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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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第三千五百三十四話 神の声を響かせるもの(四)


 瞬間的な圧縮と膨張。

 生じるのは物凄まじいとしかいいようのない風圧であり、ナルドラスの腹部を覆う装甲を打ち砕き、皮膚を削り、骨を、内臓を吹き飛ばして見せた。風圧は、瞬時に嵐となって吹き荒び、真っ二つになった上半身も下半身も飲み込み、ずたずたに引き裂き、消し飛ばそうとした。

「愉しいものかっ!」

 ルウファは、絶叫した。

 心中を埋め尽くす不快感のすべてを吐き出し、激情の赴くままに叫び、喉が嗄れそうになるほどに声を荒げた。

 ナルドラスは、この戦いを心底愉しんでいる。言葉や表情だけでなく、本心から愉しんでいるのだ。それがわかるから、ルウファには、納得できなかったし、許せなかった。認められるはずがない。理解できるはずがない。同調できるはずがない。

 ナルドラスは、アルガザードなのだ。

 どれだけ変わり果てていようと、実の父親だという事実を覆すことはできない。

 斃すべき敵と定め、全身全霊の力を込めて、己のすべてを懸けて滅ぼさんと決めても、そればかりはどうにもならないのだ。

 だから、強敵との戦いを愉しむ、という普段のルウファならばありうる心境には到達できなかったし、拭いきれない不快感が心の底の底で渦巻き続けていた。そういった感情のすべてを吐露し、ぶつけるように、彼は叫び、力のすべてをぶつけようとした。

 ナルドラスのすべてを吹き飛ばし、決着をつけようとしたのだ。

 だが。

「我が身は此処に在らず」

 ナルドラスが大音声で告げた直後、暴風によって蹂躙されつつあった上半身が消失した。暴風に飲まれて消滅したのではなく、忽然と姿を消したのだ。下半身だけは残った。ルウファが起こした暴風の圧倒的な破壊力の前に為す術もない、とでもいわんばかりにあっさりと、跡形もなく消滅していく。

「我は此処に在り」

 またしても大音声が響いたのは、ルウファの遙か後方からだった。

 速やかに振り向けば、ルウファの遙か後方、直線上にナルドラスの上半身だけが浮かんでいた。爆風によって大打撃を受けた部分は、致命的といっても過言ではないくらいの損傷に見えた。が、神将にとっては、その程度の損傷など、擦り傷程度ですらないのだろう。

 ナルドラスは、ルウファの視線を認識したからか、瞬時に傷口から下の部位を復元してみせた。傷の断面から膨張した肉が瞬く間に腹部となり、下半身を形成し、足を作る。一瞬の出来事だ。その隙に距離を詰め、再び攻撃を叩き込む、というような時間はなかっった。

 なにより、ルウファは、先程、それまで蓄積していた風力をすべて解き放っていた。精神力も消耗しており、瞬時に反応し、攻撃することさえ出来ない状態だったのだ。

(……そう簡単には行かないか)

 とはいえ、ルウファは、極めて冷静だった。冷静に、ナルドラスが復元し、元通りの姿になる様を見届け、神斧ガンドゼイアが頭上に掲げるのを見ていた。

 ナルドラスが先の攻撃で斃せるとは、想ってもいなかった。

 斃せたなら御の字、くらいの感覚だった。

 全身全霊の攻撃ではあるが、ナルドラスが完璧に隙を見せたわけではなかったし、力を出し切っているとも考えられなかった。

 相手は、この戦いを愉しんでいるのだ。

(遊んでいる)

 と、ルウファは、見ている。

 だから、全力で攻撃してきていないのではないか。

 攻撃に手心が加えられているように感じるのも、そのためだろう。

 ナルドラスは、神将だ。獅子神皇の側近中の側近というべき存在であり、生前の立場から考えれば、ナルドラスこそがその筆頭であろうことは想像に難くないし、事実だろう。立場上、ルウファを相手取って手を抜いたり、遊んでいる場合ではないはずだが、ナルドラスは、まるでそんなことなど関係がないように振る舞っていた。

 それくらいのわがままは許される立場だとでもいわんばかりだ。

 実際、そうなのかもしれない。

 獅子神皇にある程度の自由を許されているからこそのこの戦いなのだ。でなければ、最初から全身全霊で殺しにかかってきたはずだ。

 無論、ルウファとシルフィードフェザーでなければ、この状況まで持ち込めなかったのもまた事実ではあるのだが。

(だから、か)

 ルウファは、ナルドラスがおもむろに戦斧を振り下ろし、斬撃を衝撃波として飛ばしてくるのを見た。その瞬間には、体勢を整えていたルウファは、左前方に飛翔しており、床を削りながら飛来する衝撃波を軽々とかわしつつ、ナルドラスとの距離を詰めていた。

 ナルドラスは、衝撃波がかわされるのを見越していたのだろう。戦斧をさらに振り回し、別角度、別方向への衝撃波を無数に発生させた。神威を帯びた衝撃波。その威力も速度も凄まじいが、一撃一撃が大振りなため、ルウファには避けやすかった。

(だから、愉しくなった)

 ルウファは、ナルドラスの心境の変化をそれとなく把握したものの、だからといって納得できるものではなかったし、理不尽だと想った。

 なぜ、変わり果てた父が、実の息子との戦いを愉しみ、喜んでいるというのか。

 ルウファには、この状況を愉しむような心理的ゆとりはなかった。

「津波よ」 

 不意に、ナルドラスの大音声が響き渡った。すると、ルウファの左右両側にとてつもなく巨大な津波が発生した。天をも覆い隠さんばかりに巨大な津波は、さながら群青の壁であり、群青の壁が水飛沫を上げながら迫ってくる様は、圧巻というほかない。

 もちろん、ルウファは、その場に留まり、津波に呑まれるつもりはない。

 全速力で前方へと飛翔し、右と左から押し寄せてくる津波、その真っ只中を潜り抜けるようにして突破して見せた。津波同士が激突し、凄まじい物音を上げながら爆散したのは、ルウファが津波の間隙を突き抜けた直後のことだ。大量の水飛沫が飛び散り、それらが弾丸のように襲いかかってきたが、風の結界がルウファを護った。

 そのとき、さらなる衝撃が、風の結界を襲った。

 背後からの衝撃に振り返れば、ナルドラスだった。津波にルウファの注意を引きつけ、不意を突いた、というところだろうが、幸い、ルウファの全周囲にはシルフィードフェザーの生み出す分厚い風の防御障壁が働いている。ナルドラスの戦斧による強烈な一撃も、風の結界を打ち破るに留まっていた。

「存外、脆いな」

「届いていないぞ」

 ルウファは叫び、ガンドゼイアの刃越しにナルドラスを睨み付けた。風の結界を切り裂いた大斧は、しかし、ルウファには到達できなかったのだ。無数の翼が大斧に絡みつき、それ以上の侵攻を食い止めている。そして、そうしている間に、斧とルウファの間に再び風の結界が構築されていく。

「届くとも」

「いいや、届かない」

 ナルドラスが翼の絡みついた戦斧を力ずくで引き抜くと、透かさず斬りつけてきたが、ルウファは、その斬撃に合わせて両手を翳していた。手の先に生じた風力が、風の結界を断ち切った神斧と激突し、強烈な反動が生じた。

 その瞬間、吹き飛んだのは、ルウファだった。



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