第三千五百二十八話 神の盾なるもの(十二)
ファリアがナルガレスの攻撃を回避し続けている間、ナルガレスはといえば、当然、攻撃の的にならざるを得なかった。
数千体もの電光のファリアが掲げるオーロラストームが、一斉に火を噴いた。その瞬間、まるで天地が震撼するかのようだった。すべてのオーロラストームが咆哮し、物凄まじい雷撃がまさしく天変地異そのものとなって荒れ狂い、ナルガレスを襲った。
全方位、あらゆる方向から放たれる無数の雷撃は、“真聖体”の頑強な装甲を打ちつけ、幾度となく炸裂し、爆発した。爆砕の連鎖に次ぐ連鎖。爆音が際限なく鳴り響き、大気が震え、燃えるような熱気が渦を巻く。電光が散乱し、嵐が起きる。
「こんなものでわたしが斃せると想っているのか!」
「まさか」
ファリアは、ナルガレスが吼える様を見て、一笑に付した。
実際の所、電光体による雷撃の数々は、一見、効果があるように思えた。“真聖体”を打ちつけ、衝撃と爆圧によって装甲を破砕しているのだから、まったくの無意味ではないだろう。だが、“真聖体”の再生能力は、その程度の攻撃ではどうにもならないほどだった。
装甲を砕かれるたびに復元し、元通りになってしまう。
これでは、攻撃する意味がない。
これでは、“核”を破壊するどころか、“核”を探し出すこともままならない。
そんなことは、わかっている。
わかっているが、攻撃しないわけにはいかないのだ。
攻撃することで、わずかでもナルガレスの意識を逸らせる必要があるのだ。でなければ、ナルガレスは攻撃に集中し、いつかはファリアを捉えることができるかもしれない。
「でも、それはわたしの台詞でもあるわよ」
「なに?」
「こんなもので、わたしを斃せるとでも想っているのかしら」
ファリアは、わざと強い口調を使い、ナルガレスを煽るようにしてその攻撃の数々から逃れ続けた。圧縮攻撃だけではない。広範囲に及ぶ衝撃波を織り交ぜてくるようになったものだから、ファリアはさらに回避に専念しなければならなくなった。
しかも、ナルガレスは、ファリアを攻撃するついでに、周囲の結晶体を吹き飛ばし始めていた。そうすることで結晶体が生み出す電光体による波状攻撃を少しでも和らげようというのだろう。
(それって、つまり……)
ファリアは、ナルガレスが、電光体による終わることのない連続攻撃をまったく意に介していないわけではないのだと悟った。でなければ、黙殺していればいい。だが、そうせず、むしろ積極的に結晶体を吹き飛ばし始めたということは、電光体の攻撃が鬱陶しく思い始めているか、既に意識の邪魔になっているのだ。
それで、いい。
ファリアは、電熱の嵐の中を潜り抜けるように飛び回りながら、圧縮攻撃や衝撃波をかわし続けた。
時間の経過とともにナルガレスの攻撃は、激しくなる一方だった。同時に大味になってきてもいる。衝撃波をとにかく連発してきたり、圧縮攻撃に圧縮攻撃を重ねてきたり、いずれも恐ろしい攻撃の数々なのだが、ファリアに避けきれないものではなかった。
攻撃の激しさが増すたび、隙が大きくなった。
ナルガレスが苛立っているのだ。
苛立ちが攻撃に籠もっている。
ついには、結晶体を圧縮攻撃で粉砕し始めたものだから、電光体による猛攻が意味を持っていることは明らかだった。
ナルガレスには、もはや無視の出来ないものとなっていた、ということだ。
そして、ファリアは、ついにナルガレスの背後を取った。ナルガレスがファリアへの攻撃を止めたからではない。むしろ、ファリアへの攻撃は激化する一方であり、回避し続けなければならなかった。だが、回避行動による移動先にナルガレスの背後という選択肢が生まれたのは、ナルガレスの猛攻が狂気に満ちていたからかもしれない。
