第三千五百二十六話 神の盾なるもの(十)
これまで、“神の盾”による攻撃は、一方向に対するものだった。
たとえば、ナルガレスの前方のみを押し潰していたのだが、それでもかなりの広範囲であり、ナルガレスの視界一杯が攻撃範囲だと見て間違いなかった。そんな超広範囲攻撃を間髪を容れず連発できるだけでなく、瞬時に防御に転じることができるのが、彼の強みといってよかった。攻撃範囲もさることながら、その威力も凄まじい。
しかし、これまではそれでも避けきることができた。どれだけ広範囲であっても、範囲の外に出ることさえできれば、一切喰らわないからだ。
それは、蘇生以前からわかっていたことだ。だが、以前のファリアでは、理屈はわかっていても、“神の盾”の発生を把握し、反応し、範囲外に逃れることができなかった。故にすべての攻撃を受けるしかなく、為す術もなく殺されたのだ。
クリスタルドレスによって得た超感覚と超高速移動手段が、彼女を“神の盾”の攻撃範囲外に逃れさせる術をもたらした。
ようやく攻略のきっかけを見つけた。
そう想っていたときだった。
ナルガレスが全周囲に“神の盾”を発動させ、あらゆる角度、あらゆる方向に向かって衝撃波を放ってきたものだから、ファリアは、ただただ唖然とした。
無論、彼がそのような攻撃をしてくる可能性について、考えなかったわけではない。わけではないが、いざ実際にされると、言葉も出ないのは当然だろう。
前後左右、ありとあらゆる場所を見ても、“神の盾”を逃れる術はなかった。
だから、ファリアは、ナルガレスと距離を取ることにした。
全速力で離れるだけ離れると、射程距離外に到達したのか、“神の盾”を感じなくなった。
いまのファリアの視力を以てしても、ナルガレスが豆粒に見えるほどの距離だ。そこまで到達して、ようやく、“神の盾”の射程距離外に辿り着いたというわけだ。そして、そうしなければ、“神の盾”の全周囲攻撃を逃れる方法はない、ということになる。
もちろん、オーロラストームならば、この距離からでも攻撃は可能だ。可能だが、意味はあるまい。ナルガレスに届いたところで、受け流されるだけのことだ。
“神の盾”による防御は、鉄壁といっていい。ファリアはこれまで、ナルガレスに様々な攻撃を叩き込んだ。そのすべてが“神の盾”によって受け流され、無力化されている。
(絶対無敵……ね)
ナルガレスが、自負を込めて発した言葉は、そのまま、“神の盾”の不条理さを示しているようだった。
しかし、ファリアは、諦めない。
(そんなものがこの世にあるとは思えないわ)
無敵の盾といえば、クオン=カミヤの召喚武装シールドオブメサイアを思い出す。まさしく無敵の盾を呼ぶに相応しい性能を持った召喚武装は、どうやらそのまま、獅徒と化した彼に取り込まれ、彼の能力となっていた。だが、そんな彼の能力は、セツナによって破られている。
シールドオブメサイアの能力さえ破られるのだ。
ナルガレスの盾が破れないはずがない。
(いいえ)
ファリアは、胸中頭を振りながら、ナルガレスに向かってオーロラストームを構えた。遙か遠方、ナルガレスは微動だにしていない。が、“神の盾”を放ってきたものだから、ファリアはオーロラストームを構えたまま、左に跳ばなくてはならなかった。
分厚く広い攻撃範囲を誇る衝撃波が通り抜けていく。
先程の“神の盾”は、射程距離の限界に達したというのに、だ。
(なるほどね)
ファリアは、瞬時に把握した。
“神の盾”による攻撃は、その攻撃範囲に応じて、射程距離が変化するのだろう。攻撃範囲を広げれば広げるほど射程距離は短くなり、逆に狭めれば狭めるほど射程距離は長くなる。故に、先程の攻撃を避けるのも難しくはなかったのだ。
近距離時に放たれた“神の盾”に比べれば、随分と小さかった。
射程距離を伸ばすために攻撃範囲を狭める必要があったのだ。
つまり、この距離を維持していれば、ナルガレスの攻撃を回避するのは難しくない、ということになる。もっとも。
(それはお互い様ってね)
距離が開くということは、こちらの攻撃もまた、相手にとって対処しやすくなるのは当然のことだ。ただでさえ、完璧に防がれ続けているというのに、これほどの距離を取れば、たとえ攻撃が届いたとしても、容易く受け流されてしまうこと請け合いだ。
だが、ファリアは、攻撃を止めなかった。
オーロラストームで雷光の矢を撃ち出すのと同時にクリスタルビットを射出する。雷の矢は、あっという間にナルガレスの元へ到達したが、当たり前のように見えざる壁によって受け流され、クリスタルビットともどもに飛び散った。
衝撃波が来る。
回避と同時に矢を放ち、またしても衝撃波をかわす。
そんな攻防を数度繰り返すと、さすがのナルガレスも業を煮やしたのか、彼の攻撃の頻度が上がった。
衝撃波を間髪入れずに連発してきたのだ。
速度と距離を重視した衝撃波は、攻撃範囲がより狭くなっていた。いままでの衝撃波が面による攻撃だとすれば、連発される衝撃波は、点による攻撃といってよかった。衝撃波の速度、発射間隔は、以前より随分と増しているものの、ファリアにとってはそのほうが避けやすいといってよかった。
そして、避けながら撃ち続けるのも、ついに終わった。
クリスタルビットを無数に撃ち出し、そのすべてがナルガレスの周囲に飛び散っている。ひとつたりとも破壊されていないし、ナルガレスに突き刺さってもいない。
準備は、整った。
ファリアは、つぎつぎと迫り来る衝撃波を軽々とかわしながら、オーロラストームの力を振り絞り、矢を放った。
全身全霊の一撃とともに放たれるのは、ファリア自身だ。
ファリア自身が雷光の矢となり、ナルガレスへと殺到する。全身が灼き尽くされるような感覚。電熱の塊となり、雷光の矢そのものとなって、空中を突き抜けていく。ナルガレスは、一瞬、ファリアを見失ったはずだ。なぜならば、ファリアは雷光の矢そのものとなっているからだ。
ナルガレスとの距離が縮まった。
ナルガレスは、当然のように“神の盾”で自分自身を護った。
ファリアは、受け流され、あらぬ方向に飛ばされた。その瞬間、雷光の矢から本来の姿に戻ると、同時にナルガレスに向かって矢を放った。
「なっ――」
さすがのナルガレスも、雷光の矢がファリアに変身したことには、驚愕の余り絶句したようだった。
虚は突けた。
だが、ファリアが放った雷の矢の尽くは、“神の盾”の前に無力化される。雷の矢が見えざる壁の表面を滑り、流れていく光景は、何度見たことか。
「……まったく、君には驚かされる」
ナルガレスが、冷静さを取り戻すまで時間はかからなかった。
「死んで蘇ったつぎは、自分自身が矢になるとはな」
「いったでしょう。化け物になったって」
「言葉の綾かと想ったのだが」
「まさか」
ファリアは、冷笑するともに左に飛んだ。衝撃波をかわすためだ。
空中から空中へ。雷光となって飛び回ることは、もはや造作もなかった。
「そのままの意味よ」
左腕を翳し、腕を構築していた結晶体を飛ばす。
無数のクリスタルビットが雷光の尾を引きながらナルガレスに殺到し、“神の盾”によって弾かれる様は、先程まで見ていた光景となんら変わらない。
しかし、ファリアは構わなかった。
構わず、攻撃を続けた。




