の頭部は、近づけば近づくほど見えなくなっていく。長い首に支えられた頭部は上空に浮かんでいるといっても間違いではない。天から大地を見下ろしているのだ。ドラゴンの視界がどれほどのものかはわからないが、少なくともセツナたちよりもよほど広い視野を持ち、優れた視力を有していると考えるべきだ。でなければ、あれほどの巨体で戦うことは難しい。

 召喚武装と質の近い存在ならばなおさらだ。

 召喚武装は手にした人間の能力や感覚を拡張するのだが、ドラゴンはそれ自体が召喚武装と同質ならば、ドラゴンの五感そのものが肥大しているに違いない。

 龍は、とっくにこちらの存在を感知しているのか、どうか。感知しているのならば、攻撃してこないはずがない。ドラゴンがこちらを泳がせておく道理はないからだ。そう考えれば、セツナたちの行動は把握されていないと思っていいのだろうか。いや、安堵はできない。ドラゴンの思考など、セツナに読めるはずもない。

「頭が見えたら、いい手があるんだけどな」

 セツナは告げて、右手をクオンの肩から離した。手のひらを握り、開く。長時間クオンの肩を掴んでいたものの、感覚にずれはなかった。つぶやく。

「武装召喚」

 たったそれだけで、セツナの武装召喚術は発動した。全身が光に包まれたかと思うと、光は右手の中に収束していく。一筋の光芒は重量を増し、形状を変質させる。光が消えると、漆黒の矛が現れていた。黒き矛ことカオスブリンガーは、いつ見ても禍々しい形状をしているのだが、だからこそ頼もしくもあった。

「それなら、もう少し開けた場所に行こう」

 クオンが馬を操り、馬首を巡らせた。

 森の闇の中、前方に光が見えてきた。闇を引き裂くように降り注ぐ膨大な光は、陽光以外のなにものでもない。森のなかで、そこだけ木々が生えていないようだった。つまり、頭上を天蓋のように覆う枝葉が存在しないということだ。

「あそこからなら見えるかな」

「ああ」

 セツナはうなずくと、あとはクオンと軍馬に任せた。クオンのいうように先制の一撃を叩き込むには、相応の覚悟が必要だ。ドラゴンの周囲には遮蔽物はなにひとつなかった。

 五方防護陣の砦は、龍府を覆う樹海の中の開かれた場所に建造されており、その砦を飲み込むようにして出現したドラゴンの周りになにもないのは当然だった。首の根元に近づくには、この木陰の中から飛び出す必要がある。

 それはつまり、自分たちの存在をドラゴンに知らしめるということであり、こちらが攻撃するより早く迎撃される可能性も出てくるのだ。もちろん、こちらには鉄壁の守りがある。なにひとつ恐れることはないのだが。

 先制の一撃を決めるということは、ドラゴンの出鼻を挫くということだ。こちらに勝機を呼びこむには、どのような手でも使うべきだった。

 勝たなければならない。

『いいですか? セツナ様』

 ドラゴンを打倒し、ガンディア軍の勝利を決定付けなければならない。

『ドラゴンを倒す必要はありません』

 エインの声が脳裏に浮かんでは消えた。

 バハンダール制圧、ミリュウ軍壊滅における作戦立案者としての功績が買われたのか、彼は、レオンガンドにも一目置かれているようだった。

 それもこれもセツナが活躍したからこそだ、などとは思わない。エインの作戦がなければ、バハンダールは正面突破を図り、多大な損害を出したかもしれなかったし、ミリュウたちとの戦いでは武装召喚師同士の衝突の余波が全軍に波及したかもしれない。

 西進軍の被害を最小限に抑えることができたのは、エイン=ラジャールがいたからなのだ。

 セツナもそれくらいはわかっている。

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