それまでの彼は、ファリアの自分への接近を阻むように注意して攻撃していたのだが、ついにはそれを怠ってしまった。
だから、ファリアは、ナルガレスの背後に到達し、その巨大な球体とナルガレスの間に立ったのだ。
そうなれば、ナルガレスも圧縮攻撃を行うことも、衝撃波を放つこともできない。衝撃波はともかく、圧縮攻撃で自分を巻き込めば、ただでは済むまい。オーロラストームを破壊するほどの威力を持っているのだ。
そして、ファリアは、ナルガレスが“神の盾”で自分自身を護ろうとするより早く、彼の背中が雷撃によって爆砕した瞬間、左腕を突き刺した。雷撃は、無論、電光体によるものであり、電光体の攻撃は、いまもまだ、際限なく続いている。
ファリアの左腕は、クリスタルビットの集合体だ。見事なまでに突き刺さり、十分すぎるほどの手応えがあった。
「それで……どうするつもりだ?」
「こうするのよ」
ファリアは、ナルガレスの冷ややかな声に凍てついた声を返しながら、左腕にオーロラストームを突きつけた。オーロラストームの全力を解き放つ。全身全霊、あらん限りの力を結晶体に流し込み、結晶体からナルガレスの体内へと送り込んだのだ。
その瞬間、ファリア自身、凄まじい電熱を感じた。
「なるほど。これは――」
ナルガレスが感嘆の声を上げたときには、ファリアの意識は真っ白に染まっていた。
直後、なにが起こったのかわからない。
おそらく、大爆発を起こしたのは間違いないだろう。
ファリアは、自分がその大爆発に巻き込まれて吹き飛ばされたらしいことは、地面に横たわっていたことで理解した。全身、物凄まじい痛みを感じているが、いまさらだ。蘇生して以来、痛みが収まったことなど一度だってないのだ。
起き上がって見れば、前方に巨大な穴が出来ていた。爆心地だろうが、それだけの爆発に巻き込まれて、よくも無事だったものだ、と、ファリアは想い、はたと気づいた。
(ナルガレスは?)
どうなったのか。
痛みを堪えて爆心地に駆け寄れば、ナルガレスの上半身、その一部だけが横たわっていた。頭部と首、右の胸の辺りだけだ。それ以外の部分がまったく再生していないところや、残っている部位がゆっくりと崩壊し始めているところを見れば、彼が“核”を失ったことは間違いない。
歩み寄ると、彼は、ラクサスの顔でこちらを見上げてきた。
「……確かに守りに専念していれば、勝てただろうな。だが、そういうわけにはいかなかった」
「どうして?」
「獅徒たちが斃され、ナルノイアまで敗れ去った」
「神将?」
「そうだ。神将ナルノイア。彼は、わたしの親友にして同志だった」
ナルノイアと呼ばれる神将が、人間時代ミシェル・ザナフ=クロウと名乗っていた男だということがなんとはなしにわかった。ナルガレスが人間時代、ラクサスとして特に信用していた相手だ。バルガザール家とクロウ家という名家出身同士ということもあり、若い頃からの知り合いであり、親友だったという話は有名だった。
「神将が破れたのだ。もはや、一刻の猶予もなかった」
「わたしを斃し、ナルノイアを破ったものを斃さなければならなかった……」
「ああ」
ナルガレスが静かにうなずく。そして、続けてきた。
「……ファリア。わたしは、わたしの在り方に後悔などしていないよ。わたしは、陛下の盾になれた。ようやく、本当の意味で。それだけで幸福だった――」
ファリアは、なにもいわなかった。
なにもいわず、その最期を見届けた。
ナルガレスという化け物に成り果てながら、どこまでもラクサス・ザナフ=バルガザールだった男の最期。そこに多少なりとも感傷を禁じ得なかったのは、当然だった。
ガンディアに属し、苦楽をともにしたのだから。




