第三千五百二十七話 神の盾なるもの(十一)
“神の盾”は、鉄壁の防御を備えている上、破壊的な攻撃を行うこともできる攻防一体の能力だ。その防御力については既に実証済みであり、疑う余地もなかったし、攻撃力についても同様だ。
それだけを見れば、付け入る隙がまるで見当たらない。
守りに徹されれば、それだけでファリアには為す術がなく、時間の限界がきて力尽きるだろう。そして、そうなれば、彼の勝ちだ。
逆に、攻めに転じ、攻撃に専念するというのであれば、まだましだ。
“神の盾”の攻撃範囲は、射程距離に応じる。攻撃範囲を広げれば広げるほど、射程距離は短くならざるを得ず、射程距離を稼ぐためには攻撃範囲を狭めなければならない。どちらにしろ、いまのファリアならば避けられないものではないのだ。
たとえば、ナルガレスの全周囲を一分の隙もなく埋め尽くすような攻撃をしてきたとして、その射程距離外まで逃れることは、ファリアには造作もなかった。
そこからさらに射程距離に特化した攻撃をしてきたのであれば、こちらが攻撃する好機となる。
“神の盾”は、攻防一体。
しかし、防御に専心すれば攻撃が、攻撃に専念すれば防御が疎かになるのは、自明の理でもあった。
“神の盾”による攻撃は、一見すると、防御を兼ね備えているように見える。実際、衝撃波の如く撃ち出された“神の盾”は、オーロラストームの雷撃を受け止めながら、ファリアに殺到しているのだから、決して間違いではあるまい。
ただし、“神の盾”の性質は、防御に専念しているときとは大きく違っている上、その間、ナルガレス本人はというと無防備だった。
“神の盾”そのものを撃ち放っているのだから、その瞬間、彼を護るものがなにもないのは当然といえば当然だった。
そこに付け入る隙がある。
攻撃を叩き込む好機だ。
ファリアは、右手のオーロラストームによる雷撃の乱射に合わせて、左腕のクリスタルビットを撃ち続けながら、ナルガレスが攻撃に転じる瞬間を待った。
ナルガレスを包み込む見えざる壁は、雷の矢も、結晶体も、なにもかもすべてを受け流し、周囲に散乱させた。雷は、もはや剥き出しになった地面に激突して爆ぜ、結晶体は帯電したまま地面に突き刺さる。辺り一面に散らばった無数の結晶体は、いずれもが雷光の帯によって結ばれており、さながら雷の結界のようだ。
無論、ナルガレスは、そのことに気づいているのだろうが、防御に専念するあまり、なんらかの手も打てないでいた。
“神の盾”は、攻防一体。だが、それは決して完璧なものではない。攻撃に転じた瞬間、攻撃を受ける可能性があるのだ。攻撃に転じるということは、防御を解くということにほかならない。
だから、彼は、守りを固めている。
「いつまでそうしているつもりかしら?」
ファリアは、絶え間なく雷撃を乱射しながら問うた。
「君の命が尽きるまで……とでもいおうか?」
ナルガレスの冷ややかな反応は、ファリアの攻撃を受け流す“神の盾”そのものだった。
「わかっているとも。君は、ただ蘇ったわけではないのだろう。オーロラストームの能力を用い、どうにかして蘇った。それにはおそらくなんらかの制限があるはずだ。たとえば、精神力が尽きたとき、命もまた、尽きる……とかね」
ファリアは、なにもいわなかった。
「図星のようだね」
「ええ。その通りよ」
ファリアは、否定するどころか肯定すると、攻撃の手を止めた。
左腕の結晶体を撃ち尽くしたからだ。そのおかげで結晶体で出来た左腕は、より人間のそれに近くなっている。どれだけ結晶体が集まり、左腕を膨張させていたのかがわかろうというものだが、結果、攻撃に用いることができたのだから、なにも問題はない。
ファリアの左腕を離れた結晶体の数々は、ナルガレスを十重二十重に包囲していた。雷光の帯で結ばれた無数の結晶体は、まるで幾重もの結界のようであり、ナルガレスが攻撃に転じる瞬間を待ち侘びているかのようだった。
それがわかっているから、ナルガレスも防御に専念するのだろう。
しかも、ファリアの限界が判明した以上、攻撃に転じる必要がない。
「ならば、このまま盾の中に籠もっているのも一興だが……どうやら、そういうわけにはいかなくなった」
と、ナルガレスが想わぬことをいってくると、空気が一変した。
「君には、我が盾に潰されてもらう」
「そう簡単に潰せるかしら」
「できるとも」
ナルガレスが断言したときには、ファリアは、周囲四方から巨大な圧力が迫ってくるのを感じた。ナルガレスのこれまでの攻撃とは、まったく異なっている。いままでは、“神の盾”を衝撃波の如く一方向、あるいは全周囲に撃ち放つだけだった。だから、回避することも決して難しくはなかった。
故に今度は、ファリアを四方から包囲し、そのまま圧迫し、押し潰そうとしてきたのだろう。
実際、“神の盾”による圧迫にはファリアの肉体は耐えられまい。押し潰され、圧縮され、ただの骨と肉の塊に成り果てることだろう。
「無理ね」
ファリアは、四方から迫り来る“神の盾”、その隙間を見出した瞬間、電化して、その空隙を突いていた。
ファリアに殺到してきた“神の盾”は、全部で四枚。一枚一枚が分厚く、広い攻撃範囲を持っていたが、これまでの攻撃と同様に弱点を持っていた。それが空隙だ。四枚の盾で全周囲を覆い尽くそうというのだから、距離を詰めるまではどうしても隙間が生まれてしまう。
最初から相手の全周囲を覆い尽くす形で攻撃できればいいのだが、そうしなかったのだから、できない理由があるのだろう。
たとえば、盾同士が干渉し合う、とか。
電光となって圧縮攻撃を逃れたファリアは、そのまま地上の結晶体のひとつに吸い込まれるようにして移動した。結晶体の上で電化を解くと、そのときには、雷光の結界による攻撃が始まっていた。
ナルガレスは、攻撃のためには防御を解かなくてはならない。
ナルガレスが攻撃に転じる瞬間を待ち侘びていたのがファリアなのだ。雷光の結界はそのために構築したものであり、ナルガレスがファリアを攻撃した瞬間、結界を構築するすべてのクリスタルビットが攻撃に転じた。
ひとつひとつの結晶体が膨大な雷光を発したかと思うと、それぞれ人間の形に収束した。それがファリアの姿を再現したものであることは、よく見なくともわかる。何十、何百、いや、何千もの電光のファリアが出現し、ナルガレスに向かってオーロラストームを掲げた。
それを目の当たりにしても、ナルガレスは、防御に転じなかった。
ファリアの周囲四方で空間が撓んだ。
衝撃波が来る。
ファリアは再び電化して、空隙を突いて逃れた。
当然、ファリアが乗っていた結晶体は圧縮攻撃を逃れることは出来ず、電光のファリアもろとも粉微塵になった。
それにより、圧縮攻撃には、オーロラストームの一部である結晶体を破壊するだけの威力があるということがわかった。
つまり、捕まれば即死ということだ。
ファリアは、電光の如く結晶体から結晶体へと飛び移りながら、飽くことなく続けられる圧縮攻撃をかわし続けるほかなかった。




